解けた誤解
その頃、公爵邸の廊下では、小さな影がひとつ、レインの執務室のドアの前を「うろちょろ、うろちょろ」と行ったり来たりしていた。
「うう……どうしよう……お父様、やっぱり失望されちゃったのかな……」
涙目になりながら意を決し兼ねているオリヴィアの様子を、後ろで見守っていたマリアは思わず口元をほころばせ、愛おしそうに微笑んでいた。
ふと視線を戻したオリヴィアは、クスクスと笑うマリアに気づき、ぷくーっと頬を大きく膨らませた。
「マ、マリア……! 私は本当に不安でたまらないのに、なんで笑うの……っ!」
「ふふ、申し訳ありませんお嬢様。あまりにも愛らしくて……大丈夫ですよ。ほら、私も一緒に行きますから」
マリアに優しく背中を押され、オリヴィアは小さな拳を固めると、意を決して扉をコンコンと軽くノックした。
「お、お父様……いらっしゃいますか……?」
――その瞬間、室内に激震が走った。
さっきまで布団の中に潜り込み、「俺とお揃いがよかったぁぁぁ!」と独り言をブツブツ言いながらしくしく泣いていたレインは、飛び起きるや否や超ハイスピードで布団を完璧に整えた。そして一瞬で冷酷な公爵の顔を作り上げると、執務机の椅子に腰掛け、あたかも難解な書類仕事に没頭していたかのような雰囲気を爆速で演出し上げた。
「……入れ」
重厚な声に応えて扉が開き、オリヴィアが今にも泣き出しそうな、不安に満ちた顔で入ってきた。
「お父様……あの、ごめんなさい……っ」
「……それは、何に対する謝罪だ?」
レインが静かに問うと、オリヴィアの目からポロポロと大きな涙がこぼれ落ちた。
「ヴァルハルト家は、代々氷属性を受け継ぐお家柄なのに……私が氷属性じゃなくて、火属性だったから……お父様に失望されたと思って……っ。さっき、不機嫌そうに帰っていくお父様を見たら……私、また昔の……私を見てくれないお父様に戻っちゃうのかなって思って……うぁぁんっ……!」
ぽろぽろと涙を流して震える娘の姿に、レインの心臓は締め付けられた。不機嫌そうに見えたのは、単に自分がショックで放心していたからだ。まさかそんなトラウマを呼び起こさせていたとは。
レインは立ち上がるとオリヴィアの前に膝をつき、大きな手でその小さな頭を包み込むように、優しく優しく撫で下ろした。
「……そんなにお前が気にすることではない。属性が同じではなかったとしても、お前が俺の娘であることに変わりはないのだからな」
「……っ! お父様……っ!」
その言葉に感極まったオリヴィアは、レインの首元に勢いよく抱きついた。
「はいっ……! はいっ……!」
「これからゆっくり成長していけばいい。何も焦る必要はないんだ」
「……お父様、もう少しだけ……このままでもいいですか……?」
「……ああ、いいぞ」
娘の背中を優しく撫で続けながら、レインの内心は大パニックを起こしていた。
(あぁぁぁぁぁ天使が胸に飛び込んできたぁぁぁ!? 緊張で心臓が破裂しそうなんだが!? ポーカーフェイス崩れてないか俺!? 大丈夫か!?)
心の中の叫びを必死で押し殺していると、後ろからマリアがくすりと微笑みながら口を開いた。
「公爵様、実はお嬢様、『公爵様に嫌われた』と思い込んで、ずっとお部屋の前をうろちょろうろちょろなさっていたんですよ」
「ま、マリアっ! 余計なことを言わなくてもいいのに……っ!」
顔を真っ赤にして照れ散らかすオリヴィアの姿に、レインは思わず口元を緩め、さらに愛おしさを込めてその頭を撫でた。
「……お前の火属性は、母親譲りだろうな」
「お母様……?」
首を傾げるオリヴィアに、レインは記憶を巡らせながら語りかけた。
「お前の母親、エレナ・ランバートは、四大公爵家の一つ『ランバート家』の出身だ。ランバート家は代々、強力な火属性の使い手を排出する家系なのだよ」
「そうだったんですね……お母様の火属性……」
(まあ、俺もこの世界に転生してからは一度も会ったことがないし、設定資料レベルの知識しか知らないんだがな。原作でも確か、レインとは冷え切った政略結婚で不仲だったって書いてあったし……)
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