第17話 鬼族の使者
1層の補強のため、俺はまずゴブリンアーチャーを4体召還した。
物陰から攻撃し、すぐ逃げるというヒット&アウェイを繰り返す。
石の鏃には腐った肉が塗りつけてある。
といっても、冒険者をしとめることを期待しているわけではない。
森に撒いた毛虫と同じで、疲労とストレスを増やすことが目的だ。
疲れといらつきで集中力が低下し、秋風たちのリスクが低下するならよし。
疲労や負傷で前進をあきらめ、撤退してくれるならなおよしだ。
冒険者がいないときは森に出てウサギやリスを狩ってもらう。
訓練にもなるし、食糧事情がよくなれば1~2層のゴブリンが増える。
また、ガーディアンの経験はダンジョンコアを通じて共有される。
これは将来、俺が人間型のアーチャーを召還するための布石でもあるのだ。
魔力が溜まるのを待って、今度はゴブリンソードマンとメイジを召還する。
2体のゴブリンメイジは片方は火矢を、他方は防壁だけを使うことができる。
機能を制限することでコストを節約できるのだ。
天然のゴブリンメイジもそんなものらしいから、カモフラージュにもなる。
彼らには冒険者を相手に剣士と魔法使いの連携を練習してもらう。
そしてその成果は睦月・如月・弥生の魔女組に反映されるというわけだ。
将来、召還するかもしれない剣士の役にも立つだろう。
本物のゴブリンたちもだいぶ数が増えてきた。
運がよければホブゴブリンやゴブリンキングなどの上位種が生まれるだろう。
人間やエルフの女を孕ませれば高確率で生み出すこともできるらしい。
もっとも、さすがにそれは積極的にとりたい手段ではない。
ただ、もし奴らが自力で捕まえた女なら、取り上げるのは酷だろうか?
冒険者の女が捕まったときには放置してもいいのかもしれない。
いや、それでも助けてしまうだろうか?
相手は俺たちの命を脅かす侵入者だ、何をされても文句は言えないはず。
ましてやゴブリンの巣窟に自ら入り込んだのだ、自己責任というものだろう。
さらわれた村娘とかなら助ける、冒険者なら助けない。
それでいこう。それでいいはずだ。
なるみ「かずきおにぃちゃん、誰か来たよ」
モニターに額に角の生えた長身の男が映し出される。
落ち着いた色合いの簡素な和服に身を包み、右肩には大きな壺を担いでいる。
場所はミカエルたちが開墾作業をしているあたりか。
鬼族「某は鬼族の使者として参ったカシと申す。一樹殿にお取次ぎ願いたい」
ミカエル「わかりました。そこでしばらくお待ちくだせぇ」
ミカエルはそのまま開墾作業に戻る。
一樹「呼びに来ないのか?」
なるみ「もう伝わってるじゃん」
なるほど。
俺は急いで小屋に向かった。
一樹「お待たせいたした。某が・・俺が一樹です」
釣られて時代劇調になりそうになる。
カシ「鬼族の里より使者として参ったカシと申します。先日は一族の者が大変世話になりました。後日改めて代表のものが礼をする予定ですが、私からもお礼申し上げます。ありがとうございました」
一樹「いえ、当然のことをしたまでです。どうぞお気になさらずに」
カシ「本日はひとまず塩を持参いたしました」
そういってカシは持ってきた壺を示す。
カシ「ご推察のとおり、我等の里では食料が不足しております。先日の木の実を含め、残りの食料とジャイアントボアの塩漬けを買い取らせて頂きたい」
一樹「元よりあなた方のために用意したものです。お代は要りませんよ」
カシ「いえ、一族の者を助けていただいた上に施しを受けたとあっては面目が立ちません。どうか受け取って頂きたい」
一樹「そうですか。ではその辺りはお任せします」
カシ「金、銀、塩などが用意ですが、なにかご所望のものはありませんか?」
一樹「では、地図などはお願いできませんか?」
カシ「地図ですか。どのような地図でしょう?」
一樹「鬼族の警戒範囲を示す地図です。先日お伝えしたとおり、われわれは鬼族の『聖域』を侵す意思は毛頭ありません。とはいえこちらにとって『領域』の拡張は死活問題です。どこまでなら『領域』を広げてよいのか、教えていただけると非常に助かります」
もし他のダンジョンマスターに先んじてこの情報を入手できるなら値千金だ。
カシ「なるほど。それは私の一存では決めかねるものですので、持ち帰らせて頂いてよろしいでしょうか?」
一樹「もちろんです。無理を言ってすみません」
カシ「いえ。それと、一族の長が礼を言いたいと申しております。本来ならこちらから伺うべきところですが、人間族との戦も続いており里を離れることができません。できる限りの歓迎をさせていただきますので、ご都合のよいときにご足労いただけませんでしょうか?」
一樹「それは願ってもないことです。鬼族の里はぜひ一度拝見したいと思っておりました」
カシ「ご期待に添えるとよいのですが。いつがよろしいでしょう?」
一樹「こちらは明日にでも大丈夫です」
カシ「では明日の正午過ぎにでも迎えのものをやります」
一樹「わかりました。では、それでお願いします」
カシ「承知しました。小屋の中の食料を持ち帰らせて頂いても?」
一樹「もちろんです。どうぞ」
カシは懐から風呂敷を取り出すと、生乾きのキノコを回収して担いだ。
続けて小屋の中から木の実や芋の木箱を4つ取り出す。
ちなみに集めた食料は木箱に8つ分貯まっていたはずだ。
カシ「残りの食料は明日にでもまた回収させて頂きます」
一樹「分かりました。どうぞお気をつけて」
カシ「ありがとうございます。では失礼いたします」
カシは器用に両肩に2つずつ木箱を担いで帰っていった。
鬼族というのは随分と力持ちのようだ。
木箱はもっと大きく作ったほうがよかったかもしれない。
鬼族の長は戦争のために里から離れられないと言っていたか。
もっとも、うちのダンジョンは他所の貴人を迎えられる状態ではない。
この情報はカエデから伝わっているだろうから、気を使ってくれたのかもしれない。
鬼族が危険という話もあった。
『領域』を離れれば俺は非力な人間、戦いになれば勝ち目はない。
ただ、鬼族や虚言や騙まし討ちを好まない種族だときいた。
今回は謝礼のための招待ということだし、危険はないだろう。
まいったな。どうも最近、思考が荒み過ぎているか?
現状で俺が鬼族に命を狙われる要素はないはずだ。
殺すだの殺されるだの、考えること自体がおかしい。
なるみ「お、今度はだれを召還するの?」
俺が召還アプリを起動したのを目ざとく見つけて声をかけてくる。
一樹「狩猟人だ」
鬼族に約束したジャイアントボア狩りの用意をしよう。
明日は俺が居ないが、下見などの準備を進めておいてもらう。
塩漬け用の樽の準備はすでに進めている。
なるみ「また人間族風のおねーさん?」
一樹「そうだ。冒険者に見られても開拓民ってことでごまかせるだろうしな」
なるみ「レザービキニスタイルも選択できますが?」
一樹「それも魅力的だが普通の作業着にしてくれ。悪目立ちすると困る」
なるみ「はーい。ではでは、召喚いってみよー!」
ターンッと中指の腹でリターンキーを弾く。
中空に光の繭が現れ、女の裸体が浮かび上がる。
体表を虹色の光が駆け巡り、衣服を構築した。
弥生の召喚以降、ちょっと演出が変わってきたか?
一樹「お前の名前はアネモネだ。よろしく頼む」
アネモネ「よろしくお願いします」
一樹「数日以内にジャイアントボアを狩りたい。準備をしておいてくれ」
アネモネ「分かりました」
アネモネを見送りながら、今度は『領域』管理アプリを起動する。
俺の『領域』の南西側に、昨日の拡張で現れた黄色いエリアが見える。
ルシファーとの一件もあったので、今回は接するところまでは広げていない。
友好的な人物だろうか?日本人か?地球人じゃない可能性もあるか。
接触するかどうかは置いておくとして、今後の『領域』拡張をどうするか。
できれば南西に進みたかったが、他のダンジョンとの衝突は避けたい。
かといって、北側の鬼族の『聖域』に近づき過ぎれば殺されるらしい。
ただ、具体的にどこまでOKなのかはよく分からない。
このまま西に進んで大丈夫なのか?
鬼族と会うのを急いだのは、そこを確認したいからでもある。
既に許容範囲を超えていて明日殺されるってことはないよな?
だめだ、また思考がおかしくなっている。
山の上に見えた神社らしき場所、お参りできるだろうか?
ひさしぶりに日本っぽい空気を感じたい。




