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迷宮都市のはしっこカフェ  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ


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22/27

僕は迷宮には行かないよ

「今、迷宮最下層で火竜の群れが現れて暴れてんだって! オイラ、火竜のステーキだーいすき! とっ捕まえて炙ってやるんだみゃあ!」

「どっかで聞いたことのあるセリフだな…………」


 げんなりするフィンに構わず、キトはカウンター越しにフィンに詰め寄り、肩を掴んでガクガクと揺さぶった。


「そろそろ食材も尽きてくる頃みゃろ? また五十階から一階まで、採取しながら迷宮を駆け登ろうみゃあ! たのしーぜ! みゃあ、エマ!」

「そうですね、迷宮がどんな場所なのか知りたいですし、私は行ってもかまいませんけれど……」

「僕は行かないよ」


 前後に揺さぶられながらもフィンは断固拒否した。

 店中の視線が突き刺さっているのを感じる。当然だ。

 登場したのは伝説級の探索者である。キトが店の常連であることはもはや周知の事実だが、実際に目の当たりにすれば動揺するだろう。

 そして、周囲の目線などものともしないのがキトだ。今現在キトはフィンしか見ていない。どうにかしてフィンを説得し、迷宮に引きずり込もうと画策しているのだ。


「何で行かねーんだみゃあ」

「僕がいったって何の戦力にもならないだろ。一人で行けよ」

「一人で行ってもつまんねーんだみゃあ。強大な敵相手に何もできず叫びながら走るおミャぁと一緒に行きたいんだみゃあ」

「相変わらず発言がドS以外のなにものでもないな……」

「それに、ちったぁ迷宮潜った方が体も鍛えられるし剣の振り方も思い出すだろ。こういうのは日々の積み重ねが大切だみゃあ」

「言ってることは理に適ってるけど、僕はもう剣を捨てた」

「おミャぁがそれでよくても、世間はそれを許さねーんだみゃあ」


 キトはフィンを揺さぶるのをやめ、代わりに覗き込むようにこちらを見てくる。


「おミャぁは曲がりなりにもランバルド公爵家の長男だぞ? 別の国に逃げたっつうんなら話は別かもしんねーがみゃあ。こんな公爵家領地の迷宮都市のはしっこでこそこそ暮らしてたら、いずれ迎えがやってきて実家連れ戻されるに決まってんだみゃあ。おミャぁ、一応次期公爵なんだからよぉ。お? そこんとこわかってんのかみゃあ?」

「う……」


 いつも自由気まま、自分勝手に生きている癖にこういうところだけ妙に鋭い。


「おミャぁの腕がナマクラになんないよう、定期的に迷宮に連れて行ってやるのがオイラの優しさなんだみゃあ。つーわけで行くんだみゃあ」


 キトはフィンのシャツを爪に引っ掛けて無理やりカウンターから引きずり出して連れ去ろうとした。完全に拉致である。フィンは全身の力を込めてカウンターにしがみついた。


「行かない!」

「まだんなこと言ってんのかみゃあ」

「用事があるならまだしも、今、迷宮に用事ないし!」


 もはや店内に客がいることにかまっている余裕もない。

 恥も外聞もかなぐり捨て、フィンは叫ぶ。

 どれだけフィンが粘っても、キトがちょっと本気を出せばフィンなど軽く抱え上げられてしまうのだけれど。

 キトがこれ以上の強行に出る前に割って入ってくれたのはエマだった。


「キトさん、フィンさんが困っていますから、今日はやめてあげたらどうですか?」

「んみゃぁ。だがよー」

「お客様もいらっしゃいますから、店をあけるわけにもいきませんし」

「みゃみゃ……」

「今日はにぼし入り紅茶でも飲んで、心を落ち着けてください。私が淹れますので」

「確かに、おみゃあの淹れるにぼし入り紅茶はなかなかのもんだみゃあ」


 気分を切り替えたのか、キトはカウンターの椅子をがたりと引くと腰掛ける。

 エマが紅茶を淹れ始めたので、フィンも気持ちを切り替えて店の仕事を再開した。

 ティーカップがキトの前に置かれる。店内ににぼしの香りが漂った。


「キトさんの気持ちはわかりますけど、無理強いはいけませんよ」

「だがこいつぁよー、やればできる奴なんだみゃあ。その気になりゃあ、竜だって倒せるぜ」

「買い被りすぎだろ……竜を倒せるのは僕じゃなくてヴィクターだ」


 そう言ってから、フィンの胸がちくりと痛んだ。

 弟のヴィクターは天性の剣の才能がある。ランバルド家の騎士としての血を引く、まごうことなき天才だ。努力も欠かさず、体つきは戦いを生業とするものにふさわしいがっしりとしたもので、実直な性格は騎士たちからの評判も良い。

 公爵位は弟が継げばいいと誰しもが思っているし、フィンも心の底からそう思っている。適材適所の精神だ。向いていない長兄より向いている弟が継いだ方がみんなが幸せになれるに決まってる。両親だって口にしたことはないがそう思っているだろう。


「確かにあいつぁ強いけどみゃあ。おみゃあだって負けてねーとオイラは思うぜ」

「嘘つけよ……」

「オイラ嘘つかねーんだみゃあ。おミャぁの弱さは、おミャぁの心に原因がある」


 びしり。

 キトは長い爪でフィンを指差した。


「こ、こころ……?」

「そうだ。おミャぁは何かにつけて自分と他人を比べる。そんで、自分にはできみゃーって勝手に決めつけて、自信なくして凹んでる。自分で自分の限界を狭めてんだみゃあ。アホらしいったらないんだみゃあ」

「…………」

「あーあ。せっかく火竜をステーキにして食おうと思ってたのに、何だか興醒めだみゃあ。帰って寝る」


 ぐびぐびと紅茶を飲み干して、浮いていたにぼしも美味しく食べたキトは、硬貨を置いて出て行ってしまった。



 胸の中にキトの言葉がぐるぐると渦巻いている。


(自分と誰かを比べて、勝手に自信を無くして凹んでる……? けど、誰がどう見たって、僕には剣の才能がないし、ヴィクターにはそれがあった)


 思い出される幼少期の日々。

 フィンとヴィクターは毎日一緒に鍛錬していた。

 二つ年下のヴィクターであったが、体格に恵まれていたので、七歳の時にはフィンより大きくなっていた。

 手合わせをしても段々と勝てなくなっていって、フィンが十歳になる頃にはもはやヴィクターのほうが圧倒的に強かった。

 それでもフィンだって、最初のうちは努力したのだ。

 体格や力で負けても、スピードや技術でもって勝てばいいのだと、そう信じて毎日血の滲むような鍛錬をした。

 ただ、ヴィクターは体格と力だけでなく、敏捷性もあり剣捌きも上手かった。

 どれだけ努力したってフィンがヴィクターに勝てることはなく、差は広がるばかり。

 幼少期のフィンは悟ってしまったのだ。

 この世にはどれだけ努力したって追いつけない存在がいるのだと。


「フィンさん、ポカポカの実の処理、そろそろいいんじゃないですか?」


 明日の仕込みをしているはずが、うつむいて考え事をしていたフィンは、エマの声によってはっと我に返る。


「あ……そうだね」


 慌てて実をザルに空けようと乱暴に湯切りをしたら、盛大に熱湯が跳ね飛んだ。


「熱っ!」

「大丈夫ですか? 付与魔法・温度低下エンチャント・クールダウン


 エマの付与魔法のおかげで、指先がヒンヤリと冷たい。

 なんだかものすごく情けなくなって、ため息をついた。


「はぁ……僕は一体何をやっているんだろう……」


 前向きに頑張ろうと思っていた矢先、キトに痛いところをつかれて、過去を思い出し、勝手に落ち込み、ミスをする。


「もうダメだ……やっぱり僕はダメダメだ……」

「そんなことないですよ」

「エマ……」

「キトさんは、フィンさんの実力をきっと心から信じているんです。小さい頃にキトさんを拾い、一緒に修行をしたフィンさんの実力はこんなものではないのだと」

「……でも、それはキトの思い過ごしだ。キトは、僕がダメダメになっていく過程を見ていないからあんなことが言えるんだ。というか今の僕の実力を知っているのになんであんなに僕のことを信じられるのかが謎すぎる」

「私はフィンさんに剣を取って欲しいとも、騎士の名家にふさわしい実力を身につけて欲しいとも思っていませんけど、友達を思うキトさんの心は汲みたいと思っています。もし少しだけでもやる気が起きたら、キトさんのためにも、また剣を振るってみてはどうですか?」


 エマはあどけない顔でそんな提案をしてきた。

 ここまできたら、やたらムキになったり拗ねたりしている自分が一番子供っぽいのではないかという気持ちになってくる。

 そもそもキトは、多少強引だがフィンのためを思って言ってくれているのだ。


「…………もうちょっと店に余裕ができたら、考えてみる」

「はいっ」


 こんな微妙な返事にもエマは満足そうに笑ってくれた。


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