第77話 サクランボ
亡くなった二人の少女の亡骸は麓の村が見える西側の斜面に埋めた。
村まで届けたいところだが、俺が行っては混乱を招くだろう。
墓標の代わりに1つずつ岩を載せて置く。
この世界では黒髪・黒目は『魔族』の特徴とされ、俺は人類の敵らしい。
開拓村や『経済特区』の人間は俺の姿にも慣れてきた様子だ。
しかし、交流のない村ではそういうわけにも行かない。
以前に会った人間族は、みな俺を見るなり殺しに来た。
そんな俺が無残な姿に変わり果てた娘を届けては要らぬ誤解を招く。
山賊討伐を頼んできた踊り子に何か遺品を預けよう。
と言っても、現場に残された服は誰のものやら分からない。
それに強引に破かれた衣服は殊更に遺族の心を傷つけるかもしれない。
俺は二人の遺髪を一房ずつ持ち帰ることにした。
今にして思えば、夜のうちにやれることもあったのかもしれない。
例えばあの場ですぐにねこ耳剣士を召喚して即座に突入する。
或いはなるみと相談してトカゲ型使い魔でも作って中の様子を探る。
怒りと焦りに頭を支配されてまともな思考能力を失っていた。
何より、雪風が魔道人形であることを失念していたのが失敗だった。
彼女が人間の心を持っていたなら、村娘の誘拐を即座に報告しただろう。
俺は心のどこかで、彼女たちが魔道人形であることを否定したがっていた。
今回のような失敗を繰り返さない為にも、認識を新たにしなくてはならない。
だが、それでもなお睦月やローズたちが人形だと認めたくない自分がいる。
雪風を人質に取られたときだって、構わず魔法をぶっぱなせばよかったか?
少なくとも、他のガーディアン達は構わず攻撃を続けようとしていた。
雪風ごと潰し、同じ形の人形を作り直せばよかっただけの話か。
そういえば「戦場の兵士は消耗品」とは誰の言葉だったか?
人形ならばなおの事か。
山賊どもの残骸は触りたくも無いが、獣が人の味を覚えても面倒だ。
その辺に適当に穴を掘って埋めておくことにする。
そこそこいい材木になりそうな樹を選び、切り倒して抜根する。
その下を更に掘り進めて残骸を埋め、土を被せる。
とりあえず獣に掘り返されないように適当な岩を乗せておいた。
生きた状態で助け出せたのは狼人族が3人、鬼族が2人、エルフが1人。
狼人族は命を救われたら忠誠を誓うのが慣わしとの事でうちの領民になった。
エルフの娘は誘拐されるときに村を焼かれたらしく、帰る当ては無いらしい。
こちらも同じく俺に忠誠を誓い、うちの領民となることになった。
鬼族の娘2人はショウブとハギというらしい。
この2人については北に向かう鬼族の商隊に預けることにする。
家族が無事かどうかは不明だが、鬼族の里のほうが暮らしやすいだろう。
ショウブ「この度は危ない所を救って頂き、感謝の言葉もありません」
ハギ「本当にありがとうございました」
一樹「気にしなくていい。怖い思いをさせてしまったね」
ショウブ「いえ、一樹様が気になさることではありません」
ハギ「ハギは平気でした。他の人が先に恐慌を来たすと正気を失う時機を失ってしまうというのは本当なのですね」
ショウブ「そ、そんな人もいたかしら」
ハギ「はい、それはもうろりろりと」
ショウブ「ろ、ろりめいてなどおりません!」
ハギのからかうような視線に、若干年上らしいショウブが慌てて否定する。
ハギ「ろりめいてましたー」
ショウブ「ろりめいてませんー!」
一樹「とにかく!二人が無事でなによりだった。気をつけて帰るんだよ」
ショウブ「はい、ありがとうございます」
ハギ「お世話になりました」
二人とも10歳ちょいに見えるが、言葉も態度もしっかりしている。
鬼族の教育制度はなかなかしっかりしているようだ。
鬼族といえば、うちの領民はカシの指揮の下で順調に開拓を進めている。
湧き水の流れも水路を整備し、斜面には石垣や石段も設けられている。
生物由来ゴミの堆肥化についても、ゴミの運搬当番を交代で務めている。
カシは一応大使という肩書きだが、実質代官と言っていいだろう。
一樹「開拓は順調のようだな」
カシ「ええ、おかげさまで」
一樹「魔獣とかの問題は出てないか?例えば、カミツキウサギとか」
カシ「カミツキウサギならかわいそうですが畑の近くの巣はつぶしておきました。報告したほうがよかったですか?」
一樹「いや、そちらで対応できるのなら大丈夫だ。だが、危険ではないのか?」
カシ「そうですね、確かに噛みつかれるとちょっと痛いですね」
一樹「怪我人はでなかったのか?」
カシ「手足を噛まれた者が数人おりましたが、いずれも軽症です。卯月殿のおかげで痕も残ってませんよ」
一樹「それならよかった」
開拓村の者は噛み付かれれば肉を貫かれると言っていたな。
あれは俺に助けを求めるために大げさに言ったのだろうか?
それとも『魔界』を生きる鬼族の種族的な強靭さ故だろうか。
カシ「人身売買組織から鬼族の娘を救っていただいたそうですね」
一樹「一応そういうことになるのかな?領内に賊がいるようなら討伐するのは領主の務めだろう」
カシ「なるほど。いずれにせよ、一樹殿にはまた借りが増えてしまいましたな」
一樹「いや、俺のほうこそこの村の統治と防備をほとんど任せっきりで申し訳ない」
カシ「元よりこの村の同胞を守るのがクヌギ様より仰せつかった某のお役目です。感謝など無用ですよ」
一樹「そういってもらえるのは有難いが、領主を名乗る以上はこっちの村の防備も俺がなんとかしないとな」
カシ「兵に当てはあるのですか?」
一樹「それは問題ない。ただ、あとでちょっと手伝って欲しい事がある」
カシ「承知しました。なんなりとお申し付けください」
今は鬼族の避難所がメインダンジョンの盾になっている状態だ。
俺の領民として受け入れた以上、きちんと防備を固めるべきだろう。
避難所の上部の木々を伐採し、ダンジョンの地上部を造成する。
鬼族が作った矢倉門の上に角を向けた60メートル四方の石造りだ。
四方には矢狭間がずらりと並んでいる。
本来であれば矢狭間は窪んだ形に配置して十字砲火にするべきだろう。
ただ、今回は避難所の構造上仕方が無い。
おいおい改善策については考えていく事にしよう。
周縁部にはアーチャーを200人、魔女を100人召喚した。
また、中央部には剣士を200人召喚して待機させて居る。
そして避難所の屋根、地上部の床は一部を階段として降ろせるようにする。
襲撃を受けた時はそこから剣士たちが降りて迎撃に当たるのだ。
また、避難所奥のコアルームに続く階段の左右に計20へクスフロア拡張した。
ここはコアルームに繋がるダンジョン本体とは隔壁で分けられている。
居住区の奥、コアルームに続く階段の右側には5ヘスク拡張した。
地下2層から5層はキノコの育成部屋で、1層は雑菌を入れない為の消毒ルームだ。
左側には15ヘクス分を拡張、こちらもメインダンジョン本体との間には隔壁がある。
こちらも1層は集会所兼、有事の際の非戦闘員の避難所になっている。
地下2層は更に隔壁で分けられていて片方は浴室と台所、他方はキノコ等の乾燥部屋だ。
地下3層から5層は貯水タンクと食糧備蓄倉庫となっている。
ここが攻められたとき、篭城できる様にする為の備えというわけだ。
篭城というのは援軍が期待できる状況でした成立し得ない。
その点、俺は最初のダンジョンや山脈横断トンネルとして使うダンジョンも作る予定だ。
そこで大量のガーディアンを召喚すれば、敵に二正面作戦を強いることができる。
数日の間だけでも持ちこたえてくれれば、篭城する鬼族たちを救える可能性は高いだろう。
少し心配なのは地上部を斜面に作ったせいで西側がほぼ埋まっている事だ。
そちらから攻められれば簡単に屋上に登られてしまうだろう。
ただ、屋上から正面の矢倉門の内側へ降りようとすると落差は8メートル程になる。
ロープや梯子で降りるなら、矢狭間から剣や矢で攻撃ができる。
降りたとしても200人の剣士が待ち受けて居る。
屋上を破って降りてくる可能性もあるだろう。
しかし、ダンジョンの構造物はやたら丈夫らしいのでかなり梃子摺るだろう。
仮に屋上を破って来たとしても、そこは剣士たちの待機場所だ。
その辺の心配もあまり無さそうに思える。
しかし、それでも念のため簡単なバリケード位は作って置きたい。
ただ、ダンジョンの地上部として作るとなると魔力消費が大きい。
屋上には礎石の様な窪みを設け、カシにはバリケードの作成を依頼した。
カシは早速木工職人などを集めて絵図面を書きながら検討を始めた。
カエデ「一樹!ここにいたのか。サクランボがそろそろ熟しきってしまうぞ」
一樹「サクランボ?」
カエデに導かれて行った先は、烏帽子山の西側斜面にある石碑の前だった。
石碑の前には真新しい花とお供え物が見える。
鬼族は毎年この季節に死者を弔うのだという。
塚の両脇に植えた桜には、大粒のサクランボが生っていた。
見た目はソメイヨシノだけど、実はしっかり生るらしい。
俺とカエデは塚に向かって合掌して黙祷を捧げる。
短い祈りが終わると、カエデはサクランボをいくつかもぎ取った。
俺の方の差し出してくるので、一応一粒だけ受け取る。
大粒のサクランボはしっかりと甘く、ほどよい酸味がある。
カエデ「なかなかいい味だな」
一樹「そうだな、うまい」
カエデ「どうした?もう食べないのか?」
一樹「ああ、もう大丈夫だ」
自然界ではあらゆる物質が循環している。
動物たちの死骸や糞尿が土に還り、草木の養分となる。
それはどの野菜や果実も基本的には変わらないはずだ。
だが、こうもあからさまに死体の上に実った果実はさすがに抵抗がある。
カエデ「荒津大銛命の時代より更に昔の話らしいのだが、故人の肉を食らう者たちが居たそうだ」
食人文化か、詳しくはないがたまに話には出てきたな。
単純な食糧不足は別としても、意外と世界中で見られたとか。
カエデ「肉を食うことでその者の力や知恵を取り込むことが出来るという考え方があったらしい。中には勝利を誇示する為に敗者の肉を食う者も居たらしいがな」
一樹「それは俺も聞いた事がある」
カエデ「一方で、その者の力や知恵を欲しがるという事はそこに価値を置いていたという事だ。故人への敬意を込めて肉を食うという者も多かったそうだ。故人の思い出と共に肉体も己の中に取り込み、その者の生きていた証を残していく弔いの儀式というわけだな」
一樹「ああ、そっちも聞いた事があるな」
カエデ「そうか、似たような文化はどこにもあるものなんだな。ただ、故人の肉を食うのはやはり抵抗が強い。代わりに墓に実のなる樹を植えて、その実を食すことにしているのだ」
ここに眠るのはゲイリー一行と名も知らぬ50余人の兵士たちだ。
ああ、ゲイリー一行はヒゲの魔道士のほうが隊長だったっけ?
奴も2人の新兵も未だに名前も分からないままだ。
これでは遺族に訃報を届けることすら叶わない。
彼らの死を忘れないという意味では、俺こそがこの実を口にするべきか。
一樹「なるほど、そういうことなら頂こう」
赤く熟したサクランボはひどく酸っぱい。
カエデ「残った種は遠くへ飛ばすんだ。より遠くへ飛ぶほど、その年は豊作になるらしいぞ」
そう言ってカエデは西の森に向けて種を放り投げる。
そういう事なら魔力で強化して全力で飛ばすか?
いや、それだとGで種がつぶれてしまうかな?
それに、こういうまじない事は自力でやるべきか。
カエデ「なんだ?投げるのはあまり得意じゃないようだな」
一樹「そうらしい」
カエデ「より遠くへ届けるために、旅人に果実を贈る事もあるらしいぞ。山向こうの開拓村に持っていったらどうだ?」
一樹「なるほど、そういう手もあるのか。どの程度採っていいもんかな?」
カエデ「残ってるのは全部持って行って大丈夫だ。この村のものはほとんどお参りは済ませたはずだからな。残しておいて虫やらゴブリンやらが寄ってきても困る」
一樹「そうか。じゃあ、収穫を手伝ってもらっていいか?」
カエデ「心得た!」
お参りは俺が最後だったのか。
そういえば昔から冠婚葬祭とかはどうも苦手だったな。
カエデは懐からだした小さな風呂敷にさくらんぼをまとめた。
カエデ「若い樹だがけっこう生ってたな。じゃあ、潰さないように気をつけてな」
一樹「わかった。ところで、サクラの苗を分けてもらうことってできないかな?弔いたい人が居るんだ」
カエデ「分かった。手配しておこう」
一樹「頼んだ。ありがとう」
俺は預かったサクランボを第2の砦に届けた。
村人に頼んで街を出る者たちに配ってもらった。
旅人たちの再訪と、戦死者たちの冥福を祈って。




