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迷宮のモンスター

 ここが迷宮内部だということをよくよく理解しないといけない。

 迷宮に飛ばされてから既に二体のアンデッドモンスターと戦闘を行い、勝てはしたものの、それが迷宮の本領だとはとても思えないから。


 尸解仙しかいせん


 不死化ビカム・アンデッドによって自らを不死化させた最上級アンデッド。

 叢雲によると、この世界では龍に次ぐ力を持つ強大なモンスター。

 さっきの尸解仙しかいせんは偽物だったからなんとか倒せた。

 本物の尸解仙しかいせんだったとしたら、今の僕の実力では相対した瞬間に勝負はついていたはず。

 仙術と呼ばれる魔法?を使われた瞬間、何が起きたのかも分からぬまま倒されてしまうだろう。

 しかし、問題はこの迷宮トリネロが尸解仙しかいせんの偽物まで作って僕にぶつけてきたことだ。


 僕に対する憎しみ。

 子供達カリーナに対する憎しみ。

 それらがありありと伝わってくる。

 この世界に存在する最強種を作ってでも絶対に僕を殺してみせるという強い意志が伝わってくる。


 そして更に問題なのは、もしそうしたモンスターに僕が倒されたとしたら、迷宮の封印そのものである僕という存在が消えることによって、尸解仙しかいせんのようなモンスターも地上に這い出てしまうということ。

 偽物とはいえ、戦闘を職業にしている戦士団のような人間でなければそれらに対抗するのは難しい。

 一体や二体ならなんとかなっても、恐らくは際限のない数が押し寄せることになる。


 ……防がないと。


 子供達カリーナとしての迷宮封印の役割。

 僕は本来なら、その役割に従い、迷宮から遠い場所で何の危険もなく生き、そして女神と結婚して子を作り、そして子供達カリーナの役割をその子供に伝えていかなくてはならなかった。

 その役割を、僕は自分の意志で放棄した。

 人間らしくとか迷宮を壊すとかそういうのは全部僕一人の都合だ。

 この世界に生きる多くの人にしてみれば、僕のが人間らしく生きようがどうでもいいのであって、それに迷宮を壊すなんてのはそれこそ夢物語にしか聞こえないだろう。

 壊すどころか迷宮の最奥に辿り着いた者ですら過去にただ一人だけなのだから……


 だからこそ、封印の鍵が消えてモンスターが地上に這い出ることだけは阻止しないといけない。

 そして、その手段は……


 迷宮踏破。

 迷宮トリネロの踏破。

 つまりは、この迷宮の主であるトリネロの打倒。

 それが必要になる。


 絶対に……やらなくては……

 迷宮の最奥に潜むトリネロを倒さなくては……


「おい主様」


「なに? 叢雲」


「主様が真剣な顔しとるからの。何を考えておるのかと思っての」


「うん……ちょっと真面目なことを考えていたよ」


「当ててやろうかの? 『自分の我儘で子供達カリーナとしての役割を放棄したのだから、絶対の外の人には迷惑はかけられない。死ぬわけにはいかない。トリネロを倒さなくては。いや、倒してみせる』……と、そんなところかの?」


「エスパーなの? 叢雲は」


「丸わかりじゃ。分かりやすすぎて笑いが出てくる勢いじゃ。主様が考えておることなんて手に取るように……句読点の位置すら丸わかりじゃ」


「そこまで!?」


「そこまでじゃ。まったくアホじゃな主様は」


「アホって……だって、その通りでしょ。子供達カリーナである僕が死んでしまったら迷宮の抑えがなくなってしまう。それは最悪の事態だよ。それにはこの迷宮の主であるトリネロを倒さないと……」


「焦るな主様。トリネロなんてとりあえず放っておけばええ」


「……放っておく……?」


「優先順位を間違えるなということじゃ。いいか。主様は初めての迷宮ということで少し混乱してるかもしれんが、迷宮攻略なんてのは本来の予定ならもっとずっと先のことなんじゃぞ? そのための力を付けるために学院に入ったのを忘れたのかの? 今儂らが迷宮にいるのはただのイレギュラーじゃ。トリネロが悪意をもって儂らを迷宮に引き摺り込んだのは明らかじゃが、それでもただのイレギュラーじゃ。今この場でこの迷宮トリネロを攻略する意味はない。全く、じゃ。この場での最優先目標は主様が生きて迷宮から出ること。それだけじゃ。迷宮から出ればミューズもエリスもおる。女神が2人おる。今回はトリネロにしてやられた格好じゃが、女神が本気を出せば二度とこんな事態は起きんじゃろう。もちろん儂も最大限の警戒を今後はするしの」


「そう、か……今は別に倒さなくてもいいんだ……」


「最初から言っておるじゃろ。主様をこの迷宮から必ず出すと。脱出させると。迷宮のどこらへんに今儂ががおるのかは分からんが、少なくともこれより下層へ潜る必要はない。上への階段を昇るだけでいいんじゃよ」


「そして力を蓄えて、また迷宮に挑む」


「その通りじゃ。学院に入ったんじゃからそれを利用しなくてはの。もちろん儂やミューズ、エリスも協力は惜しまんしの」


「分かったよ叢雲。上へ昇る階段を見つけよう。ここが地下何層か分からないけど、昇続ければいつか地上に出るはずだよね」


「うむ、命だいじに、じゃぞ」


「了解だよ。それに……レジーナもいるんだからね。今この場で迷宮踏破を目指すなんてちょっとでも考えた自分がバカだった。レジーナを無傷で地上に送り届けることが今僕のやらなきゃいけないことだ」


 レジーナの手を握る。

 巻き添えになってしまったレジーナ。

 そもそも僕がこの迷宮トリネロに来なかったらこんな事態にはならなかったんだ。

 学院に入らなければこんなことは起きなかったんだ。


「ごめんレジーナ。迷宮踏破、トリネロ打倒なんてのは全然優先じゃなかった。レジーナ、一緒に迷宮から出よう」


「はい……! 一緒に迷宮から出ましょう夏希さん……! あの、座学で迷宮のことは少しは勉強してありますから……私、戦いではお役に立てませんけど……少しでも夏希さんのお力になりたいです……」


「ありがとう。叢雲は昔迷宮に潜ったことがあるみたいだけど、どうやらその頃とは迷宮が様変わりしているようなんだ。学院で最新の迷宮について勉強してあるレジーナを頼りにしているからね」


「あの……はい……! 任せて……とは……とても言えませんけど、あの、足手まといにならないようには一生懸命頑張ります……!」


 さて、とりあえずすることは……


「叢雲、ミニムラを使って周囲を探ってもらえる? 尸解仙しかいせんを倒したからどこかに階段かなにかが出現していると思うんだけど」


「了解じゃ主様」


 叢雲が体育座りになってお腹を抱える。

 そして30センチほどのミニムラを5体産んだ。

 迷宮内にある階段やその他色々を探れるとっても頼りになる存在だ。


「………………………………………………えっ」


 レジーナが絶句する。

 うんそうだよね、そうなるよね。

 僕もさっきそうなったよ。

 でも大丈夫。考えちゃいけない。

 こういうものだと思って欲しい。


「大丈夫心配しないでレジーナ。ミニムラは階段を見つけてくれたりモンスターがいたら教えてくれたり、すごく便利なんだよ」


「え……いやあの、叢雲さんが……ちびっこい叢雲さんを……」


「うん、産んだね。でも大丈夫。便利だからミニムラは」


『ハイ! いっしょうけんめい働きます! なんでもご命令ください!』


 ミニムラがビシっと敬礼しながら凛々しい顔つきになる。


「夏希さん! ちっこい叢雲さんが喋りました!」


「うん、意思の疎通は大切だよね。色々な情報を集めてきてもらおうね」


「あ、はぁ……そう……ですね。意志の疎通は大切……ですよね。ミニムラさん……ですか? よろしくお願いします……」


 どうやらレジーナも納得してくれたようだ。

 大丈夫。

 ただの働き者の小さい叢雲だから。

 寝る時には布団にもなるらしいよミニムラ。


「とりあえず、階段でもなんでもいいから見つけてきてもらおうかな? それでいいよね叢雲」


「それでええじゃろ。階段があればベストじゃが、他にも迷宮にはいろんな機構があるからの。とにかくこの大部屋から移動しなければならんからの」


『了解しました! ではいってまいります!』


 ミニムラが5体、それぞれ別の方向に飛んでゆく。

 4体がそれぞれ部屋の角の方に、残りの1体が天井を調べるようだ。

 5分くらい経っただろうか?


『報告します! 階段がありました! のぼりとくだり、それぞれ1個ずつです! そのほかにはとくに気になるものはありませんでした! モンスターもかくにんできません!』


 階段があったらしい。

 優秀過ぎるなミニムラ。

 この短時間でこの大きな部屋の隅々まで調べたらしい。


「考えるまでもないの。昇りの階段に向かうぞ主様。とにかく地上に近付かなくてはの。下りの階段なんて石を放り込んで塞いでやりたい気分じゃ」


「そうだね。ここが何層かは分からないけど、とにかく上へ向かわなくちゃ。レジーナもそれでいいかな?」


「はい! もちろんです……地上へ向かいましょう。強いモンスターがいなければいいのですが……」


「うん。そう願いたいけど、強い弱いは別にしても、恐らくはモンスターとの戦闘は避けられないと思う。レジーナは、戦闘になったらすぐに後ろに下がって。僕と叢雲がなんとかするから」


「あの、私も……戦いのお手伝いを……」


「レジーナ、気持ちは嬉しいけど大丈夫。僕が戦闘に集中できるように、できるだけ位置取りには気を付けて欲しいけど、戦闘に参加はしなくていいよ。心配いらないよ。叢雲はこう見えて凄い刀なんだよ。刀の中で一番なんだって。だから大丈夫だよ」


「え、あ、はい……叢雲さんが凄いのは……もちろん分かるのですが……えっと……分かりました。とにかく邪魔にならないようにだけは気をつけます」


「ミニムラと一緒にいれば隠れる場所とかも教えてくれると思うから」


「あ、はい……よろしくお願いします、ミニムラさん……」


『まかされました! 安全なばしょでたたかいを見ていましょう! ちなみにわたしたちはせんとうりょく0です!』


 うん、ミニムラは戦えないからね。


「ミニムラはレジーナと安全なところにいてくれれば大丈夫だから。戦いは僕に任せて、と言えるほどの実力はないけど、それでも僕がなんとかするよ」


 そう。

 ここからの戦闘は僕一人がなんとかしないといけない。

 叢雲という超一級の武器があっても、それでも荷が重いのは百も承知だ。

 迷宮都市トリネロの戦士団や探索団といった、迷宮のモンスターと対峙することを専門とした職の人達でさえ簡単に命を落とすことがあるのが、迷宮でのモンスターとの戦闘。

 学院ではまだほとんど学べていないし、実戦経験もほとんどない。


「さて主様、階段を昇るぞ。不安なのは分かるが、やれることは決まっている。階段があったら昇る。モンスターが出たら戦う。それだけじゃ。案ずるより産むが易しと言ってな。眼の前のやれることを一つずつこなしていく方が気持ちは楽じゃぞ。悩んで強くなれるなら存分に悩めばいいがの、実際は刀を一振りする方が修行にもなるし気も晴れるというものじゃ」


「うん、叢雲分かってる。考えてもしょうがない。力不足なんてのは承知の上だ。さあ、行こう階段へ」


 ミニムラが探してくれた昇りの階段に向けて歩く。

 下りの階段は無視だ。


「階段を登ったところが安全だとは限らん。気をつけるんじゃぞ」


「了解だよ」


 階段と言っても幅は10メートル以上あるだろうか。

 パーティを組んでいても楽に昇ることができるだけの広さがある。

 狭いと一列にならないといけないから助かる。

 そして、100段ほどの階段を昇り切ると……また部屋だった。


「さっきと同じような大部屋だね叢雲」


「そうじゃな……なんじゃろうな。様変わりしてもおかしくないと思っておったんじゃが……さっきとまるで同じような大部屋じゃ。ということは……」


「うん、さっきと同じだと考えるなら、この大部屋にいるモンスターを倒すことによって階段が出現するってことだよね」


「そういうことじゃな。まるで同じとは限らんがその可能性が高いじゃろ。一応用心しておけ」


 階段を登って辿り着いたところは下の階と同じような、一辺が数百メートルもあろうかという大部屋だった。

 ここはその中央辺りだろうか?

 先程と同じように迷宮に数多く生息するゴブリンといったような所謂雑魚モンスターの気配はない。

 シンと静まった気配が、地上ではあり得ない大きさの部屋に響くようだ。


「なに、主様しか戦闘を行う人間がいない以上は、敵の数が少ないというのは結構なことじゃ。この大部屋を守るモンスターは恐らくは一匹じゃろう。一対一なら儂らの望むところじゃ」


「そうだね。何百匹もモンスターが現れて数の暴力に潰されるのは怖い。レジーナもいることだしね。敵が一体だけなら集中できるし」


「進むぞ主様。どうやら敵の配置もさっきと同じようじゃ。部屋の奥に気配を感じる」


 尸解仙しかいせんの偽物と対峙した所と同じような場所にこの階のモンスターもいるのだろう。

 進もう。

 

「いた」


「いるのう」


 部屋の奥……ここからだとまだ100メートルほどあるだろうか。

 そこに何かが存在している。

 黒い靄のようなものがかかっていて形状は詳しく確認できないが、確実にそこにいるのが分かる。


「またアンデッド系の可能性が高いの。儂らが落ちた階にいたやつもさっきの尸解仙しかいせんもアンデッドだったからの」


「3体目のアンデッドってわけだね」


「アンデッドと一口にいっても種類が違えばほぼ別のモンスターじゃからの。まぁさっきの尸解仙しかいせんは偽物とはいえ……アンデッドというカテゴリに入れていいもんでもないがの」


「迷宮に出現して、不死の属性を持つ敵ならアンデッドモンスターってことでいいんじゃないかな。本物の尸解仙しかいせんは仙人様なんでしょ。確かにアンデッドと呼ぶにはおかしいかもしれないけど、それでもここで会えばただの敵だしね」


「そういうことじゃな。それにアンデッドだろうがゴブリンだろうが同じことじゃ。儂を振るって当てればそれで終わりなんじゃからな。生ある者に死を、生なき者へも死を、じゃ」


「……そう考えると、叢雲を持ってる時点でアンデッドという属性の有利はほぼなくなるってことなのかな? だって死なないのがアンデッド最大の強みでしょ。それが叢雲で斬り裂いた時点で僕の勝ちなんだから、アンデッドにしてみればたまったもんじゃないよね」


「もっと褒めてもいいんじゃぞ? 讃えてもいいんじゃぞ? 言っとくが儂だけじゃからなこんなのは。序列二位以下の刀剣と儂とは隔絶した差があるからの。『儂とその他大勢のゆかいな武器類』くらいのもんじゃ」


「なんか身近すぎてよく分からなくなる時があるのは確かだよ……」


「まぁ儂は子供達カリーナだけの持ち物じゃから、実のところ序列も何も関係ないんじゃがの。その代の子供達カリーナが戦いを望まなければ儂はただの置物じゃし、戦ったとしても技量に劣る子供達カリーナだったとしたら敵に儂の刃を届かせることもできぬ。それでは儂も木剣と同じじゃ。刀は刀以上の仕事はできんからの」


「戦うことを選んだ僕みたいな子供達カリーナにとっては叢雲はありがたい存在だよね」


「戦うことがなくても守るのが儂の仕事なんじゃが……あれじゃ。主様が負けそうになったら主様を抱えてすたこらさっさと逃げてやるからの」


 さっきからずっと叢雲は刀形状と人間形態の2つに分かれている。

 刀の方に力のほぼ全てを割り振っているらしいので、人間形態の方の叢雲は大した力はないらしいけど、それでも僕を抱えて逃げるくらいのことは可能なんだろう。

 実際、迷宮の落ちたところの戦闘では麻痺と混乱を食らってしまった僕をお姫様抱っこして安全圏まで逃げてくれたしね。


「あの……夏希さん。敵の確認を……しなくて大丈夫でしょうか? 私は、また見ただけで正気を失ってしまうかもしれませんが……それでも頑張って敵の姿くらいは見てみます……」


 レジーナが言う。

 力の強いモンスターは見ただけで恐慌状態に陥ることもある。

 偽物とはいえさっきの尸解仙しかいせんもそういう力を持っていた。

 それでも敵の姿を確認したいというのはレジーナの誠意なのだろう。

 僕に戦闘を任せることになっても、敵の姿すら見ずに後ろに下がっているというのはレジーナの気持ちが許さないのだろう。


「よし、行こう。叢雲。レジーナ」


 歩を進める。

 黒い靄の中にある存在をまずは確認しなくては。

 突然の奇襲にも対応できるよう、急がず慌てず、静かに進む。


「見えたの主様。あれがこの階のモンスターらしいの」


「うん……僕も見えた。あれは……なんだろう? 黒い羽……を持つモンスター?」


「うむ」


「武器は……なんだろう。大きな鎌のように見えるけど……」


尸解仙しかいせんに続きこれか。トリネロはどうあっても強大な存在の贋作を主様と戦わせたいらしいの」


「強大な存在?」


「あれは死神じゃ。アンデッドという範疇には一応は入るが……気をつけろよ主様。あの鎌での一撃は物理ダメージのみでなく、命を刈り取られるやもしれんぞ」


「死神。あれが」


「……の贋作じゃろうな。例によっての。尸解仙しかいせんといい、トリネロは何がしたいんじゃろうな。贋作とはいえ強いことは間違いないだろうが。黒羽があるということはそれなりに上位の死神を模して作られたのじゃろう」


「どちらにせよ本物ではない、と?」


「死神は迷宮を彷徨うようなもんじゃないからの。下位とはいえ神の末席じゃし、人間に死を与える存在とはいえ、それはそういう役割なのであって人間と敵対しているとかそういうもんではない。間違ってもトリネロに一方的に与するようなものではないの」


「なるほどね。強い弱いではなく、迷宮に現れるものじゃないってことだね死神は」


「そういうことじゃ。尸解仙しかいせんの時と同様に一撃で屠れ。分かっておるな?」


「うん。無拍子からの紫電。僕の今できる最大。偽物とはいえ油断はしないよ」


「それでええ」


 死神を観察する。

 例によって僕がある程度近づくまでは動きすらしないようだ。

 なら都合がいい。

 呼吸を整え、歩法を意識し、死神の意識の裏に入り込むように近づく。


「死神が鎌を動かす前に決着をつけよ、主様」


「分かった」


 死神が鎌を大きく後ろに振りかぶる。

 当たれば人間の命を刈り取るという死神の大鎌。

 だけどそれは当たればの話。

 魔法による撹乱も問答無用のスピードも何もない、ただの大振りの一撃だ。

 避けるまでもない。

 こちらが速い。

 回避不能の光の一閃。

 それは例え相手が死神であっても十分に致命の一撃。

 紫電により死神はあっけなく真っ二つになり、霧散して消えた。

 

「…………倒した、の。なんだったんじゃろうな。さっきの尸解仙しかいせんといい死神といい……姿形だけ似せても技も力も本物の1000分の1以下。虚仮威しのためにわざわざトリネロはこんなものをこねくり回して作ったというのかの……?」


「何にしろ勝てたのはいいことだよ。レジーナもいるんだし、苦戦なんかしたくない。下の階と同じなら、死神を倒したことによりこの階のどこかに昇りの階段が出現しているはずだよ。ミニムラに探してもらおう」


「うむ、そうじゃな……確かに簡単に勝てるのならそれに越したことはない。よしミニムラ、この階に現れた階段を探ってくるのじゃ。一応その他にも罠やらがないか確認するんじゃぞ」


『ハイ! 探してきます!』


 ミニムラがすたこらと四方に散っていく。

 有能だからすぐに見つけてくれるだろう。


『発見しました! のぼりのかいだんが一個しゅつげんしています! 罠などはありませんでした!』


 さっきと同じだね。

 階にいるモンスターを倒すことにより現れる階段。

 分かりやすい迷宮特有のギミック。

 姿だけ似せた強大なモンスターを作ってトリネロが何をしたいのかは分からないけど、なんにせよ僕たちができることは一つだけ。

 現れた階段を昇り、少しでも地上に近づく。

 ここが迷宮の何層かは分からないけど、階段を昇ればそれだけ地上に近づく。当たり前の話だ。

 きっと地上ではミューズもエリスも心配していることだろう。

 早く顔を見せて安心させてあげたい。

 ミューズにしてみれば、話をしていたら突然僕と叢雲とレジーナが消えたくらいの感覚だろう。

 そりゃ心配にもなるよ。

 急ごう。


──────────────────────────────────


 その後も、迷宮のギミックは今までの繰り返しだった。

 階に一体だけ現れるモンスターを倒すと上へ昇る階段が出現する。

 迷宮自体も大部屋以外には変化しない。

 迷宮は典型的な迷路以外にも大部屋や小部屋、階によっては草原、それに空間以外何もないようなよく分からないところもあると聞いていたんだけど、そういうのは一切なかった。

 ただひたすらに大部屋と一体だけのモンスター、それに階段の出現の繰り返し。


 モンスターはやはりアンデッド系だった。

 本来なら強大な力を持つ、本の中でしか見られないような存在の……「贋作」。

 巨大な馬に跨る首のない騎士や、この世界に過去存在したと言われる腕利きの騎士を不死化させたもの、100体以上の骸骨を合体させたようなもの、霊魂を無限に吸収しそれが怨嗟となり実体化したもの…………様々だ。


 本物であったなら僕の手に負える相手ではないが、それらは全て贋作。

 偽物。

 事実、無拍子を使うまでもなく紫電ですらない燕返しの「様子見」で勝ててしまうこともあった。


「順調じゃの、主様。怖いくらいに順調じゃ」


「そうだね叢雲。ここまでは僕の力量でも対処可能なモンスターばかりだった。ここからもそうであるとは限らないけど……良かったよ、本当に。レジーナを無事地上に連れていけそうだ」


「あ、はい……ありがとうございます。私、本当に何もできなくて申し訳ないです……夏希さん、かっこいいです。あんな怖いモンスターを叢雲さんでばっさばっさと斬ってしまうなんて……」


「見た目は凄いんだけどね、なんというか……強さが見た目に追いついてないというかそういう感じだから助かってるよ」


「地上に……出られそうですね」


「うん、大丈夫だと思う。油断はしないけどね」


 地上は近いかもしれない。

 というのも、叢雲が『なんか階層がどんどん浅くなってる気がするの。匂いで何となく分かるんじゃ』と言っているから。

 叢雲は過去にエリスの子供達カリーナと一緒にこの迷宮トリネロの最奥まで潜ったことがある。

 残念ながらトリネロの打倒はならなかったけど……それでも迷宮踏破の経験値は相当なもののはず。

 地上が近くなればそれこそ匂いも違ってくるのだという。


「落ちた層が浅層であったのが助かったの。深層であったのなら寝泊まりする場所は食料に飲み水の調達で戦闘どころではなかったかもしれん。この大部屋であれば一体のモンスターさえ倒してしまえば後は身体を休ませることもできるし、本当に良かったわい」


「そうだね。切れ間なくたくさんのモンスターに襲って来られたら気の休まる暇もないからね。階にはそれぞれ一体のモンスターしか現れないというのは精神的にも身体的にも助かるよ」


「恐らくは次か、その次辺りで迷宮の第一層になると……儂は思う。『一層相当』、と言ったほうがいいかの。儂の知っている迷宮トリネロとは色々と違いすぎるからの今の状態は。恐らくじゃが、ここは主様を引きずり込む為だけにトリネロが作った迷宮なんじゃろうと儂は思う。普段、戦士団や探索者が潜る迷宮とは全く違うからの」


「なるほど。このためだけに作られた迷宮ってことなんだね」


「今いるここは迷宮の浅層であると儂の勘は告げておるが、それならば戦士団や探索者と全く出会わないのはおかしいからの。主様が消えた時点でトリネロの仕業であるとミューズが気づくはずじゃし、それならエリスが戦士団や探索者を迷宮にすぐに向かわせるはずじゃからな。それにこんな大部屋だけの迷宮なんて聞いたこともないわい」


「言われてみればその通りだね。ここが浅層なら戦士団や探索者と出会わないのはおかしいし、それに過去に人が潜った形跡が全くないものね、ここまでの階には」


「そういうことじゃ」


 どちらにせよ、早く迷宮から出なくては。

 ミューズもエリスも心配しているだろうし、あの場には学院の生徒達もいた。

 もしかしたら僕……いや、レジーナのことを心配しているかもしれないし、戦士団や探索者が僕たちの捜索のために迷宮に潜ったとすれば、『こことは別の』トリネロ迷宮に潜っているということになる。

 僕たちがいないとなれば浅層だけではなく中層にまで捜索を広げるかもしれないし、それは多大なリスクを伴う。

 早く僕たちが迷宮から出て、これ以上の探索はやめて貰わないといけない。


 そして、この階のモンスターと対峙する。

 相変わらず黒い靄がかかっていて全容がはっきりとしない。

 ただ、人型ではないのは分かる。

 なぜなら巨大だから。

 巨大な体躯を覆うように靄がかかっているのだが、それはこの大部屋の天井に届くかというほどの高さ。

 大きさならばワイバーン以上だろう。


「大きい……の。靄のせいで何かは分からぬが、恐らくはまたアンデッド系なのじゃろう。この階かその次の階を攻略すれば、恐らくは迷宮から出ることができる。主様、最後の踏ん張りじゃぞ」


「うん分かったよ叢雲。レジーナ、後ろへ」


「はい……頑張ってください、夏希さん……」


 レジーナに安全圏まで下がって貰い、巨大な何かへ向けて歩を進める。

 ある程度近づくとモンスターが活動を開始するのが今までのパターン。

 どこまで近づけるかは分からないが、叢雲を使って戦う以外の選択肢は僕にはないのだから、至近距離まで近づく必要がある。


「本当に大きい。何なんだろうこれは?」


「アンデッドでここまでの大きさとなると……」


 むくり、と巨大な何かが動き始める。

 首……?なのかあれは?

 足……?なのかあれは?

 太い、木の幹のような四肢をゆっくりと踏ん張り、人間10人分はあろうかという長い首が前方に向けて……つまりは僕に向けて差し出される。

 動き出した途端に靄が晴れ、そのモンスターが何者であるかが分かった。


「……不死龍ドラゴンゾンビじゃ」


不死龍ドラゴンゾンビ。あれが」


 最強種であるドラゴンが、死後アンデッド化したもの。

 それが不死龍ドラゴンゾンビ

 アンデッド化する理由は様々であるが、多くの場合は高位の魔術師がドラゴンの死体を利用してモンスター化させる。

 自らの意志でアンデッド化する不死化ビカム・アンデッドのような事例は極めて稀であるとされる。

 なぜならドラゴンはアンデッド化などせずとも寿命は限りなく長く、そして最強種であるが故にそれ以上の強さは必要ないため。


 つまりは、目の前の存在は人間の悪意にとって創造された存在であるということだ。

 誰の悪意によってかは考えるまでもないだろう。


 不死龍ドラゴンゾンビは生前のドラゴンとしての能力のほぼ全てが失われるため、強さは比べ物にならないほど『弱い』。

 超超高等魔術である龍語魔術が使用不可能になるのを始めとして、上位のドラゴンならば因果律の逆転すら可能にするというブレスも、その効果を大きく減衰される。

 

 弱くなると言っても、それは本来のドラゴンと比べた話。

 爪や牙による攻撃は人間相手ならば防御を無視できるほどの攻撃力を持つし、ブレスも特殊効果がなくなるにせよ単純に破壊の道具としては人間の魔法など比較にならないほどに強大だ。


「……本物、なの? 今までだと強大な存在の贋作だったけど……」


「本物も偽物もないの。見てみい。あれは間違いなくドラゴン。龍じゃ。その死体じゃ。それが動いているというこは、それは不死龍ドラゴンゾンビということじゃ」


「……勝てる?」


「……………………」


「ちょっと、叢雲、何か言ってよ!」


 勝てない?

 不死龍ドラゴンゾンビには勝てない?

 ここまで来て、不死龍ドラゴンゾンビには勝てなくて、そして迷宮から出られない?

 

「撤退じゃ。あれにはどうやっても勝てん。ワイバーンとは違う。力が損なわれているとはいえあれはドラゴンなんじゃ。下へ続く階段まで全速力で走れ。レジーナもじゃ。やつは既に動き出しておる……迂闊じゃった。巨大な体躯のアンデッドという時点で最悪のケースも想定すべきじゃった。儂のミスじゃ」


 心底申し訳なさそうに叢雲が言う。

 ワイバーンに立ち向かった時も、僕の意志を尊重してくれた叢雲。

 迷宮踏破を目標にすると僕が言った時も、反対しなかった叢雲。

 その叢雲が、逃げの一手という選択肢を選ぶ。

 あれには勝てない。

 純然たる事実。


「儂が横に飛ぶ。少しでもやつの気が逸れた瞬間に走り出せ。なに、儂の本体は主様が握っている刀のほうじゃ。すぐに復活できる。心配いらん」


「分かった。レジーナ、行くよ」


「分かりました……」


 人間形態のほうの叢雲が不死龍ドラゴンゾンビの気を逸らすために横っ飛びする。

 同時に僕とレジーナはここに来るのに昇ってきた階段に向けて猛ダッシュする。

 しかし、不死龍ドラゴンゾンビは叢雲にも僕らの方にもどちらにも歩みを向けることはなかった。


 代わりに、首を真上に向け口を開く。

 その口角から腐った汁のようなものが大量に滴り落ちて、そして……

 喉の奥から光が照射された。


 ブレス。

 

 ドラゴン最大の攻撃手段。

 生体であった頃の特性を失っているとはいえ、その破壊力は圧倒的。

 それを、僕でも叢雲でもレジーナでもなく、迷宮の天井に向け撃ち放った。

 天井に向けてとはいえ、その威力は離れた場所にいる僕達にも襲いかかった。

 身体が溶けることはなかったが、爆風によって数十メートル吹き飛ばされる。


「な! なんじゃ? 何をやっておるんじゃこいつは?」


 叢雲が叫ぶ。

 不死龍ドラゴンゾンビの予想外の行動に対する動揺。

 敵の目的が分からないことに対する恐怖。


 ……だけど、不死龍ドラゴンゾンビが何を目的にして迷宮の天井に向けてブレスを放ったかは、すぐに判明した。

 判明してしまった。


「地上が見える……」


 呆けた声で僕は呟いた。

 

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