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第21話 皮肉屋

 都に潜む敵を、見つけ出す。だが、そのためには、まず知らねばならないことが多すぎた。

 追っているのは、いったい何者なのか。奴らは、なぜ楔を壊すのか。そして、この世界を蝕む沈みとは、そもそも何なのか。虚とは、核とは。島守の家で、断片的に教わってきたことの、その先。

 島守の家では、虚は、ただ“封じられた災い”として、恐れ、祀るものだった。それ以上の深い謂れは、爺さんも知らなかったのだろう。少なくとも、教わらなかった。だが今、その“災い”の正体そのものが、戦いの核心になりつつある。断片的な言い伝えだけでは、もう足りない。

 カイラの、市井の人脈は驚くほど広い。だが、それでも届かない領域があった。こういう、世界の成り立ちに関わる古い知識は、記録を——書物を、当たるしかない。

 俺たちは、都の一角、学院の界隈へと足を運んだ。

 立ち並ぶ、古い石造りの建物。行き交う、長衣の学士たち。都の喧騒とは、また違う、静かで、どこか澄ました空気が流れている。だが、その中心にある大書庫の門は、素性の知れない余所者には、固く閉ざされていた。

「部外者は、立ち入りまかりならん。まして——沈みの由来だと? 神核の、成り立ちだと?」

 門番の学士は、こちらの問いを聞くと、あからさまに眉をひそめた。

「そのような問い、軽々しく口にするものではない。……去りなさい」

 その頑なな拒絶が、かえって引っかかった。ただ、部外者だから、ではない。“沈みの由来”“核の成り立ち”、その問いそのものを、彼は、まるで触れてはならない禁忌のように遠ざけた。この国では、当たり前のはずの問いが、なぜか憚られている。

 取りつく島もない。肩を落として門を離れようとした時、物陰から、掃除夫らしい老人が、そっと声をかけてきた。

「あんたら、そういう、変わった話が知りたいのかい」

 老人は、にやりと笑った。

「なら、一人いるよ。この先の、路地裏に。……昔は、ここの優秀な学士だったんだがね。妙なことを言い出して、追い出された変わり者さ。金さえ払えば、どんないかれた質問にも答えてくれるって、評判だ。ジル、って女さ」

 教えられた路地裏の、その突き当たり。傾いた建物の一室に、彼女はいた。

 扉を開けると、まず、埃と、古い紙と、インクの匂いが鼻をついた。狭い部屋は、床から天井まで、書物と巻物で埋め尽くされている。その紙の砦の中央で、一人の女が、山積みの写本に羽根ペンを走らせていた。

 歳は、俺たちより少し上といったところか。無造作に束ねた髪。インクの染みた指。こちらを一瞥した、その目は、酷薄なほど鋭い。

 着ているものは、上等とは言えない。だが、そこらの女とは、まとう空気が違った。膨大な書物に囲まれ、それらをすべて読み解いてきた者の、傲然とした静けさ。追い出された学士、と老人は言ったが、その知の気配は、大書庫の門番の比ではなかった。

「……客か? 珍しいね。写本の依頼なら、そこに置いときな。調べ物なら、先払いだ」

 ペンを止めずに、女は、気だるげに言った。

「調べ物を、頼みたい」

 そう告げると、ジルは、ようやく顔を上げた。そして、四人を順に、じろじろと無遠慮に眺め回す。

「……傭兵崩れが四人。いや、一人は、癒し手か。妙な取り合わせだ。金の匂いは、しないねえ」

 値踏みするような口ぶり。だが、その観察眼は、恐ろしく正確だった。ダグの立ち方、エルナの佇まい、装備の一つひとつから、彼女は、瞬時にこちらの素性を読み取っている。

「その傷だらけの得物と、擦り切れた外套。あちこちの戦場を渡ってきた足取り。……だが、目だけが、傭兵のそれじゃないね。特に、そこの坊主」

 ジルの視線が、俺を射た。

「何か、重いものを背負ってる目だ。金じゃ、動かない類の」

 どきりとする。この女は、見えるものだけで、その奥まで覗いてくる。

「ちょっと。人を、じろじろ見て、失礼な女ね」

 カイラが、むっとして言い返す。だが、ジルは、意に介した様子もなく、鼻を鳴らしただけだった。

「訊きたいのは、金儲けの話じゃない」

 単刀直入に切り出した。

「沈みのことだ。あれが、どこから来るのか。虚とは、何なのか。そして、神核が、この世界で、本当は、どういうものなのか」

 ジルの羽根ペンが、止まった。

 彼女は、しばらく、俺の顔をじっと見つめた。さっきまでの気だるげな色は消えている。何かを探るような、鋭い視線。

「……あんた、今、何て言った?」

「もう一度、言ってやろうか。神核が、“本当は”どういうものか、だ」

 繰り返す。

 ジルが、ふっと笑った。だが、それは、可笑しがる笑いではない。どこか苦い、皮肉げな笑み。

「“本当は”、ねえ。……面白いことを言う。この国の人間はな、あれを、神様からの、ありがたい贈り物だと信じてる。疑うことなんか、思いつきもしない。それを、あんたは、“本当は”別のものだと、そう言いたいわけだ」

 彼女の目が、初めて、興味の色を帯びた。

 この女は、何か知っている。少なくとも、こちらの問いが、ただの世間話ではないと見抜いている。そう確信した。

「あんたら、いったい、何者だ? どこから来た? そんな問いを抱くようになったのは、なぜだ?」

 矢継ぎ早の問い。どこまで話すべきか、迷った。だが、この女なら。記録と、真実だけを信じるこの女なら。求める答えを、持っているかもしれない。

 慎重に言葉を選びながら、話した。各地で沈みと戦ってきたこと。楔を壊して回る、顔のない連中を追っていること。その正体と、目的を知りたいこと。そして、虚の正体を知りたいこと。

 ジルは、腕を組み、黙って聞いていた。そして、話し終えると、ゆっくりと椅子に背を預け、天井を仰いだ。

「……あんたら、面白いことを聞くな」

 その声には、呆れと、面白がるような響きと、そして、微かな緊張が混じっていた。

 やがて、ジルは、まっすぐにこちらを見据えて、言った。

「言っとくが。その質問はな。……この国じゃ、火炙りものだぜ」


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