品評会と買い物④
「……さて、これで可愛らしいお嬢様の衣装手配は完璧ね」
商人たちが涙目で平伏し、大広間の混乱がようやく一段落したところで、カーマインがパンッと優雅に手を叩いた。
「次は、あなたの番よ。レイン」
「……何だと?」
眉をひそめた俺に、カーマインは呆れたように片手で腰を抱え、扇子で俺の胸元をツンツンと小突いてきた。
「とぼけないで頂戴。社交界でのエスコートよ? 最高のドレスを纏った天使のようなお嬢様の隣に立つ男が、そんなむさ苦しい普段着や、何年も前に仕立てた古臭い正装でいいわけないでしょうが」
「……断る。俺の服など、屋敷のクローゼットにあるもので十分だ」
「フン、相変わらず自分の見た目に無頓着な男ねぇ。いいこと? あなたが最後に社交界に顔を出したのなんて、一体何年前の話よ? 成長期じゃあるまいし体型が変わっていないとしても、流行のシルエットも肩幅の締め付けもまるで違うの! サイズが合っていない服なんて、王都一番のデザイナーである私の美学が許さないわ!」
畳みかけるようなカーマインの正論に、俺は一瞬言葉を詰まらせた。確かに、社交界などという面倒な場からは何年も遠ざかっていた。
「さあ、そうと決まれば脱ぎなさい! 今すぐ採寸するわよ!」
「脱ぐか!!」
「冗談よ、上着を脱ぐだけでいいわよ! ったく、減るもんじゃあるまいし……」
文句を言いながらも上着を脱がされた俺の姿を見て、周りで控えていた若い仕立屋たちが息を呑むのが分かった。
レイン・ヴァルハルトの容姿は、自慢ではないが異常なまでに整っている。
まるで月光をそのまま紡いだかのような輝く銀髪に、氷冠の奥底を思わせる冷たさを秘めた水色の瞳。そして、無駄な肉が一切削ぎ落とされた高い身長と、洗練されたしなやかな体つき。凍てつくような鋭い眼光も相まって、立っているだけで周囲の空気を削ぎ落とすような「整いすぎた冷涼な美貌」を持つ男だった。
「……ハァ、嫌になるくらい素材だけは一流なのよね、あなたって。その顔とスタイルがあれば、布を巻きつけておくだけで絵になるわ」
カーマインは溜息をつきながらも、職人の顔になって手早くメジャーを走らせていく。
「よし、採寸完了! さっそく試着タイムよ!」
カーマインの指示で、彼が持ち込ませていた男物の最高級タキシードや正装が次々と運ばれてきた。
最初に羽織らされたのは、伝統的な黒のタキシードだった。
背後に控えていたメイドやマリアが、思わずといった様子で頬を染め、感嘆の声を漏らす。
「あ……お、お似合いです……っ! ヴァルハルト公爵様、まるで絵画から抜け出してきたかのようでございます……!」
「そうか?」
俺が首を傾げると、カーマインは顎に手を当てて「うーん……」と不満げに唸った。
「ダメね。全然しっくりこないわ」
「似合っていると言っているだろう」
「メイドちゃんたちの『かっこいい!』はただの顔面偏差値に対する悲鳴よ! 私が求めているのはそんな安易なものじゃないの! あなたのその銀髪と水色の瞳、そして溢れ出る冷酷公爵としての威厳を引き立てる完璧な一着じゃなきゃダメなのよ!」
「……冷酷公爵などと呼ぶな。勝手に臆病な奴らがそう呼んでいるだけだ」
俺が不機嫌そうに即座にツッコむと、カーマインは「はいはい、世間体がそうなのよ」と軽く受け流した。
ここから、カーマインの妥協なき「着せ替えショー」が始まった。
「次はこれ! 濃紺のダブルブレスト!」
「……重すぎるわね。夜の闇と同化して、ただのおっかない影になっちゃうわ」
「じゃあ、白の漆黒刺繍入り!」
「うーん、悪くはないけど、浮世離れしすぎて宗教画の聖者みたいになっちゃう。却下!」
「ワインレッドのベルベット!」
「派手すぎてただの血生臭い暴君よ!」
次々と服を着替えさせられ、脱がされる俺。
(……おい、俺はマネキンじゃねぇんだぞ!? 筋肉が擦れて痛ぇわ!!)
心の中で必死に叫びつつも、ポーカーフェイスを崩さずに耐え抜いた。
そして、十数着目の衣装が俺の身体を包んだときだった。
カーマインの手がピタリと止まり、その瞳がカッと見開かれた。
それは、夜空よりも深いミッドナイトブルーの生地に、角度によってかすかに銀色の光沢が浮かび上がる最高級シルクの正装だった。胸元には、俺の瞳と同じ水色のクリスタルが嵌め込まれたループタイが添えられている。
過度な装飾を削ぎ落としたラインが、俺の凛とした冷たさを孕む美貌と無駄のない立ち姿を完璧に強調していた。
「……これよ」
カーマインはうっとりと息を吐き、満足そうに扇子を鳴らした。
「完璧だわ。あなたの持つ気品と圧倒的な存在感が極限まで引き出されている……! これこそ、王都を震え上がらせる完璧な装いよ!」
(……ようやく終わったか……。つかれた……)
密かに安堵の息をつく俺の横で、カーマインはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、部屋の隅でじっとこちらを見つめていた小動物——オリヴィアの方へと視線を向けた。
「ねぇ、お嬢様? ずっと黙って見ていらしたけれど、このお父様の格好……どうお思いになるかしら?」
「……えっ!?」
不意に振られたオリヴィアは、肩を跳ねさせて驚いた。
(おいカーマイン、急にオリヴィアに振るな! 緊張して固まっちゃうだろうが!!)
俺は心の中で焦りつつも、表面上は腕を組み、冷ややかな水色の瞳で静かにオリヴィアを見下ろした。
オリヴィアは、ミッドナイトブルーの正装に身を包んだ俺を、まるで眩しいものを見るかのように見上げていた。その翡翠色の瞳がパッと輝き、みるみるうちに頬が真っ赤に染まっていく。
彼女は胸の前で小さな両手をきゅっと握りしめ、溢れ出る感情を抑えきれない様子で、小さな口を開いた。
「あ、あの……っ! その……すごく……すごく、お似合いです……っ!!」
「……」
「お父様……とっても格好良くて……まるで本物のおとぎ話に出てくる、最高に素敵なお姫様を護る騎士様……ううん、威厳のある王子様みたいで……! 私、お父様が世界で一番格好良いと思います……っ!!」
一生懸命に言葉を絞り出し、照れくさそうに、けれど心からの尊敬と歓喜を込めて微笑むオリヴィア。
(ぐはっ……っ!!!!????)
胸を撃ち抜かれた。
天使の直球ストレートな「世界で一番格好良い」という大絶賛に、俺の心臓は激しい鐘の音を鳴らした。
(可愛すぎるだろぉぉぉぉぉぉ!!!!! 本物のおとぎ話!? 王子様!? 世界一かっこいい!? 天使にそんなこと言われたら、俺もう死んでもいいんだが!? ていうか騎士じゃなくてお前を護る父親だけどな!! 全力で護るけどな!!)
脳内で全米が泣くレベルの大爆発とスタンディングオベーションが巻き起こっていたが、俺は絶大なポーカーフェイスを発揮し、かろうじて口元を歪ませずに耐えきった。
感情を殺してゴホンと短く咳払いをすると、耳の端をわずかに赤くしたまま、低く冷静な声を装って告げた。
「……そうか。お前がそう言うのなら、これにする」
「はいっ……!」
嬉しそうにパッと表情を咲かせるオリヴィア。
そんな俺たちのやり取りを横目で見ていたカーマインは、扇子で口元を隠しながら、くすくすと意地の悪い笑みを漏らした。
「あらあら、可愛い娘ちゃんに褒められて、耳が真っ赤よレイン? 照れ隠しに冷たいフリをするのも大変ねぇ」
「……黙れ。余計な口を叩くと、仕立て代を半額にするぞ」
「あら嫌だ、職権濫用ね! こわいこわい!」
戯れ合う俺とカーマインの様子に、先ほどまで怯えていた奉公人たちも、少しだけ緊張を緩めて和やかな表情を浮かべていた。
ジャンジャン頑張るから(^-^)v




