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第64話 参拝

後日、王国内でのこの地の管理権移譲手続きは正式に完了したとの知らせが入った。

先日の大敗で流石に反論の余地が無くなったらしい。


管理権の移譲手続きに反発していたのはやはりリーリエシュタッヘル派閥だそうだ。

南部貴族を中心とする彼らにとってヘーゼルホーヘン伯爵領は貴重な北部の飛地だ。

『アーバンコア』の出力低下で魔石価格が上がり、その重要性は増していた。


ヘーゼルホーヘン・ジュニアは抗弁のために実績を求められていた。

しかし、南部貴族は地理的にローゼンヴァルト公爵の許可なしには援軍を送れない。

資金援助くらいはしたのかも知れないが、ほぼ独力での戦いを強いられた。


突然の代替わりで領内の取りまとめもままならない状態だったろう。

宮廷での人脈を作り、立ち回りを学ぶのもこれからだったのかも知れない。

加えてローゼンヴァルト公爵の描くシナリオもあったのだろう。


そう考えると哀れな男、殺す必要は無かったのかも知れない。

言葉を交わす機会もなく、どんな人物だったか今更知りようもないがな。

いや、それは他の兵士達や冒険者達も同じことか。

奴だけを憐れむのは不公平だし、あの戦闘の責任者であった事実に変わりはない。


ともかく、これで王国との大きな戦闘は今度こそ終わりのはず。

身代金として公爵から受け取った金貨2000枚を使って街の開発を進めよう。

それにしても同じ金貨で俺とリーリエシュタッヘル派閥の両方に貸しを作るとはね。

こういうやり口を俺も覚えないといけないのかな?


さて、ダンジョンを『経済特区』予定地の地下に更に広げよう。

一部を地上に階層拡張し、百貨店と高級ホテルを造成する。

それぞれ100m四方の2階建ての石造りだ。

外観のデザインはプリセットモデルの中から宮殿風のものを選ぶ。

落ち着いた色調の石で、表面には細やかな蔦などのレリーフが付いている。


百貨店のテナント管理はクリスの部下にやって貰おう。

内装についてはそれぞれのテナントで手配してもらう。

高級ホテルの管理人についてもクリスとキャシーに紹介をお願いした。


街の方はしばらく彼らに任せ、俺はカエデと一緒に鬼族の『大神殿』に向かう。

赦しなど求められる筈も無いが、せめて懺悔くらいはしておきたい。

それに、桜の季節が終わる前に彼らの露天風呂も見ておきたい。

将来的にメインダンジョン付近に造る予定の温泉宿の参考にするためだ。


アウラエルとキャシーも誘いはしたが、今回は遠慮するとの事だ。

カエデとの時間の為に気を使ってくれたのだろうか?

一人だけ休暇を取るようでちょっと気後れするが、ここは有り難く厚意に甘えよう。


カエデ「いいか、ここから先は鬼族の同伴がなければ決して入ってはならぬ。独りで入れば天狗様が来て喰われてしまうからな」

一樹「わかった」


天狗様か、久しぶりに聞いたな。

こっちでも禁忌を言い聞かせるときに使うのか。


カエデ「何をにやついておるのだ。さあ、手をつなぐぞ。こうやって天狗様に仲良しであることを示すのだ。この鳥居の向こうにいる間は決して離してはならん。いいな?」

一樹「わかった」


言われるままに手をつなぐ。

変わった参拝の仕方をするものだ。

ひょっとして、おじいちゃんとかに連れてこられたときの真似かな?

縁日の神社ではぐれちゃうと危ないからね。

或いは縁結びのおまじないとかだろうか?


鳥居の前で一礼をして階段を昇っていく。

途中で鬼族のカップルとすれ違うが、手をつないではいなかった。

なにやらちょっと気恥ずかしくなってくる。


お手水は柄杓がなく、流水が竹から流れている。

カエデと手を繋いだまま互いの手をこすり合わせる。

拝殿に来て俺が手を離そうとすると、カエデが俺の手を捕まえる。


カエデ「手を離してはならんと言ったではないか」

一樹「けど、これじゃ拍手が打てないだろう?」

カエデ「空いているほうの手を互いに打ち合わせればよい」


バカップルかよ・・・。

それで音出すの難易度高そう。


一樹「いや、神前でそれはまずいだろう?」

カエデ「手を離すわけにはいかんのだ。仕方ないだろう」


言いながらカエデもどこか恥ずかしそうだ。


カエデ「では腕を組もう。これ以上は譲歩できんぞ」


カエデは繋いだ手を滑らせてそのままひじをひっかける。

身長差でお互いにちょっと斜めになってしまう。

ちょっと失礼な気もするが、仕方ない、のか?

俺たちは拍手を打ってお祈りをする。


カエデ「よし、では帰ろう」


改めて手を繋ぎなおして階段へ向かう。


カエデ「さて、これで婚姻の儀式は終わりだな」

一樹「これでいいのか?」

カエデ「後で親族や友人への報告ももちろんするぞ?」

一樹「そうか」

カエデ「どうした?神の前で二人が愛を誓う。それ以外に何か必要か?」

一樹「いや、その通りだな」


そういう意図での参拝だったのか。

アウラエルとキャシーが遠慮するはずだ。


カエデ「さあ、戻ろうか。帰りもちゃんと手を繋ぐのだぞ」

一樹「はいはい」


鳥居で一礼すると、来た時と同じように手を繋いで階段を降りていく。

これは子供の迷子と転倒防止の為の習慣なのかな?

親か誰かに言われたことを真似しているのだろう。


参拝を終えるとカエデは家族湯のある露天風呂に案内してくれた。

小ぶりではあるが桜に覆われた露天風呂を二人きりで楽しむのは贅沢だな。

新緑に染まった俺のメインダンジョンのある山も見える。

花と温泉にはしゃぐカエデの細く引き締まった肢体もいい眺めだ。


一樹「今更なんだが、あそこの神社はどういう神様なんだ?」

カエデ「荒津大銛命あらつのおおもりのみことという。我ら鬼族の祖とも言われているな。あとは食べ物に困らないように見守ってくれている」


聞いた事は無いが、豊穣の神様ということかな?


カエデ「この辺りは昔は海の底だったらしいのだ」

一樹「ほほう」

カエデ「信じがたいかも知れないが、この辺りでは大昔の鮫や海竜の骨なども出てきたりするのだぞ」


地殻変動か何かで海底が隆起して出来た山ということか。


カエデ「その海沿いの小さな村に男が生まれた。身の丈6尺と小柄でありながら村一番の力持ちだったそうだ」


6尺ってことは約180cmか、俺より高いじゃないか。


カエデ「土地は痩せ、波は荒く食べ物を得るのは難しかった。だが、その男は毎日のように荒波に船を出し、大きな銛をえいやと投げては大物を仕留め、村人達を飢えさせなかったそうだ」


全裸のカエデが身振り手振りを合わせて語る。

慣れた感じの芝居がかった語り口調、この辺りでは定番の昔話なのかな?


カエデ「男はやがて神となり、この地を実り豊かな山へと変えた。流れの速い海峡は閉ざし、北に豊かで波穏やかな海を臨む土地にした。最後に鬼の一族を創り出し、この地の守護を託して大地の底で眠りについたそうじゃ」


俺が拍手を送ると、カエデは芝居がかった礼で応える。

そのままくるりと向きを変えると、俺の膝の上に座る。


一樹「せっかく広い湯船なんだからそんなにくっつかなくてもいいだろう」


言葉と裏腹に俺は両腕をカエデの体に絡ませる。


カエデ「いいんだ。今は一樹と同じ視界を共有したい」


俺とカエデは互いの頬を押し付けあうようにしながら桜を眺める。

俺としては桜と一緒にカエデの裸体も眺めて居たかったけどね。

まあ、カエデのお尻の感触が心地よいのでこれもいいかな。


さっきの昔話、というか、神話はどういう由来があるんだろう?

鮫や海の恐竜の化石が出るっていうから、海だったのは本当なんだろう。

しかし、本当にその当時の人だとしたら、何万年前の話になるんだ?


おそらくいろいろな話が混じってるんだろう。

山の上から発見された海の生き物の化石が生んだ神話。

貧しい村の窮状を銛1本で支え続けた大男の、いや小男(?)の話。

ご祭神も何かの事情で海辺の村からここに移されたのかもしれない。

神となった男が天ではなく地の底に行くというのも興味深い。


いや、ここは異世界なんだし、星神ルシファーと『聖騎士』の例もある。

クヌギさんは『鬼神の加護』を受けてるんだっけ?

現実に何かしらの力を持った存在と考えるべきか。

そうすると、魔法で海峡を山脈に変えたってのも有り得るのか?


カエデ「ところで、今日はあの魔法の練習はしないのか?乳房の引き締め魔法。何のために覚えたいかは聞かないでおいてやる」

一樹「いや、それは・・・。というか、あれは1週間以上間隔を空けないと駄目らしいんだよ」

カエデ「それは発動すればの話だろう。今日は時間はたっぷりあるんだ。発動するまで何度でも練習すればいい」


いろいろな意味で魅力的な提案だ。

しかし、あれは靭帯を縮める魔法と言っていたか。

加減を間違えれば血流を止め、周辺組織が壊死するかもしれない。

ちゃんと習得するまではアウラエルの監督下でやるべきだろう。


一樹「あれは加減を間違えるとやばいんだ。アウラエルの居ない所ではやめておこう」

カエデ「そうか。では、習得済みのほかの3つなら大丈夫なのか?」

一樹「ああ、復習させてもらおうかな」

カエデ「うむ、では練習の成果を見せてもらおう」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


桜と温泉を堪能した俺達は、クヌギさんたち親族数人を加えて食事会に臨む。

本当に儀式的なのは参拝だけらしく、普通に和やかな雰囲気の食事会だった。

山の中の温泉旅館のはずだが、海の幸もいろいろと出てきてかなり嬉しい。

さっきの神話に出来てた北に臨む静かで豊かな海で採れたものなのだろう。


話の中では一応援軍に関する取り決めなどにも多少触れることになった。

谷の入り口の砦で人間族を止められるなら鬼族にとっても都合がよい。

なので国境警備、つまり砦の警護については引き続き兵を借りられる事になった。

食事と寝床はこちらで用意するが、給金については鬼族側で負担してくれる。


ただ、街の治安維持についてはやはりこちらで費用を負担しなければならない。

当面は公爵家から受け取った金でなんとかなるが、早く税収を増やさないとな。

加えて自領民の訓練や『ハイランダー』の傭兵の手配も進めておく事にしよう。


食事会が終わると、鬼族の習慣に倣って早めの就寝時間になる。

カエデとは温泉でたっぷりいちゃついたのでここは素直に寝ることにしよう。

明日は早めに起きて改めて参拝に行こうかな。

こういう趣旨とは思っていなかったから、俺の胸は慙愧の念でいっぱいだった。

一人ではあるが、明日こそはきちんと神前でカエデへの愛を誓うことにしよう。

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