いざ舞踏会に!⑨
「——はじめまして、可愛らしいお嬢様」
不意に、優しく気品に満ちた声が上から降ってきた。
母親である皇后セレスティアから話を聞き、強い興味を抱いて駆けつけた第二皇子——ユリウス・テールだった。
「……え?」
オリヴィアは驚いて顔を上げた。目の前に立っていたのは、整った顔立ちに黄金の髪、まるで絵本から抜け出してきたかのように美しい同年代の少年だった。
「あ、あの……どなた、ですか……?」
急に話しかけられ、オリヴィアは緊張で声を上擦らせた。ユリウスは胸に手を当て、洗練された完璧な動作で深々と一礼してみせる。
「失礼。僕は第二皇子のユリウス・テールだ。本日の舞踏会でひときわ輝く君のお姿をお見かけしてね。是非ご挨拶をと思い、声をかけさせてもらったんだ」
皇子の登場に、周囲の貴族たちの視線が一斉に集中した。
先ほど皇后と公爵が密談(という名の脅迫)を交わしていた光景を見ていた貴族たちは、一目散に得心がいったような顔で頷き合う。
「……なるほど、そういうことか!」
「公爵が皇后様に意見していたのではない……皇子との政略結婚の打診だったのだな!」
「普段は舞踏会に絶対に顔を出さないあの男が、今日に限って娘を連れてきた理由が分かったぞ……やはりどこまでも権力主義者だな」
勝手な推測で納得する周囲の雑音など耳に入らないほど、オリヴィアはパニックになっていた。初めて同年代の男の子に話しかけられ、心臓が潰れそうなほど跳ね上がっている。
「は、はいっ……! ヴァルハルト公爵家が娘、オリヴィア・ヴァルハルトと申します……っ」
必死に思い出しながら、教え込まれた通りの綺麗な礼を執るオリヴィア。
その震える声と、翡翠色の瞳を潤ませて真っ赤になる可憐な表情を見て、ユリウスは(……なんて可愛らしい子だ)と内心で目を細めた。
「オリヴィア譲とお呼びしても? 今日はお父上とお二人で? 普段はどのようなことをして過ごされているの?」
興味津々な様子で、畳みかけるように質問を重ねるユリウス。
だが、隔離されて育ったオリヴィアにとって、見知らぬ他者からの矢継ぎ早な質問は困惑以外の何物でもなかった。答えに詰まり、すっかり困り果てて助けを求めるように視線を泳がせる。
周囲は「まあ、なんて仲睦まじい……」などと的外れな噂を囁き合っていたが、オリヴィアの限界を察したマリアが、意を決して二人の間に一歩踏み出した。
「恐れ入ります、皇子殿下。オリヴィア様はこれまで人と接する機会が少なく、少々困惑されておりますので——」
マリアがそこまで言いかけた、その瞬間だった。
「身の程を知れッ!!」
雷鳴のような怒声が会場に響き渡った。
ユリウスの背後に控えていた側近の護衛騎士が、鋭い眼光で剣の柄に手をかけ、マリアを睨みつけたのだ。
「貴様のような一介の使用人が、直接皇子殿下にお口を利いてよいお立場か!! 控えよ不敬者め!!」
一瞬で会場全体が氷のように凍りついた。
威圧されたマリアの顔から血の気が失せる。オリヴィアは恐怖のあまり今にも泣き出しそうな顔でマリアを見つめ、マリアは慌てて深く頭を下げた。
「も、申し訳ございません……っ! なにとぞ、ご容赦を……っ!」
「ちっ、公爵家の教育はどうなっている……!」
護衛騎士がさらに追及しようと口を開かけたが、ユリウスが静かに手を出してそれを制した。
「やめなさい。僕のために声をかけてくれたのだろう? ……すまなかったね、僕の護衛が威圧的な態度をとってしまった。怖がらせてしまったかい、オリヴィア譲?」
ユリウスが申し訳なさそうに手を差し伸べ、オリヴィアの顔を覗き込んだ——その時。
会場の空気すら物理的に凍てつくような、絶大で恐ろしい殺気が、背後から突き刺さった。
あまりの圧迫感に、護衛騎士も、ユリウスすらも息を呑んで硬直する。周囲の貴族たちは恐怖で悲鳴すら上げられず、ガタガタと膝を震わせた。
振り返るまでもなく、そこにいた。
「……俺の娘と使用人に、何の用だ?」
地獄の底から響くような冷酷無比な低音。
そこには、般若も恐れをなすほどの恐ろしい顔をしたレインが、静かに立ち尽くしていた。
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