運命の初対面
冷徹公爵の一言で、屋敷に走る激震
「は、はいぃっ……! た、ただいまの時刻は午前十時を回ったところでございます! お、オリヴィア様は……ご自身の部屋で、静かにお過ごしのはずでございます……っ!」
給仕用の銀盆をガタガタと震わせながら、メイドは半泣きで頭を下げていた。
その極度の緊張ぶりを見て、俺はふと思う。
(……この空気、知ってる。ブラック企業時代に滅多に現場に来ないワンマン社長がフロアにフラッと現れた時の『絶対に関わったら死ぬ』っていう社員たちのあの緊張感そのままだ……)
前世の社畜スキルが妙なところで発動し、彼女が恐怖で卒倒寸前なのを察する。
俺としては、ごく普通に「今の時間」と「娘の様子」を聞いただけなのだ。しかし、この冷徹非道な公爵レインの低い声と、鋭く据わった眼光が合わさった結果、恐ろしい威圧感となってメイドに襲いかかっているらしい。
(……待てよ。このままじゃかわいそうだし、少しは安心させてやるか)
俺は社畜時代、理不尽な取引先を相手に浮かべていた「営業用の営業スマイル」を思い出し、努めて優しく、口角をキュッと上げてみせた。
「……そうか。あまり怯えるな」
だが、それが致命的な大失敗だった。
もともとの冷酷で鋭い顔立ちと氷のような瞳のせいで、俺が浮かべた微笑みは「ターゲットを前に舌なめずりをする捕食者の歪んだ冷笑」にしか見えなかったのだ。
「ひ……ひぃぃぃっ……!? ご、申し訳ございませんっ! な、なにぶん至らぬ身でして……どうか、どうかお命くだけはぁぁっ!!」
メイドは顔面を蒼白どころか土色に変え、ガタガタと膝を叩き合わせて床に平伏してしまった。
(アカン!! 逆効果どころか余計に恐怖のドン底に突き落とした!?)
俺は心の中で頭を抱えたが、いまさら取り繕うのも不自然だ。引きつりそうになる顔をなんとか押し殺し、表情を冷淡なポーカーフェイスに戻して言葉を重ねた。
「……取り乱すな。落ち度を責めているわけではない。ただ、今後は給仕のやり方を変える」
「へ……? か、変える、と申しますと……?」
「これより、娘の世話と教育方針は俺が直接管理する。指示があるまで、余計な家庭教師や外部の者は部屋に近づけるな。それから……今後の食事は、俺と同じ席で摂らせる」
「〜〜〜〜っ!?」
メイドは目を見開き、息をのんだ。
(よし、これで第一段階は完了だな! 今日から俺が直接愛でて、寂しい思いは一切させない! しっかりコミュニケーションを取って破滅フラグを折りまくってやる!)
心の中で完璧な計画にガッツポーズを決める俺。
しかし、恐怖でパニック状態のメイドの脳内では、まったく別の恐ろしい解釈へと変換されていた。
(ご、ご教育を直接管理……!? 外部の者を近づけるな……!? さ、さっきの恐ろしいお笑みはそういうこと……!? お気に召さないオリヴィア様を部屋に監禁し、逃げ場を奪った上でご自身の目の届く場所で痛めつけるおつもりなんだわ……!!)
「な、何か不満でもおありでしょうか、レイン様……! すぐさま! ただちにその旨、侍女長と厨房に伝え、オリヴィア様のお部屋の警備も強化いたします……っ!!」
「あぁ。手際よくやれ」
「かしこまりましたぁぁっ!!」
メイドは弾かれたように深々と頭を下げると、まるで命からがら逃げ出すかのような勢いで部屋を飛び出していった。バタン!と重々しく扉が閉まる。
「……ふぅ。意外とすんなり話が伝わってよかった」
俺は胸を撫でおろした。自分の裏で、屋敷中に「公爵様が娘様への本格的な制裁をお始めになる」という大誤解がハイスピードで拡散されているとは、知る由もなかった。
◇
「よし……いざ、突撃だな」
身だしなみを整えた俺は、廊下を堂々と歩いていた。
すれ違う執事やメイドたちが一瞬で固まり、壁際に張り付いて最敬礼を繰り出してくるのを横目で見つつ、目的の部屋を目指す。
公爵としての威厳を保つため、足取りはゆっくりと、威圧感を崩さない。
しかし、胸の中は期待と緊張で爆発寸前だった。
(生のオリヴィアに会える……! あの『ロシデレ』のアリャさんや『かぐや様』のかぐや様を初めて見た時以上の衝撃が、俺を待っているはずだ……! 落ち着け、俺は冷酷非道な公爵……だが中身は一人の限界オタク……!)
オリヴィアの部屋の前に到着する。
深く息を吸い込み、気合を入れて冷徹な表情を作る。
コンコン、と静かにノックを鳴らした。
「……オリヴィア、入るぞ」
返事を待たずに、静かにドアノブを回して部屋の中へと足を踏み入れた。
そこは、日当たりの良い広々とした部屋だった。
そして部屋の隅、大きなソファの陰で——小さな身体をさらに小さく縮こまらせ、おそるおそるこちらを見上げてくる一人の少女がいた。
艶やかな金髪に、宝石のように透き通った瞳。
まだ幼さが残るぷにっとした頬を緊張で硬直させ、小さな手でギュッと本を抱きしめている。
あまりの可愛さ、あまりの尊さに、俺の脳内で全米が全米泣き叫ぶレベルの大爆発が起きた。
(か………………可愛すぎるだろぉぉぉぉぉぉ質感本物!? 天使!? 天使がここにいるんだが!?!?)
叫び出したい衝動を必死で抑え込む俺。
だが、緊張と「失敗したくない」という強い思いから、無意識のうちに目力が入ってしまっていた。冷艶な顔立ちと射抜くような鋭い眼光が合わさり、まるで獲物の命を狩り奪う凶悪な魔獣のような圧力が、幼いオリヴィアへとまっすぐ向けられてしまっていたのだ。
「ひっ……お、おとう……さま……」
恐怖で声を震わせ、小さな身体をカタカタと揺らして涙目になる天使。
冷酷な父親(見た目)と、悶絶する親バカ(中身)。二人の運命の初対面が、いま始まった——。
次も頑張るからみてほしいです。




