迷宮の悪意
「考えることは色々あろうが、今は進むしかないぞ」
叢雲が僕とレジーナに話しかける。
上位アンデッドである尸解仙の出現。
しかしそれは本来の尸解仙ではなかった。
恐らくは迷宮が産み出した偽物。
贋作。
今の僕ですら勝てたのがその何よりの証拠。
考えることは……考えたいことは山ほどある。
でも今は進むしかない。
叢雲の言う通りだ。
「ただ、迷宮の悪意というか……この世界に対する憎しみのようなものが感じられて、少し気持ち悪いよ」
「世界に対する憎しみか。確かにそうであろうよ。主様の感覚は正解じゃ。あれらが封じられて迷宮になり塔になり城になった。それから数えるのも馬鹿らしいような年月が流れ、もはやあれらには世界を憎む以外の感情は残っておらんのかもしれぬな」
「僕に対する憎しみでもあるんだよね」
「その通りじゃ。あれらを封じておるのは現在は子供達である主様そのものじゃからな。その主様が今こうして迷宮におるのじゃから、トリネロも必死になろうというものじゃ」
「ねえ叢雲。ミューズに聞いても教えてくれないのは分かってる。叢雲に聞いても……同じかもしれない。けど僕は聞きたいよ。一体何なの? 子供達って一体何? 何を封じているの? 誰が封じたの? 分からないことだらけだよ」
「……あまりに遠い過去のことで……儂も微かにしか覚えておらん……それに……主様には本当は知って欲しくない。欲しくないが、主様が迷宮踏破を決心した以上は……普通の子供達のように封印として一生を終えるつもりでない以上は……」
「叢雲!」
「ごめん主様……今は勘弁してくれ。苦しいんじゃ。儂が今言えるのは、あれらを封じた存在が、人間がいたということじゃ。遥か昔にな。そしてそやつが……初代の子供達じゃ」
「初代の子供達……」
「ただ1つ言えるのは、七つの迷宮と塔と城、それら全てを壊せば、全てが終わる。全てが開放されるということ。それだけは間違いない。主様が子を成せば、その子は子供達として生きなくとも良い。普通の人間として生きていける。それだけは儂が保証する。絶対じゃ」
そう言うと叢雲は僕に抱きついてきた。
背中に爪が食い込む。
震えながら力一杯僕にしがみついている。
そう。
抱きつくというより、しがみついている……
「すまぬ。すまぬ主様。主様をこんな……子供達にこんなもんを背負わせておるのは、儂や女神の責任じゃ。責任なんじゃ。ただ普通に生まれてきただけだというのに、こんな世界を覆うような憎しみを向けられそして封印まで身体に宿し……本当に、本当にすまぬ……許してくれとは言えん。とても言えんが……」
「叢雲……」
「でも、でも……主様だけは儂が守るから……!うっえぇ、ううぅ……」
……叢雲が嗚咽を漏らすのなんて初めて見た……
叢雲は守り刀としてずっと子供達の側にいたと言っていた。
僕の祖先とも何か……あったんだろうな。
そりゃあったんだろう。
「ええっと、叢雲……」
「ううぅ……すまぬ、すまぬ主様……」
「なんというか、大丈夫じゃないかな。あのー、あまり深刻になられるとかえって困っちゃうよ」
「うぅぅぅうう?」
「庭から出たのは僕が人間らしく生きたいとか自分探しだとか女子的な理由だし、もし庭から出なかったら僕はミューズや叢雲に守られて平和に暮らせていたんでしょう? じゃあ、いいよ。大丈夫。僕が勝手に選んだことっぽいし」
「えぇぇ……?」
「あの、できれば楽しんで生きたいんだけど……叢雲としてみれば昔のこととかあってすっごく深刻なのは分かるんだけど、それ、あんまり僕には関係ないような気もするし……」
「……主様、さっき自分で子供達は何なのか知りたいって言って……」
「ごめん、もういいや。思った以上に深刻っぽいから一旦保留にします! 雰囲気からして僕の祖先が何かやってそんでそのせいで子供達が出来て、それで僕もそれを引き継いでるってことっぽいし。なんか予想できたし」
「……」
「でもそれは今の僕にはとりあえず無関係とみなします。判断します。これ以上は、ただただ僕が運命に翻弄されて生きていくっぽいルートが見えちゃうんでそれは無しでお願いします。迷宮踏破は目標だけれど、それだけの為に庭から出たんじゃないからね!」
「……」
「だってさ、なんかこれ以上は僕が人生を賭けて迷宮に塔に城に挑み続けるだけになっちゃうよ。確かに僕の憧れの男、理想の男というのは、運命に決して負けず身体を引き摺りながら、泥水を啜りながらも進み続ける男の中の男だよ? 過去の子供達の思いを引き継ぎ、自分の人生を賭けて迷宮との決着をつける。カッコいいよね。最高だ。だけど……ね?」
「……」
「それだけじゃないよ。僕は人間らしく、言葉は悪いけど楽しいことだってちょっと悪いことだってしてみたい。盗んだ馬で行き先も分からず走り出したい。いや盗まないけどね? ちゃんとお金を出して買うけどね? 女の子と仲良くだってなりたい。僕は……その程度の人間なんだよ。ごめんね叢雲。叢雲が期待している僕にはなれないかもしれない」
「主様は……」
「うん、ごめんね叢雲。僕はこの程度だよ」
「主様は……大物じゃのぅ」
「……大物……? それは……ない……かな……? あの、余裕の実力があってこういう余裕の態度を見せているわけじゃないからね? 片手間で迷宮なんて踏破しちゃうよ、という余裕あっての発言じゃないからね?」
「いや、だからこそじゃよ……普通は実力もなしにそんなこと言えんよ……実力がなければ、『全身全霊で運命を捻じ曲げてみせる!』とかそういう発言になるもんじゃよ……」
「……えー……」
「主様、もう1回抱かせてくれ」
「……いいけど」
叢雲はまた僕に抱きつく。
でも今度は、しがみ付くのでなく、いつものように優しく包み込むように僕を抱きしめてくれた。
「……儂が……勝手に変な期待をしてしまったのかもしれん。主様ならもしや可能か? と。迷宮も塔も城も……踏破できるのでは? と。いつの間にか、そんな期待をしておったのやもしれん」
「叢雲……」
「すまぬ。己の本分を忘れるところじゃった。見失うところじゃった。儂は主様の守り刀。主様が儂の全て。主様が望みそれが主様の幸せになるのならば、、それが例え世界の破滅で一緒に叶える。それが儂なのに……」
「いやそんなこと望まないからね!」
「すまぬ。曇ってしまったようじゃ。なーにが刀剣の序列一位じゃ。笑ってしまうのう。儂なんぞただ主様と一緒にこの世界に来ただけだと言うのに。主様と2人で立った草原、それだけが儂の全てだったというのに」
……?
ああ、庭から出て叢雲と一緒に旅をした時のことを言っているのかな?
「叢雲、ありがとう」
僕の方からも叢雲を抱きしめ返す。
なんだかんだ言っても、叢雲もミューズも僕の味方。
それは揺るがない。
揺るがないからこその、僕の我儘。
はっきり言っちゃえばただの子供。
十分分かっているよ。
ありがとう。
「叢雲はふわふわして気持ちいいなぁ」
「……そうかの?」
「そうだよ。僕はこういう楽しみも瞬間も大切にしたいんだ。ただ戦闘だけの人生は……ちょっと嫌かも」
「……女が欲しいのなら儂で良かったらどうにでもしていいぞ?」
「そうじゃな……! いやそう……あれ? あの、でもそういう感じではない気がするよ! 一応お礼は言っておくけど……! ありがとう叢雲!」
「前も似たような感じになったかの? よく分からんのぅ。人間としての楽しみも大切にしたいし女とのことも楽しみたいんじゃろ? では好きにできるのが確定しておる女が目の前におるのじゃから好きにすればええものを」
「……そういうのは、もう少し僕が大人になってからにするよ。なんというか、そこまでの道程も楽しみたいというか」
「童貞を楽しむ?」
「なんなのこの刀!? さっきまでのしおらしさはどこに行ったの!?」
……と叢雲といつもの漫才をしていると、後ろから『ゴホン』という声が聞こえた。
振り向くと……
「あ、あの……お2人とも……ここは迷宮ですので……もう少し緊張感を持って頂ければ……と……」
レジーナにお説教された。
「「すみませんでした」」
僕と叢雲が声を合わせてレジーナに謝意を示す。
一片の言い訳も思い浮かばないよ。




