いざ舞踏会に!⑥
「……なんだ、貴様は」
レインの言葉と同時に、夜風が吹き抜けるベランダの温度がドッと下がった。
近衛兵を呼ぶ間すら与えず、レインは瞬時にオリヴィアを守る間合いを取りながら、圧倒的な殺気と威圧感を放って男へ詰め寄る。氷冠の如き水色の瞳が、夜の闇の中で冷酷に光っていた。
だが、カーマインも王都一番のデザイナー。学園時代からの強心臓とカリスマは伊達ではない。怯えるどころか扇子をパチンと閉じ、ジト目で威嚇するように一歩前へ出た。
「あら、ごめんあそばせ。パーティーの最中にそんな薄気味悪いお面を被って徘徊するなんて、一体どちらの不審者様かしら? 私のドレスを汚すような真似をしたら、タダじゃおかないわよ?」
しかし、お面の男はそれでも「ひょ~、怖い怖い! 公爵様もカリスマデザイナー様も、そんな目で見ないでくださいよ〜」と手をひらひらさせ、どこまでもふざけた態度を崩さない。
(……この不審者、どこまでも舐めた真似を……!)
レインの忍耐は限界を迎えた。右手に魔力を集中させ、絶対零度の氷魔法で不審者の足を凍らせて取り押さえようとした——まさにその瞬間。
「冗談、冗談だって! 久しぶりに旧友に会えたから、ちょっとドッキリを仕掛けただけじゃないか!」
焦った声と共に、男が慌てて顔から仮面を剥ぎ取った。
月光の下に現れたのは——豪奢な金髪と、聞き覚えのある苦笑いを浮かべた男の顔。
「……レディオン?」
カーマインも目を丸くし、素で驚きの声を上げた。
「ちょっと……! レディオン、あんた何やってるのよ!? 皇帝としての仕事はどうしたの!?」
「はは、仕事ならあらかた終わらせたよ。それより……こうやって三人で集まるのは何年ぶりだ? 学園を卒業して以来か?」
レディオンが懐かしそうに頬を緩めると、レインは手に集めていた魔力をゆっくりと散らし、呆れたようにため息をついた。
「……そうだな。もう少しで足を完全に凍らせて、車椅子生活にさせるところだったぞ」
「本当にだよ! 親友にいきなり本気の氷魔法を向けないでくれ、仮にも一国の皇帝なんだぞ?」
情けない顔で愚痴るレディオンに、レインとカーマインは思わず顔を見合わせ、昔のように「くすっ」と笑いを漏らした。三人の間に、一瞬で学生時代の空気が戻ってくる。
「ふふ、でもレディオンが本当に皇帝になるなんてねぇ。当時は思いもしなかったわ」
カーマインが扇子をあおぎながら感慨深そうに呟くと、レディオンはレインに視線を向け、感心したように頷いた。
「俺もだよ。まさか『冷酷非道な公爵』なんて恐れられているあいつが、娘をあそこまで大切に育てる親バカになっているなんてな。正直、俺もカーマインと同じで、権力のために老貴族にでも嫁がせるんじゃないかと心配していたんだぞ?」
「……バカを言え。そんな真似をするわけがないだろう」
レインが冷ややかに返すと、ふと疑問が浮かんだ。
「……ていうか、お前いつから話を聞いていたんだ?」
「カーマインがお前を連れてこのベランダに来たあたりからだな」
(最初からじゃねぇかよ……ッ!?)
レインは内心で盛大にずっこけた。気配を完全に殺していたとはいえ、まさか最初から盗み聞きされていたとは微塵も気づかなかった。
「……どこにいたんだ、最初から聞いていたなら」
「そこさ」
レディオンが指差したのは、ベランダの隅にある分厚いベルベットのカーテンの後ろだった。
「あそこでずっと隠れてたんだよ。入るタイミングを完全に見失うくらい、お前たちが感動的な親子話をしてたからさ」
「あらやだ、もう! 照れるじゃないの!」
カーマインが「キーッ!」と冗談めかして身をよじり、扇子で胸元を隠した。
「私もてっきり、不気味な不審者が忍び込んできたのかと思っちゃったわよ」
「はは、悪かったよ。……で、レイン。お前の娘を俺の息子と婚約させるのはどうだ? 悪い話じゃないだろう。下手な貴族に嫁がせるより、俺の息子ならよっぽど信頼できる」
レディオンが探るような目で微笑むと、レインは間髪入れずに鋭い眼光で睨みつけた。
「……断る」
「分かった、分かったよ! そう睨むな」
レディオンは苦笑しながら両手を挙げた。
「まあ、セレスがよっぽどお前の娘さんを気に入ったらしくてね。『何が何でも許嫁にしたい』って、裏でうるさいんだよ」
「あら、皇后様も見る目があるわねぇ!」とカーマインが楽しそうに囃し立てるが、レインの意志は固い。
「……絶対に嫁には出さん」
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