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救えば救うほど、世界は滅ぶ。それでも、俺の剣だけが滅びを断てる  作者: 自ら(Youtubeで朗読ver投稿中‼️)


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第5話 出会い

 地を蹴った。

 黒い刃を、最も近い影へ叩き込む。手応えは、ない。それでも、断たれた“無”の縁は、その一点で動きを止めた。二度と、塞がらない。

 一体。刃を返して、二体。逃げ惑う人々と魔物のあいだに、消えない切れ目を刻んでいく。斬り伏せた影は、血も、断末魔も、匂いひとつ残さない。ただ、すうっと無へ還っていくだけだ。

「こっちだ! 固まって、俺の後ろへ!」

 声を張ると、腰を抜かしていた数人が、転がるように俺の背へ逃げ込んだ。その間にも、黒い影は次々と湧いてくる。半壊した家の陰から、地面の裂け目から、際限なく。

 背後で、子どもが火のついたように泣いていた。その母親が、震える腕で、必死にわが子をかき抱いている。守らなければ。その一念だけで、俺の体は、次の影へと向かった。

 多い。さばききれるか——。

 そう思った、その時だ。

 風を切る音がして、俺の頬のすぐ脇を、何かがかすめた。

 矢だ。

 それは、俺の死角から人へ飛びかかろうとしていた一体の、その“核”のような一点を、正確に射抜いた。影が、びくりと痙攣して崩れる。

 顔を上げると、半壊した建物の上に、一人の少女が立っていた。

 風になびく髪を、後ろで無造作に束ねている。引き絞った弓。きつく前を見据えた、勝気な目。怯えるでも、逃げるでもなく、その娘は、次の矢をつがえながら、よく通る声で叫んだ。

「そこのあんた! 突っ立ってないで、右! 右から来てる!」

 言われて振り向きざま、刃を薙ぐ。飛びかかってきた影が、両断されて霧散した。

 奇妙な娘だった。こんな地獄みたいな場所で、たった一人、矢で人を守っている。逃げ遅れた者たちを、自分の後ろへ後ろへと庇いながら。逃げれば、自分だけは助かるだろうに。それでも踏みとどまって、見ず知らずの人々のために、矢を放ち続けている。

 二人で、捌いた。俺が前で影を断ち、娘が後ろから死角を射抜く。言葉を交わしたわけでもないのに、不思議と、噛み合った。

 前と後ろ。近くと遠く。彼女の弓と、俺の刃が、影を挟み撃ちにしていく。誰かと背中を預け合って戦うなんて、初めてのことだった。ずっと、たった一人で、斬り続けてきたのだから。

 だが、影は減らない。

 斬っても斬っても、裂け目から新しいものが這い出てくる。守るべき人々は、まだ大勢いる。一人でも、欠けさせるわけにはいかない。

 もっとだ。もっと、速く。もっと、深く。

 俺は、刃を振るう手を止めなかった。振るうたびに、体の内側へ、冷たいものが流れ込んでくる。継承のときの、あの感覚。頭の奥の声が、歓喜するように膨れ上がった。いいぞ、もっと、こっちへ来い、と。

 視界の端が、滲んでいく。自分の指先が、影と同じ色に、薄らぎ始めているのに気づいた。指先だけじゃない。手首が、前腕が、その輪郭から、じわじわと曖昧になっていく。冷たいものが胸の底まで満ちて、自分と“無”との境目が、分からなくなっていく。

 それでも、止まれなかった。一人でも多く、救わなければ。これで、ほんの少しでも贖えるのなら。俺の血が奪ってきたものに、この命で釣り合いを取れるのなら。たとえ、この身がどうなろうと——。

「——ちょっと!」

 強い力で、腕を掴まれた。

 いつのまにか、すぐ傍に、あの娘がいた。残った影は、もう数えるほど。人々は、とうに逃げ延びている。なのに俺は、たった数体の影へ、際限なく力を注ぎ込もうとしていた。

 その目は、必死だった。さっき、矢を射ていた時の気丈さとは、まるで違う。見ず知らずの俺が消えるのを、まるで自分のことのように、食い止めようとしている。

「あんた、自分が見えてる!? 消えかけてるじゃない!」

 娘の手が、薄らいだ俺の手首を、強く握りしめている。その手の、温かさで。

 ……温かい。そういえば、ずっと、冷たいものしか感じていなかった。

 その温もりが、薄れかけていた俺の体に、楔のように打ち込まれる。お前はまだ、こちら側にいるのだと、引き止めるように。

「もう終わり! みんな、助かったの! あんたが消える必要なんか、どこにもないでしょ!」

 まっすぐな声だった。怒っているような、泣きそうな。会ったばかりの、名前も知らない俺に向かって、その娘は、当たり前みたいに言い切った。

 あんたが消える必要なんか、どこにもない、と。

 胸の底に沈めたはずの爺さんの声が、ほんの一瞬、ぐらりと揺れた気がした。

 生きろ。あの最期の言葉と、目の前のこの娘の声が、重なって聞こえた。死んだ人が遺した願いを、生きているこの娘が、知りもせずに、なぞっている。なぜだろう。その声を、どうしても、振り払えなかった。

 握られた手の熱に引かれるように、俺は刃を振るう腕を下ろした。膨れ上がっていた声が、波の引くように静まっていく。薄らいでいた指先に、少しずつ、色が戻ってきた。

 最後の影が、娘の矢に射抜かれ、霧のように散る。

 広場に、静けさが戻った。

 娘が、ふう、と息を吐いて、弓を下ろす。そして、まじまじと俺を見た。

「……あんた、その剣、何。っていうか、何者? 影に喰われないとか、おかしいでしょ」

 立て続けに問われて、俺は、うまく答えられない。久しぶりに人とまともに口をきく気がして、舌が重かった。

 誰かと、こんなふうに言葉を交わすのは、島を出て以来、初めてかもしれなかった。逆を向いて歩き、誰も寄せつけず、ただ一人で来た。その俺に、この娘は、当たり前みたいに話しかけてくる。

「……ヴェイン」

「は?」

「名前だ。聞きたいのは、それじゃないのか」

 娘は、きょとんとした後、ふっと噴き出した。さっきまで張り詰めていた顔が、急に、年相応のものになる。

「ぷっ……変なの。こんな時に、名前から入る?」

 見渡す限り、何もかもが壊れたこの場所で、その娘は、笑っていた。おかしな話だった。ついさっきまで、世界はただ、冷たく静かに消えていくだけの場所だと、思っていたのに。今、目の前には、こんなにも、生きている人間がいる。

 そう言って、娘は、汚れた頬のまま、にっと笑ってみせた。

「あたしはカイラ。よろしくね、ヴェイン」

 カイラ、と。俺は、胸の内で、その名を繰り返した。思えばそれが、この長い旅で初めて知った、誰かの名前だった。


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