ジャム入りスポンジケーキー運気上昇の効果を添えてー
狐色に焼けたスポンジケーキの上に、さらさらと、粉雪のように細かな砂糖が振りかけられる。
手つきは優しく、まんべんなく。
「よし、これで完成」
フィンがキッチンの調理台の上に目を向ける。
鎮座しているのは、迷宮産プランクアプリコットのジャムを挟んだスポンジケーキだ。
プランクアプリコットは迷宮の二十階層、通称「鍛錬層」と呼ばれる階層で出てくる植物系魔物から採取されるものだ。
このプランクアプリコット、人間の背後ににじりより全体重をかけてバターンと倒れてくるのだが、攻撃パターンはそれだけだ。
よって他の人々が見張りについていると、あっという間にそこはプランクアプリコットを利用した鍛錬の場となる。
巨木に潰されないようにするために両肘を地面について両膝を伸ばし、肘とつま先で体重を支え、巨木と己の体重を支える。
するとどうだろう。
あっというまに筋力トレーニングができるではないか。
こうして騎士団の面々は二十階層のプランクアプリコットの木を利用して鍛錬をしているというわけだ。
まだまだ将来に希望を抱いていた十歳のフィンはこの鍛錬をなんて画期的なんだろうと思っていたが、今現在はアホとしか思えなかった。
どうしてわざわざ魔物がはびこる迷宮内で体を鍛えなければいけないのか。
ただの筋トレならば騎士団本部でやればいいだろう。
ともあれ、アプリコット自体は美味しいのでジャムにしていただくことにする。
そんな感じで出来上がった、ジャムを挟んだスポンジケーキ。
このスポンジは先に作ったイシとアンの結婚式用のケーキと違い、しっかりした密度のあるものとなっている。バターのコクを効かせた特製ケーキだ。
出来上がったケーキをまず最初にエマに味見してもらうのも、最近ではすっかりと馴染みの光景となりつつあった。
「はい、どうぞ。味見してみて」
「ありがとうございます!」
エマは今日も絶好調に元気そうだった。
フォークを手に、完成したばかりのケーキを切り分け、口に運ぶ。
「どっしりとした生地と、アプリコットの酸っぱい甘さ……! 仕上げの粉糖がふんわりと後味に上品な甘みをプラスして、幸せな味がします」
エマの顔にほわわわ、と笑みが広がる。周りに花が飛んでいるのが見えそうなくらい、幸せに満ちた表情だった。
フィンは少し期待しながらエマに問いかける。
このケーキは結構な自信作だ。
「今回のケーキの出来はどう?」
「とても美味しいです! この幸せ、ぜひ探求者の皆様にも味わっていただきたい……ということで、付与魔法・運気上昇!」
ケーキが光って魔法が付与された。
「何の魔法?」
「今のは、運気を上昇させる付与魔法です。このケーキを食べた人は丸一日ラッキーが続きますよ。たとえば迷宮探索中に即死トラップを踏まずに済むとか、強敵に相対しても瀕死の重傷を負わずに済むとか」
「迷宮内では運も実力のうちだし、それはありがたい魔法だね。よし、じゃ、準備もできたし店を開けよう」
菓子の大量生産のコツを掴んだので、フィンは新たな試みをしてみることにした。
午前中に『千のスプーン』に菓子を納品し、午後から店を開けるという方法だ。
これまでは菓子を焼くのにいっぱいいっぱいすぎて、片手間にキトに獣人専用の飲み物や菓子を出すくらいしかできなかったのだが、余裕ができたので午後はカフェの営業に集中しようという寸法だ。
キトやケインが来ればにぼし入り紅茶でもかつおだしコーヒーでもシーチキンプリンでもまぐろパフェでも喜んで出すが、できれば生粋の人間の客にも来てほしい。
そんな思いで、新作メニューを用意して店を開ける。
「お客様、来るといいですね」
「そうだな」
「来ましたよ!」
「もう!? はやっ!」
フィンよりも素早くエマが動き、開いた扉にとてとてと駆け寄った。
来店してきたのは、一人の探求者だ。二十代半ばほどの女性で、腰には剣を帯びている。釣り目の顔立ちには自信がみなぎり、細身だが筋肉がついていて、ひと目で歴戦の強者ということが伺えた。
「『千のスプーン』に付与魔法を施した菓子を卸している店というのは、ここか?」
「はい、そうです!」
「……なんだ。子供じゃないか……?」
「お気になさらないでください。ささ、席へどうぞ!」
いきなり子供が接客に出てきて動揺している客に構わず、エマは席を勧めた。
促されるままカウンターに座った客は、きょろきょろと店内を見回す。
「メニュー的なものはないのか?」
フィンは正直に答えた。
「すみません、うちいまメニュー一種類しかないんです。運気上昇の魔法効果が付与されたプランクアプリコットジャム入りのケーキ。飲み物は紅茶かコーヒー」
「何、運気上昇……?」
「ケーキを食べた方は丸一日運気が上昇し、迷宮探索中に即死トラップを踏まずに済んだり、強敵に相対しても瀕死の重傷を負わずに済んだりします」
「素晴らしい! そのケーキをくれ。飲み物は紅茶で」
「はい」
目を輝かせる客の前でケーキを切り分け、紅茶を淹れる。にぼしが入っていない普通のやつだ。
「お待たせしました。運気上昇効果付きのケーキです」
「おぉ!」
女性客は嬉々としてフォークを手にケーキを食べる。エマの食べ方よりも豪快だ。
「うむ……運気上昇効果ももちろん嬉しいが、やはり、ここの菓子は美味しい。『千のスプーン』にあった菓子を食べた時からわかっていたことだが……」
あっという間にケーキを平らげた女性客は、紅茶も飲み干し満足げな顔をして席をたった。
「ご馳走様。ありがとう。これで今日の探索もはかどるというものだ」
「ありがとうございました」
「またのお越しをお待ちしています!」
久々の新たなお客を迎え入れられたことに満足する間も無く、その後もちらほらと客がやってきた。
全員が『千のスプーン』でフィンの作った菓子を買ったことのある人ばかりだった。
どうやら魔法効果目当てで菓子を買ったところ、お菓子そのものの美味しさに驚き、一度カフェに行ってみたい……と思ってきてくれたようだった。
それはつまり、付与魔法抜きにして純粋にフィンのお菓子を評価してくれたということで、フィンにとってはこの上もなく嬉しいことだった。
剣術から逃げるようにして始めた菓子作りだったが、菓子作りそのものが嫌いなわけではない。むしろ好きだし、性に合っていると思う。おそらくフィンは細かなことをするのが得意だ。
フィンの菓子目当てで来た客は、ケーキに運気上昇の効果があると知ってますます喜び、紅茶やコーヒー片手にケーキを食べてくつろいでいる。
平和な時間だ。
安らぎの時間だ。
フィンが求めていたのはこういうひと時だったのだ。
理想のカフェの在りようにフィンがひそかに喜びを噛み締めていたその時。
「うみゃーん! フィン! 迷宮行くみゃあ!」
騒がしさの権化のような存在がやってきた。




