第44話 祝勝会
一樹「今回の敵は聖騎士を含む2000人という大軍であったにもかかわらず、皆の健闘のおかげでこちらは一人も欠けることなく撃退することができた。心から感謝する。今夜は大いに飲んで楽しんで欲しい。乾杯!」
「かんぱーい!!」という唱和とともに宴が始まる。
村の広場に組んだキャンプファイヤーを囲み、村人も鬼族も飲み食いを始める。
もっとも、鬼族300人が入れるほど広くもないので、今いるのは100人だけだ。
100人は念のため警戒中で、100人は仮眠を取っている。
宴へは交替で参加することになっているらしい。
念のため砦の門は閉じているし、アーチャーたちも見張りに立っている。
いざというときはゴーレムとオークも居るし、おそらく問題はないだろう。
宴会では上役のものは早々に退散したほうがいいんだっけ?
今回は俺がそういう立場になるのかね?
それにしたって静かだな・・・。
一樹「村長、楽器のできる者は居ないか?」
村長「はあ、そうですな。あー、トーマス!お前、バイオリン持ってたろ?」
トーマス「え?いや、俺のはとても領主様の御前で演奏するようなもんじゃとても・・」
一樹「なにか適当に賑やかなのやってくれないか?」
トーマス「はあ・・・」
鬼族からも促すように拍手が起きる。
トーマス「じゃあ、ちょっと取ってきます」
拍手で見送られるトーマス。
振りとしてはこんなもんでいいかな?
ただ、頼んだのは俺だし、1曲くらいは聴いて行くか。
そういえば、こっちに来てから初めて聴く音楽になるのか?
ふと視線を感じて目をやると、栗毛の少女と目が合った。
にこりと笑って会釈してきたので、こちらも会釈を返す。
確か、アーネストさんの護衛の冒険者の一人で名前はマリー。
一度視線を外し、視界の端で様子を伺う。
なぜだ?やはり見られている。
状況的に俺が視線を集める事自体は別に不自然ではない。
一応俺はここの中心人物で、たぶん防衛戦のMVPのはずだ。
しかし、この視線はそういう好意的なものとは違う気がする。
敵意というほど強い視線ではないが、どこか訝しげな視線。
鬼族たちから拍手が沸き起こる。
トーマスがバイオリンを持って戻ってきたようだ。
どこか牧歌的で陽気なメロディーを奏で始める。
俺が小さく手拍子をすると、それが全員に伝播していく。
誰からともなく、鬼族も人間族も火を囲んで踊りだす。
俺にはバイオリンの良し悪しなど分からない。
きっとコンサートで聴く様な「上質な」音楽ではないのだろう。
それでも、半年振りに聴く音楽に目頭が熱くなるのを感じる。
いや、涙が出そうなのはこの光景を守れたという安堵感ゆえか?
敵兵2000のうち、死んだのは150~200くらいだろうか?
9割以上の兵力が、ほぼ無傷のまま伯爵の手元に残っている。
しかし、相当数の武具は取り上げたから、すぐには攻めてこれないだろう。
おそらく数週間は戦わなくてもいいはずだ。
その間にまた街の開発を進めよう。
畑も広げないといけないが、学校も作らないといけないな。
楽器もたくさん手に入れて、音楽教育も推進しよう。
花と音楽があふれる街にしていきたい。
再び視線を感じて目をやると、やはりさっきの栗毛の女の子。
こちらをじっと見たまま、今度は笑顔を作ることもない。
どうやら酔っている様だ。
二十歳以上には見えないが、こちらの世界の成人は15歳かららしい。
そもそも飲酒に関して明確な年齢制限もないという。
違和感はあるが、異世界から来た俺が口を出すことでもないだろう。
視線の意味は気になるが、さしあたり敵意や害意は感じない。
今の立場で大勢の前で特定の女性に声をかけるのも気がひける。
明日にでも探りを入れてみるかな?
さて、宴会のほうはそれなりに盛り上がっている。
肉も酒も十分あるはずだし、俺は退散するとしよう。
俺は数人に挨拶して、村の北側の拠点に向かう。
すると、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、追跡者が1テンポ、いや、数テンポ遅れて身を隠す。
先ほどの少女が木の影からこちらを伺っている。
酔っ払った女の子を放置するわけにもいかないか。
とは言っても、こちらから声をかけると逃げていきそうだ。
気づかない振りをして、拠点まで誘導しよう。
俺はゆっくりと拠点に向かって歩を進める。
マリーに危害が与えるものがないか、念のため周囲も警戒しておく。
マリー「かくほー!」
マリーが俺の背中にしがみついてくる。
いや、台詞からすると捕まえているつもりなのか?
マリー「ふふふ、あなたがプライベート・ブラックですね?金貨50枚はいただきです!」
プライベート・ブラックだと?
その名を使ったのはバルバスの前でだけだったはずだ。
バルバスは死んだが、周囲の部下から伝わったのか?
しかし、あの時は覆面をしていたはず、なぜ俺だと分かった?
金貨50枚とはなんだ?バルバス殺害犯として懸賞金が出ているのか?
一樹「なんのことだ?」
マリー「とぼけても無駄ですよ。魔力の感じで分かります。あなたがパンツ泥棒ですね!」
そっちかよ!
パンツ泥棒で懸賞金が金貨50枚?
いや、さすがにそれはないよな?
いや、それよりも魔力の感じで分かるもんなのか?
マリー「アーニャかわいいもんね。男の人ならパンツとか欲しくなっちゃうんでしょうね。知らないけど」
アーニャというのはやはりアーネストさんの護衛の一人だ。
『白百合』のリーダーで金髪の剣士だったはず。
一樹「人違いだろう?確かにかわいいが、俺は別にパンツとか欲しくは・・」
マリー「それは別にいいんです!ただ気になるんです。なんですぐ隣にあった私のパンツは置いていったんですか?」
マリーの腕が俺をぎりぎりと締め上げ・・・てるのか、これ?
一樹「そこ?」
マリー「別に盗って欲しいわけじゃないんですよ?パンツ泥棒は駄目です。でもなんかもやっとするじゃないですか!恋人なら分かります、一人に絞るのも。けど、パンツ泥棒って、若い女の子のパンツなら片っ端から持っていくもんなんじゃないんですか!?」
一樹「いや、俺に聞かれても」
マリー「いいんですけどね。盗られても嫌だし。アーニャみたいにかわいくないし、地味だし、おっぱい小さいし」
これはあれか?
なぜか痴漢被害を自慢げに話す女がいるらしいが、その逆バージョン。
一樹「いや、マリーはかわいいだろう。どういう状況だったか知らないが時間も限られてただろうし、そのパンツ泥棒も余裕がなかったんじゃないか?」
そもそもパンツを狙ったわけではない。
だが、別人という態で行く以上、そこを弁解するわけにもいかない。
マリー「そうなんですか?」
一樹「いや、知らないけどね。俺だったらマリーのパンツを真っ先に狙ったと思うよ?」
マリー「そうなんですか?」
一樹「いや、やらないけどね?」
マリー「あのパンツ泥棒は一樹さんじゃない・・・?けどこの魔力は・・・」
一樹「ひょっとしてそいつも魔族だったのかな?それで似てるんじゃないか?」
マリー「なるほど。一樹さんなら私のパンツを・・・」
一樹「いや、やらないからね?」
マリー「一樹さんは私のパンツ見たいんですか?」
ふいに嫌な女上司のセクハラ発言が思い出される。
YESでもNOでもウザがらみされるやつだ。
だが、マリーからはそういった悪意は感じられない。
マリー「すみません、変なこと聞きました。そうですよね、興味ないですよね。アーニャみたいにかわいくないし、地味だし、おっぱい小さいし」
一樹「いや、マリーはかわいいよ。俺は見たいな。すごく見たい」
マリー「ほんとですかー?でも見せませんよ?」
一樹「それは分かってる。別に見せなくていいから」
マリー「やっぱり興味ないんじゃないですかー!」
一樹「いや、そうじゃなくて。ほんとは見たいんだよ。すごく見たい。けど我慢する」
マリー「そっかー、そこまでいうならちょっとだけ見せちゃおっかなー。いや、駄目です。でも、んー」
一樹「いや、悩まなくていいから」
マリー「急かさないでください!」
一樹「いや、急かしてるわけじゃなくてね」
アーニャ「マリー、なにしてるの?」
姿の見えない仲間を心配して探しに来たのだろうか?
マリー「あ、アーニャ!ねえ、アーニャ、どうしよう?一樹さんが私のパンツ見たいって」
アーニャ「領主様?」
一樹「いや、その、聞かれたからそう答えただけだ。他意はない」
アーニャ「そうですか。仲間が失礼しました」
一樹「いや、気にしなくていい」
アーニャ「では失礼します。ほら、マリー。行くよ」
背中に感じていた微かなぬくもりが遠ざかる。
今日ほど冬服の厚みを恨めしく思ったことはないな。
アウラエル「なかなか勘の鋭い娘のようですね」
一樹「見ていたのか。彼女の言う『魔力の感じ』というのは分かるものなのか?」
アウラエル「魔力には一人一人特徴はあります。ただ、魔道具も使わずに生身でそれを判別できるものは滅多におりません」
一樹「では、彼女も確信は持っていないのかな?」
アウラエル「ええ、その心配はないと思います。ただ、魔力に関してかなり鋭い感覚を持っているのでしょうね。きっと優秀な魔術師になるでしょう。できればこちらに引き込みたいものです」
一樹「ああ、そうだな」
これから領地経営をする上で、優秀な人材はいくらでも欲しい。
今の段階でお抱え魔術師なんて雇って意味があるのかは不明だが・・・。
とりあえずは冒険者ギルド経由で害獣駆除とか町の警備を頼むのも有りか?
王国軍がまた攻めてこないとも限らないし、砦の防衛隊を頼むのもいいか。
アウラエル「あの娘の情報、少し集めてみますね」
一樹「いや、冒険者というのは定住しないものらしい。人材は欲しいが、自らこの地への定住を望む者であって欲しい」
アウラエル「分かりました。では彼女については成り行きに任せましょう」
一樹「ああ。ところで、王国軍はまた来ると思うか?」
アウラエル「放って置けばまず間違いなく、さらに大規模な部隊で攻めて来るでしょう」
一樹「そうか、そうだよな」
バルバス男爵を倒したらヘーゼルホーヘン伯爵とかいうのが出てきた。
今度は侯爵か?国王か?部隊規模は五千か?一万か?次の『聖騎士』は何人だ?
このまま王国が滅びるか諦めるまで戦い続けるしかないんだろうか?
アウラエル「それについては引き続き情報を探ってみます。併せて、王都の天使族とも連絡をとりあい、対策を考えてみる予定です」
一樹「すまないな、助かる」
アウラエル「そのような顔をなさらないでください。私は主様の臣下です。如何様にもお使いください」
一樹「ありがとう」
アウラエル「もったいないお言葉です。念のため、防備を強化しておいてくださいね」
一樹「わかった。そっちは任せろ」
アウラエル「はい。では行ってまいります」
こちらから停戦を申し入れるとして、どういうルートが有り得る?
アーネストさんに手紙を預けたとして、貴族でもない俺の手紙が高官に届くだろうか?
やはり、貴族を何人か拘束して人質にしたほうがよかったのかな?
仮に届いたとして、どんな提案なら受け入れられる?
どんな話なら『魔族』が相手でも耳を傾けてもらえる?
この世界の常識も政情もさっぱり分からない。
アウラエルへの依存度があまりにも高すぎる。
そういえばマリーの件、俺はなんで断ったんだろう?
個人的な感情を抜きにしても、優秀な魔道師なら居て欲しいはずなのに。
直前まで、そう思っていたはずなのにな。




