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第7話 二人の旅へ

 歩き出してすぐ、俺は思い知った。カイラは、とにかく、よく喋る。

 道々、彼女の口は止まらなかった。次の水場はどこか、あの雲は雨になりそうか、さっきの集落で分けてもらった干し肉が存外うまかった。内容は、とりとめがない。いちいち返事を求めているふうでもない。ただ、沈黙というものが、性に合わないらしかった。

 歩きながら、カイラは時折、道端の草を摘んでは、これは食える、これは腹を壊す、と俺に教えた。崩れた石垣の上にひょいと登っては、遠くの地形を確かめ、あっちに川がある、と指をさす。旅慣れているのが、よく分かった。たった一人で、こうして、散り散りの生き残りを捜し歩いてきたのだろう。その身軽さの裏に、どれだけの道のりが積み重なっているのか、俺には、まだ想像もつかなかった。

 俺はといえば、相変わらず、口数が少ない。それでも、カイラは気にする様子もなく、勝手に喋り、勝手に笑う。妙なものだ。その賑やかさが、嫌じゃなかった。一人で歩いていた頃の、耳が痛くなるような静けさが、いつのまにか、遠ざかっていた。

「ねえ、あんたってさ」

 不意に、カイラがこちらを覗き込んできた。

「どこの生まれなの。家族は?」

 俺は、口をつぐんだ。故郷も、爺さんも、あの最期も、簡単に語れることじゃない。何より、咎人の血のことを、どう話せばいいのか、見当もつかなかった。

「……島だ。もう、ない」

 それだけ言うと、カイラは、少しのあいだ、黙った。それから、深くは聞かず、ただ、軽い調子で続けた。

「そっか。……あたしと、おんなじだ」

 その横顔に、一瞬だけ、持ち前の明るさとは違う色がよぎる。けれど、それもすぐに、いつもの笑みに塗り替えられた。

 たぶん、こいつも、語れないものを抱えている。明るく振る舞えば振る舞うほど、その裏に、見ないふりをした何かが、ある。俺とは、抱え方が違うだけで。お互い、踏み込みすぎないだけの分別は、持っているらしかった。

 その日の夜、焚き火を挟んで、カイラが言った。

「あんた、ちゃんと寝てる? 目の下、ひどいよ」

「……寝てる」

「嘘。さっき、見張りはいいって言ったのに、ずっと起きてたでしょ」

 図星だった。眠ろうとすると、頭の奥の声が、あの数えきれない嘆きが、夢の際まで追いかけてくる。目を閉じれば、消えていった故郷が、爺さんの最期が、瞼の裏に焼きついて離れない。それを、話す気にはなれなかった。

 カイラは、それ以上は問い詰めなかった。代わりに、自分の毛布を、ぽいと俺の方へ放ってよこす。

「ほら。せめて、暖かくして寝な。あんた、放っとくと、ほんとに消えそうだから」

 消えそう、という言葉に、どきりとした。けれど、カイラはもう、火の向こうで丸くなって、寝息を立て始めている。寝つきの良さまで、俺とは正反対だった。

 ……変な奴だ。

 放られた毛布には、まだ、ほんのりと、人の温もりが残っていた。冷たいものばかりが満ちていくこの身の内側に、それは、やけに沁みた。俺は、しばらく、その温もりを見つめていた。

 翌朝も、俺たちは、沈みの方角へと歩いた。

 進むほどに、世界は荒んでいく。打ち捨てられた村。涸れた畑。逃げ惑う者の姿さえ、もう、まばらになっていった。源が近づいているのか、それとも、ただ、人が尽きただけなのか。空の色までもが、どこか褪せて見えるのは、気のせいではないはずだった。

 重い沈黙を嫌ってか、カイラは、歩きながら、自分の故郷の話を始めた。海のきれいな、小さな漁師町だったらしい。祭りの夜に食べる甘い揚げ菓子が絶品だったこと。悪戯がすぎて、町の長老によく叱られたこと。語る声は、終始、楽しげだった。その町が、もう、この世のどこにもないことを、俺は知っていたのに。

 失ったものを、こんなふうに、笑って語れる。それは、俺には、とても真似のできない強さだった。

 昼を過ぎた頃、俺たちは、沈みに半分を呑まれた、小さな町の跡に行き当たった。

 そこには、もう、何の匂いもしなかった。潮も、土も、人の暮らしも。生きていた頃の気配を、根こそぎ奪われた跡だけが、しんと広がっている。半分だけ残った家々が、断ち切られた境目から、ぽっかりと“無”を覗かせていた。

 崩れた家の陰に、一人の老人が、ぼんやりと座り込んでいた。逃げ遅れたのではない。逃げる気力そのものを、なくしてしまったようだった。

 カイラが、水の入った革袋を差し出しながら、優しく声をかける。その手つきには、こういう人を何度も見てきた者の、慣れがあった。老人は、虚ろな目を向けたまま、ぽつぽつと語り出した。

「……あんたら、知っとるかね。この沈みはな、ひとりでに来るんじゃない」

 俺は、足を止めた。

「町が呑まれる、少し前のことだ。見慣れん連中が、来た。顔を布で隠した、背の高い……ありゃ、人だったのかどうかも、分からん。やつらは、何も奪わなんだ。ただ、町の真ん中で、しばらく何かをして、去っていった。そして、幾日もせんうちに——沈みが来た。まるで、自分から呼び寄せでもしたみたいに、な」

 老人の言葉に、ぞわりと、背筋が粟立った。

 沈みは、俺の血が招いたもの。ご先祖が解き放った、拭えない罪。だから、俺が贖わなければならない。ずっと、そう信じて、ここまで歩いてきた。

 だが——もし、誰かが、わざと、それを早めているのだとしたら。手を貸し、招き寄せている者が、いるのだとしたら。話は、まるで違ってくる。

 頭の奥の声が、ざわりと、嫌な揺れ方をした。まるで、その“連中”の気配に反応するように。どこか、同じ匂いを嗅ぎつけたように。

「……どうかした? 顔、真っ青だよ」

 カイラが、俺の顔を覗き込んでいた。

「いや」

 俺は、首を振った。今はまだ、確かなことは何も言えない。曖昧な憶測を口にして、彼女を巻き込むのも、躊躇われた。だが、ひとつだけ、はっきりしたことがある。

 この沈みの奥には、俺の知らない、誰かの意志がある。俺の血の罪は、もしかすると、その何者かに、利用されているのかもしれない。

 その正体を暴くためにも、源へ行かなければならない。俺は、町の跡の向こう——“無”がその濃さを増していく方角を、見据えた。

 隣で、カイラが、弓を握り直す気配がした。俺の視線の先を追うように、彼女もまた、まだ見ぬ何かを見つめている。

「行こう。あんたが答えに辿り着くまで、あたしも付き合うって、決めたんだから」


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