魔法練習
オリヴィアの「お勉強や魔法のレッスンを受けたい」という健気な願いを叶えるため、レインは早速、超一流の家庭教師の手配へと動いた。
オリヴィアが年頃の少女であることを配慮し、家庭教師には同性の女性を選ぶことにしたレイン。抜擢されたのは、王立学園を優秀な成績で卒業したばかりの子爵令嬢――アルテ(18歳)であった。
アルテは水魔法の魔術師として若くして名を馳せていたが、ヴァルハルト公爵邸の重厚な扉をくぐった瞬間から、その顔は青ざめていた。新聞で読んだ舞踏会の事件――第二皇子派を一瞬で鎮圧した「氷の公爵」の威風を思い出し、恐怖で膝をガクガクと震わせている。
(ひ、ヒィィィ……! あの『氷の公爵』様からの直々のご指名だなんて……! 一つでも粗相をしたら、私どころかヴァルナー子爵家ごと一瞬で消されるんじゃ……っ!?)
生きた心地のしないアルテを前に、レインは威厳たっぷりに命じた。
「……アルテ子爵令嬢だな。硬い挨拶は不要だ。我が愛娘、オリヴィアの魔法指導を引き受けてもらう」
「は、はいっ……! 謹んでお受けいたします……っ!」
レインの冷徹な圧に縮み上がるアルテだったが、レインの脳内は(同性で若い優秀な魔法使いを探すのは大変だったんだぞ! オリヴィア、今日からお前の先生だぞ!)と親バカの感情で溢れ返っていた。
「まずはオリヴィアの魔法適性を測定する。用意しろ」
マリアが恭しく置いた木箱から、透き通った『魔導水晶』が現れる。アルテが緊張気味に「お嬢様、そっと水晶に手を乗せてみてください」と促すと、オリヴィアは小さな手を水晶へと重ねた。
瞬間、水晶がボッと鮮やかな真っ赤に発光した。
「火属性の適性がありますね!」
アルテが声をあげる。原作でオリヴィアが炎を使っていたため、レインは火属性であること自体は理解していた。だが、淡い期待を抱いていたオリヴィアが尋ねる。
「あの……他の属性の適性はありませんか?」
「ええ、他に反応はありませんので、お嬢様は純粋な火属性ですね」
(な、なんだと……っ!? 氷属性じゃない……だと……!? 原作の知識で火属性なのは知っていたが……もしかして二属性持ちで、俺と同じ氷属性も使えるんじゃないかと期待していたのに……!!)
レインは想像以上の精神的ダメージを受けた。ショックのあまり顔面は蒼白になり、ポーカーフェイスを維持するのが限界を迎える。
「……ふむ。あとはまかせる、オリヴィアのこと頼んだぞ」
レインは重い足取りで無言のまま立ち上がり、部屋を去っていった。はたから見れば、娘が自分と同じ氷属性でなかったことに激怒し、不機嫌そうに立ち去ったようにしか見えない。
オリヴィアはショックで顔を曇らせ、涙目になった。
「……お父様、私が氷属性じゃないから、失望されちゃったのかな……」
「そんなことありません!」
すかさずマリアが力強く否定した。
「公爵様が、そのようなことでお嬢様に失望されるはずがありません! 絶対に何か深いお考えがあるか、別の理由がございます!」
「……本当……?」
「本当ですとも!」
マリアの力強い言葉に、オリヴィアは少しだけ安心したように頷いた。
気を取り直し、アルテによる基礎レッスンが始まった。
「魔法はまずイメージが大切です。まずは手から小さな炎を出す練習から始めましょう。お手本を見せますね」
アルテが手をかざすと、手のひらの上に綺麗な水の球体が現れた。オリヴィアとマリアは「すごい……!」と目を輝かせる。
しかし、いざオリヴィアが挑戦してみても、何も起こらない。何度息を整えてかざしても変化はなく、横で見守るマリアも拳を握りしめて「頑張ってください、オリヴィア様……!」と心の中で応援する。
「焦らなくて大丈夫ですよ。自分の身体の中にある温かいエネルギーを、手の上で小さなポッと灯すイメージです」
アルテのアドバイスを受け、オリヴィアは静かに目を閉じ、頭の中で炎を強く思い描いた。
すると――手のひらの上に、小さなちいさな可愛い火が「ぽっ」と灯った。
「見えた!? マリア、見た!?」
「見てましたオリヴィア様! すごいです、出来ましたね……!」
二人が大はしゃぎで喜ぶと、アルテも笑みをこぼした。
「素晴らしいです! では次は、その火の形を変えてみましょう。少し難しいですよ」
アルテが水の形を変え、すいすいと泳ぐ綺麗な「水の魚」を作り出してみせる。「綺麗……!」と感動する二人に対し、アルテは言った。
「こうやって形を変えるんです。初めて魔力を使う方でここまで形を変化させるのはすごく難しいことですので、これからゆっくり練習していきましょうね」
オリヴィアの火は変な方向に形が崩れてしまっていたが、オリヴィアは「はいっ!」と元気よく返事をした。アルテは表情を引き締め、優しく注意を促す。
「いいですか、お嬢様。絶対に一人で魔力を使わないと、約束していただけますか?」
「はい! お約束します!」
◇
その頃――。
自室に戻ったレインは、ベッドの中で頭からすっぽりと布団をかぶり、しくしくと泣いていた。
「ううっ……お揃いが良かった……! 俺と同じ氷属性が良かった……! なんで火なんだよおぁぁ……! いや、火属性のオリヴィアも絶対天才だし超カッコいいけど……! でも……でもぉ……っ! 『お父様とお揃いですね!』って言われたかったんだよおおぉぉ……っ!!」
冷徹な氷の公爵の威厳など微塵もなく、布団の中でひとり寂しくぶつぶつと愚痴をこぼし続けるレインであった。




