変わる世界➁
そんな外の世界や屋敷内の大騒ぎを露知らず、当のレインは自室の豪華なベッドで泥のように眠っていた。
昨夜、脳内での限界オタ活による大爆発と興奮を繰り返し、精神的なMPを限界まで消費していたためである。
コンコン、と控えめな扉のノック音が響いた。
「……ん……?」
まだ意識が覚醒しきっていないレインがうっすらと目を開けると、静かにドアが開き、小さな人影が部屋に入ってきた。
舞踏会と昨夜のレストランでの出来事を経て、レインへ全幅の信頼を寄せるようになったオリヴィアだった。
彼女は自分からレインを起こしに来たのだが、やはりまだ少し緊張しているのか、ドレスの裾をギュッと握りしめ、顔を真っ赤にしている。
「あ……あノ……っ、お、おはようございます……っ」
上目遣いで、恥ずかしそうに、そして一生懸命に声をかけてくるオリヴィア。
――その瞬間、レインの思考は完全に停止した。
(え????????????????????)
大混乱である。フリーズを起こした脳内で、ありとあらゆる感情と語彙が超音速で駆け巡る。
(待て待て待て!! 何が起きている!? 天使が!? 朝から俺の部屋に!? 自発的に起こしにきたーーー!?!? 恥ずかしそうにモジモジしながら『おはよう』って言った!? なんだその破壊力は!? 国家予算レベルの尊さだぞ!? 朝の光を浴びたオリヴィアの透明感がヤバすぎる!! 眩しい! 視界がホワイトアウトする!! ポーカーフェイスを保てレイン! 叫ぶな! 今叫んだら不審者として通報されるぞ!! 落ち着け俺の心臓! 脈拍が200を超えている!!)
内心では数千文字に及ぶ大絶叫と爆買い計画が吹き荒れていたレインだったが、表面上は――相変わらずの、硬質で完璧な「氷の公爵」の無表情のままだった。あまりの緊張と大混乱で、言葉が喉に詰まって出てこない。
沈黙が流れる。オリヴィアが「ごめんなさい、出過ぎた真似を……」と不安そうに眉を下げかけたその時。
レインはぎこちない動作でベッドから起き上がると、大きな手をそっと伸ばし、オリヴィアの柔らかい金髪を撫でた。
「……おはよう、オリヴィア」
絞り出すような、けれど限りなく優しい声。
頭を撫でられたオリヴィアの瞳が、パーッと歓喜に彩られた。
「はい……! お父様、朝食のご準備ができています!」
オリヴィアは嬉しそうに小さな手を伸ばし、レインの大きな手をぎゅっと握りしめた。そして、誇らしげにレインを朝食のダイニングへと案内し始める。
(手を……握られた……!? ぬくもりが……温もりが伝わってくる……! 神よ、我にこの幸運を耐えうる心臓を与え給え……!)
感動のあまり目頭が熱くなるレイン。
廊下を渡る二人を、すれ違うメイドや執事たちが目撃する。手をつないで歩く父娘の姿に、使用人たちは「なんて微笑ましい……!」「公爵様、お幸せそう……!」と、全員が慈愛に満ちた温かな眼差しで見守っていた。
◇
ダイニングに着き、豪華な朝食がテーブルに並べられた。
オリヴィアは椅子に座ると、少し緊張した面持ちでレインを見つめ、深々と頭を下げた。
「あの……お父様。昨日は……私のために舞踏会で守ってくださって、美味しいご飯までごちそうしていただいて……本当にありがとうございました」
「……気にするな。お前を守るのは、父親として当然のことだ」
「それと……あの……っ」
オリヴィアは小さく息を吸い、勇気を振り絞るように、上目遣いでレインを見つめた。
「もし……もしご迷惑でなければ……また、お父様やマリアと一緒に、外にお食事に行きたいです……!」
(行く!!!!(即答))
脳内で全力の即答を叩きつけつつ、レインは静かに深呼吸をした。
「……分かった。お前の望むなら、いつでも連れて行こう」
「本当ですか……!? 嬉しい……!」
パッと花が咲くようなオリヴィアの笑顔に、レインの全細胞が歓喜の舞を踊る。
そこでレインは一度言葉を切り、控えていたマリアへと視線を向けた。
「マリア」
「は、はいっ! 公爵様!」
緊張して背筋を伸ばすマリアに向けて、レインは重々しく告げた。
「昨夜の舞踏会、お前の立ち振る舞いは見事だった。命を賭してオリヴィアを守ろうとしたその忠義、高く評価する」
「そんな……! 私は当たり前のことをしただけで……!」
「本日より、お前を正式に『オリヴィア専属筆頭メイド』に任命する。給与は従来の三倍とし、屋敷内での専用の個室と、必要な予算の裁量権を与える」
「え……!? さ、さんばい……!? こ、個室……!?」
破格すぎる待遇に、マリアは開いた口が塞がらない。
「お前しか、オリヴィアの側を任せられる者はいない。これからもオリヴィアを支えてやってくれ」
「っ……! はいっ……! はいっ……!! 命に代えましても、生涯お嬢様と公爵様にお仕えいたします……っ!!」
あまりの感激と光栄に、マリアはポロポロと大きな涙をこぼしながら、何度も深く頭を下げたのだった。
朝日が差し込む暖かいダイニングには、かつての冷たい空気は欠片もなく、心からの笑顔と温かな幸福感が満ち溢れていた。
いつもみてくれてありがとう!!




