第18話 鬼族との同盟
今日は午後から鬼族の里に行く予定が入っている。
ダンジョンを離れる前にまた少し防備を増強したい。
今回召喚するのは固定型単機能ゴーレムを3体だ。
機能を制限することでコストを大きく抑えることができた。
2体は2層のオーク部屋の背後の壁に埋め込む。
オーク部屋に続く扉は、両サイドに押し開くタイプだ。
この扉で敵の後衛が距離を取りにくくしている。
ただ、誰かが扉を押さえて攻撃魔法を放り込むということもありうる。
2体の固定型ゴーレムは、部屋の外から攻撃されたときに作動する。
鋼鉄の矢を正面に撃てば敵の魔法使いなどを攻撃できるはずだ。
斜めにクロスして撃てば、扉を押さえる者も狙えるかもしれない。
もう1体は3層のアウラエルの後ろの壁に埋め込む。
3層は長い1本道に誘い込み、魔法攻撃で撃退する構造だ。
ただ、魔法抵抗の強い敵に突破されることも考えられる。
鋼の槍を射出するゴーレムを設置し、物理攻撃も加えることにした。
また、俺自身の備えとしてダンジョンコアでペンダントを作る。
最初にボス部屋に到達した冒険者が持っていたものだ。
すでに機能を停止していて『魔力パス』を繋ぐことはできない。
しかし、ダンジョンマスターが直接触れれば魔力の出し入れはできる。
ペンダントには魔力をある程度蓄えておく。
戦闘となると心細いが、何かあったとき逃げるくらいはできるだろう。
また、容量に余裕を持たせて向こうで発生した魔力も吸収してもらう。
これはなるみの姉妹の遺骸ということになるのだろう。
その利用はなるみの心情的にどうなのか気にはなった。
埋めるより役立てるほうがいいというなるみの言葉に従う。
ひょっとしたら強がりなのかもしれない。
それでも今の俺には必要なものだ。
鬼族の迎えは約束どおり正午過ぎに小屋の前に現れた。
今度はカシを含む4人組だ。
リーダーのカシ、駕籠を担ぐ2人、背負子を持つのが1人。
背負子の男が小屋の中の木箱を担ぎ、俺は駕籠に乗せられた。
川原を上流に向けて少し進んだ後、川沿いの道に入る。
刈り取り後の田んぼに囲まれた道を通り、今度は山道に入る。
山をいくらか登り、日本風の屋敷の門の前で駕籠は止まった。
カシの案内に従って屋敷に入ると、2mは軽く超える鬼族に迎えられる。
鬼族「よくおいでくださった。ささ、かけられよ」
促されるままに座布団に腰を下ろす。
鬼族「某は鬼族の長をしておるクヌギと申す。本来であればこちらから挨拶に伺うべきところをご足労頂き申し訳ない」
一樹「とんでもない。お忙しい中お招き頂きありがとうございます。一樹と申します」
クヌギ「まずは我が娘のカエデを助けて頂いた事についてお礼を申し上げる。もう死んだものと思っていた。感謝致します」
一樹「いえ、当然のことをしたまでです。助けられて本当によかった」
クヌギ「食料も助かりました。村々に食料の提供を呼びかけてはいたのですが、余剰などなかなかありませんからな、集まりが悪くてどうしようかと思案していたところですよ」
一樹「お役に立てたなら何よりです。戦はひどいのですか?」
クヌギ「今は落ち着いておりますな。おそらくは地方領主の暴走でしょう。大きなものではないが、それでも村が1つ焼かれてしまった」
一樹「・・・そうですか」
クヌギ「まずはご所望の地図をお渡ししよう。一樹殿のダンジョン周辺の地図の写しに、我々の警戒範囲を書き込んでおいた」
クヌギはひとつの巻物を差し出した。
一樹「ありがとうございます。早速見せていただいてもよろしいですか?」
クヌギ「どうぞ」
巻物を広げると、和紙に墨で描かれた手書きの地図が現れる。
クヌギ「これが一樹殿のダンジョンの入り口。そしてこっちが食料を頂いた小屋ですな。そしてこの線が我等の警戒範囲を示しております」
俺の『領域』もけっこうぎりぎりだったようだ。
一樹「ありがとうございます。この線の内側が鬼族の領土ということですね」
クヌギ「領土というのは少し違いますな。この辺りまでは少し前まで黒曜と名乗るダンジョンマスターの『領域』だった場所だ。彼女が人間族に討たれた今は誰の領土でもないはず」
そういってクヌギが指し示したのは警戒域を示す線より『聖域』側。
俺の『領域』の西にある小山の北端辺りだ。
どういうことだ?
鬼族の警戒域まで『領域』を広げれば殺されるのではなかったのか?
一樹「失礼ですが、鬼族は『聖域』に近づく者を殺すときいていました。噂は当てにならないものですね」
クヌギ「あながち間違ってはおりませんな。ダンジョンコアの『根』は『聖域』を侵食する。故にこの線の内側まで『根』を伸ばす者がいれば警告を発し、退かぬなら排除する。それが我ら『聖域』を守護するものの務めです」
ダンジョンコアが『根』を伸ばした範囲がダンジョンの『領域』だ。
『領域』と『聖域』は互いに競合する存在ということか?
一樹「では鬼族もその黒曜というダンジョンマスターと戦っていたのですか」
クヌギ「いや、黒曜殿とは不戦協定を結んでいた。以前は衝突もあったときくが、最近は互いの領域を侵すことなく共存しておりました」
一樹「なるほど、それはいいですね。俺もそう在りたいものです。クヌギさん、我々と同盟を結んでもらうことはできませんか?」
クヌギ「同盟ですか。不戦協定ということなら喜んでお受けするが、『聖域』近くまで『領域』を拡大したいということなら、如何に恩人の言葉といえどお受けするのは難しいですな」
一樹「そうでしょうね。なので、ただの不戦協定にとどまらず同盟を結び、鬼族の『聖域』が脅かされたときには共に戦わせて頂きたいのです」
クヌギ「我らのために戦うとおっしゃるか。なぜそこまで?」
一樹「理由はいくつかあります。『領域』の拡張を認めて欲しいということもありますが、それ以上に、『聖域』を侵され、カエデさんのような子供までが武器を取らねばならぬような状況を見過ごしたくはありません」
クヌギ「義憤ということですか。では、逆にわれ等が人間族の聖地を侵したならば、一樹殿は鬼族と戦われるのか?」
一樹「そうはならぬことを願っております」
クヌギ「ふむ・・・」
一樹「それともう1つ、この里の風景はどこか俺の故郷に似ています。この情景を守りたいという気持ちもあります」
クヌギ「黒曜殿と同じようなことをおっしゃる」
一樹「おそらく同じ国の生まれなのでしょう」
クヌギ「仮に同盟が成ったとして、どう戦うのですかな?ここでは小さな木箱1つ持てぬときいたが」
一樹「『聖域』付近まで『領域』の拡張を認めていただけるなら俺も戦えます。加えてダンジョンのガーディアンたちも動員すればそれなりの戦力になるはずです」
クヌギ「なるほど、それは頼もしい。同時に、我ら『聖域』の守護者が恐れていることでもある」
一樹「誓って『聖域』には手を出しません」
クヌギ「一樹殿、信用というのは樹木のようなものだ。きるのは容易いが、育てるのは時間がかかる」
確かに現状でこちらを信用させるだけの材料はないか。
一樹「もし、こちらの提案を受け入れていただけるなら、この山に、焼け出された皆さんが雨風をしのげる場所を用意しましょう」
俺は地図上のダンジョン西側の小山を示した。
クヌギ「確かに必要なものではあるが、鬼族にも大工はいる」
一樹「それはそうでしょう。しかし、今から木を切り、地面を均していて冬に間に合うでしょうか?俺なら2週間で準備して見せます」
クヌギ「それは、カエデに貸し与えたという部屋のようなものですかな?」
一樹「基本的にはそうなります。人数にもよりますが、広さや質はいくらか落ちるかもしれません」
クヌギ「仮住まいならばそう贅沢はいいますまい。焼け出されて仮宿で暮らしているものが全部で64人、2週間で間違いありませんかな?」
村1つということだから10世帯50人ほどかと思っていた。
想定よりは少し多いが、許容範囲だろう。
一樹「大丈夫です。ただ、防衛戦力と衣食まではこちらでは用意できません。お願いできますか?」
クヌギ「元よりこちらで準備するはずのものだ。問題ない」
一樹「では、その条件で」
クヌギ「宿を用意してもらえるのはありがたい。しかし、『領域』の件はなんとも言えん。長とはいえ独断では決められることではない。急ぎ寄り合いを開くゆえ、お待ち頂きたい」
一樹「分かりました」
クヌギ「ただ待って頂くのもなんですな。この里自慢の温泉に案内いたしましょう。湯につかり、酒でも飲みながらお待ちくだされ」
一樹「温泉ですか!ありがとうございます。ただ、酒は飲めないもので、お湯だけ頂きます」
クヌギ「承知いたした。カエデ!これへ」
カエデ「お呼びでしょうか?」
クヌギ「寄り合いに行ってくる。一樹殿を湯殿にご案内しろ」
カエデ「はい」
クヌギ「では一樹殿、これにて一旦失礼する。温泉を楽しんでくだされ」
一樹「わかりました。楽しみです」
案内されたのは露天の岩風呂だった。
紅葉に彩られた山々が美しい。
鬼族の自慢というだけのことはある。
温泉を満喫してお茶と茶菓子を楽しんでいる頃にクヌギは戻ってきた。
クヌギ「お待たせいたした。一樹殿のご提案については基本的にはお受けしたいと考えている。だが、先ほどもお話したとおり、ダンジョンコアの『根』は『聖域』を侵食する。それゆえ『聖域』間近までの『領域』拡張を認めることは難しい。その点はご理解頂きたい」
一樹「分かりました」
クヌギ「ただ、今回は鬼族の娘を救ってもらったことに加え、食料の提供、当面の仮住まいの提供もしていただけるとのこと。これらを考慮し、こちらの警戒範囲を一樹殿に関してのみ狭め、規制を緩和する、ということで対応したいと考えているが、いかがだろうか?」
一樹「具体的にはどの程度譲歩していただけるのでしょうか?」
クヌギ「通常、我らは『聖域』の周囲半里を警戒し、そこに『根』を伸ばすダンジョンを退けている。これを一樹殿に関しては十町とし、さらに烏帽子山の麓に限っては2町とさせていただく。これで如何だろうか?」
烏帽子山というのは避難所設営を提案した小山のことだ。
1里が確か約4kmだから半里は2kmくらいか。
それが10チョウになる・・・チョウってなんだ?
一樹「申し訳ないのですが使い慣れない単位なので分かりかねています。1里は何チョウになりますか?」
クヌギ「一里は三十六町ですな。半里が十八町、それを十町にするので、今より八町分『領域』を広げていただけるということになりますな」
約4kmが36チョウなら、1チョウは100mちょいか。
8チョウだから800m以上広げられるなら十分か。
一樹「十分な内容かと思います。ただ、10チョウも離れた状態ではそちらで何かあったときに加勢をするという話は難しくなりますが、そこはどうしましょう?」
クヌギ「この里の守りは我らにお任せ頂きたい。それに、ここに来れなかったとしても、状況次第では敵の後背や横腹をついて混乱を誘うことができるかもしれません。敵対勢力について情報交換をするだけでも十分助けになりましょう。そういう形での同盟では如何ですかな?」
一樹「分かりました。それでしたこちらに異存はありません」
クヌギ「よかった。ではこの内容で盟約を結ぶと致しましょう」
一樹「はい。ところで、鬼族の『聖域』は範囲としてはどのくらいになるのでしょうか?」
クヌギ「だいたいこの山脈の北半分がそうですな」
一樹「それは広大ですね。では、新しい警戒域を記した地図については、烏帽子山周辺から、山脈東端辺りまでをお願いできないでしょうか?」
クヌギ「山脈を横断して『領域』を広げるおつもりですかな?」
一樹「将来的にはそれも視野に入れたいと考えています」
クヌギ「なるほど。約束した以上、我らは手を出しませんが、細長い領地は攻めやすく守りにくい。用心されることです」
一樹「分かりました。肝に銘じておきます」
クヌギ「地図は近日中にお届けしましょう。焼け出された村人たちの件、くれぐれも頼みますぞ」
一樹「分かりました。すぐにでも帰って取り掛かりましょう」
クヌギ「娘の件の謝礼のためにお呼びしたというのに、たいしたもてなしもできず申し訳ない。この埋め合わせは必ず」
一樹「いえ、あの温泉は本当に素晴らしかった。機会があればぜひまたお邪魔したいものです」
クヌギ「気に入っていただけたならなによりだ。そのくらいならいつでも歓迎しますぞ」
一樹「ありがとうございます。ところで、烏帽子山は温泉って出ますかね?できれば自宅に作って毎日でも入りたいところです」
クヌギ「さて、どうでしょうな。山脈の端の小さな山ですから、難しいかもしれませんな。もう少し東側の山なら出るかもしれません」
一樹「なるほど。今後の楽しみが増えました。ありがとうございます」
クヌギ「風呂を作るときは声をかけてくだされ。鬼族には腕のいい職人が多い。きっとご満足いただける風呂ができるはずだ」
一樹「それはありがたい。そのときはぜひお願いします」
クヌギ「承知いたした。では帰りの駕籠を呼びましょう。気をつけてお帰りくだされ」
一樹「はい。ではまた後日」
『聖域』から18チョウは他のダンジョンの『領域』になっていないはず。
幅8チョウのエリアは俺だけが独占的に『領域』にすることができる。
クヌギさんの指摘するとおり、細長い領地は防衛も開発のやりづらい。
しかし、山脈を横断する『領域』が手にはいれば、別の使い方ができる。
山脈の東西に入り口があり、罠もモンスターもない平坦なダンジョン。
『魔界』と『人間界』を結ぶ架け橋、山脈横断トンネルだ。
トンネルの維持のために心配なのは他のダンジョンマスターからの侵食だ。
トンネルは10チョウぎりぎりのところに設置して、南にも少し『領域』を広げよう。
その上で端のへクスには防衛用の魔力をある程度注いでおいて・・・。
あれ?他のマスターが鬼族の『聖域』側へ『根』を伸ばそうとしたらどうなる?
まず帯状に広がった俺の『領域』を侵食しなければならない。
俺の『領域』が鬼族の『聖域』を守る壁になることになるのか。
条件が良過ぎる気もしたが、そういう意味も含んでのことかもしれない。
とはいえ、『聖域』防衛線への直接の参戦は不要とのことだった。
同盟国となったのだから、南の守りを一部肩代わりするくらいはすべきだろう。
現状、安心して『領域』を拡張できる土地は値千金、十分な好条件だ。
この話をご破算にしないためにも、避難所の設営はきっちりやらせてもらうとしよう。




