状態異常
「あ、な、なに……」
元人間だとは思えない、あまりに不自然で大きな悲鳴。
鳴き声。
この世全てを憎み恨んでいるかのような、怨嗟の絶叫。
聞いた瞬間に希望も夢も全てが打ち砕かれるかのような、地上にこんな憎しみが存在していいのかと思うような声。
「うあ……あ…………」
動けない。
こんな存在がいていいはずがない。
これは僕とは違う世界にいるはずのモノ。
会いたくなかった。
あれ、そういえば叢雲を振るってあいつに当てなければいけなかったんだっけ……?
戦う相手なのだろうかあれは……?
何の縁もない僕に対してあんな怨嗟の絶叫を浴びせてくる相手と、戦闘をする……?
無理……だよ。
あ、そうだ。
せめて……こんな世の中全てを憎みようになった理由を……聞かせて貰えれば……もしかしたら戦わなくて済むかも……?
「バカか主様! 混乱と麻痺の咆哮をモロに食らいおって! 下がるぞ!!」
人間の方の叢雲が僕をお姫様抱っこして後ろに駆け出す。
そのまま50メートル程、振り向きもせずに走り僕を下ろす。
「ああ……あう…………」
アンデッドから離れても僕の思考はハッキリとしない。
叢雲を握る手が震える。
今までどうやって叢雲を振っていたかすら、今は思い出せない。
「いや、儂の手落ちか……主様は状態異常に対して何の耐性も持っておらんからの……アンデッドならば混乱と麻痺くらいは使ってくるのは儂が教えてやるべきじゃった。すまんの主様」
「混乱……麻痺……?」
「そうじゃ。主様はあのアンデッドの咆哮を聞いて動けなくなったじゃろ? 普通なら考えもしないようなことを思考をしたじゃろ? それが状態異常じゃ。複数人パーティなら対策できるが、ソロで状態異常になることは即ち死じゃ。パーティであっても、複数人が同時にアンデッドに近づいてしまうような素人パーティだったら全滅するじゃろうて」
「うん……あんな悲鳴を上げる理由を聞いてみようとか……考えてた気がする……」
「完全にハマっておったな。そのまま近づいたら今頃は主様はあの大きな口で丸かじりされておったろうよ。長い手も、混乱して近づいてきた相手を掴み取るためのものじゃろうな」
見ると、アンデッドはまた手をブランと下げ、身動きひとつしなくなっている。
「咆哮の射程内に入ったら動き出すんじゃろうな。それまでは動かんと見た」
「どうすればいい? 近づいたらまたあの悲鳴を上げるんでしょう? 1回食らったとはいえ、あの悲鳴を聞いたらまた同じことになる気がするよ。というかもうあの声は聞きたくない……気がおかしくなりそうだ」
「いや、食らいに行くぞ」
「え?」
「あの悲鳴を聞きに行くぞ。そうさな……あと10回くらい聞けば良かろう。状態異常になったら儂が引っ張ってまたここまで連れてきてやるのでな、心配する必要はないぞ」
「叢雲が何を言っているのか分からないんだけど」
「絶好の状態異常耐性獲得の場面じゃろこれは。あのアンデッドはあそこから動かんのじゃぞ? 射程外に出たら追ってすら来ない。悲鳴を上げさせて主様が状態異常になったらここまで引き返す。それだけで耐性ができるんじゃぞ」
「……本気で言ってる?」
「本気も本気じゃ。状態異常を仕掛けてくるモンスターとはこれから嫌でも戦闘になる。麻痺と混乱というのは、それだけで戦闘不能になる状態異常の中でも厄介なもんじゃ。その耐性がノーリスクで獲得できるとなれば、こんな有り難いことはないわい」
「……でも、叢雲がいなかったら僕死んでたよね? そんな相手に10回も悲鳴を聞かされなきゃならないの?」
「5回でも、主様が耐性を獲得したらそれで終わりでええ。回数を重ねたくなかったら早いとこ獲得することじゃ」
「…………物凄く気乗りしないけど、叢雲が言っていることはもっともなんだよね。状態異常ってのは聞いたことがあったけど、あんなに厄介なものだとは思ってなかった。あれ、戦闘中なら死ぬのと同じだよ」
「そうじゃ。だからこそ早いとこ耐性が欲しいとこじゃろ」
「うん。……あの悲鳴は……この世の底の底を見ているような……希望を根っこから否定するような……そんな恐ろしい声だけど……頑張るよ僕」
「よし、行くぞ主様」
それから1時間くらいだろうか。
地獄の麻痺・混乱耐性獲得の為の修行が続き……
「あ、悲鳴を聞いても身体が動く。それにもう思考も変な方向にいかなくなってきたよ。ネガティブにならない!」
「おめでとう主様。麻痺と混乱の耐性を獲得したということじゃ。いやはや最も厄介な部類の状態異常の耐性ができて良かったわい。あのアンデッドに感謝じゃな」
「他のモンスターが仕掛けてくる麻痺と混乱も大丈夫ということ?」
「大抵は大丈夫なはずじゃ。『状態異常耐性:麻痺 混乱』ってとこじゃ。それとな主様。状態異常攻撃を使うモンスターというのは、今のように戦闘の最初にいきなり使ってくる場合が多い。初見のモンスター相手には気をつけるんじゃぞ」
「うん叢雲。状態異常の怖さは十分に理解したよ。気をつける」
「さ、ではあのアンデッドを斬ってしまえ。状態異常さえ封じればあんなもんは変な形をした人形と同じじゃ」
「分かった。普通に近づいて斬ればいいよね?」
「それでええ」
アンデッドに近づく。
また咆哮を上げてくるが……耐性ができれば、ただの大きな声と同じだ。
絶望を感じることもない。
更に近づくと長い手を伸ばしてきたが……遅い。
何の脅威にもならない。
叢雲を軽く振るだけで両手を切断する。
目の前まで近づくと、大きな口を更に大きく開き……顔の3分の2位あるんじゃないだろうか……威嚇をしてくるが、何も感じない。
燕返しを使うまでもない。
一閃。
叢雲を横に振るうだけで、決着した。
「終わりじゃな。よくやった主様」
「何から何まで叢雲のお陰のような気がするけど……無事に倒せたよ。ありがとう」
「儂の方が経験が多いからの。それだけじゃ。主様に圧倒的に足りないのは経験じゃ。経験すれば技量も上がるし度胸もつく。初見のモンスター相手でも大体の能力を推し量れるようになる。ま、気長に一緒にやっていこうぞ」
「ありがとう叢雲。叢雲と一緒なら大丈夫だよねきっと」
「ああ。儂が言うのもなんじゃが、儂がおれば特殊武器が一切必要ないというのは大きいの。迷宮探索では、討伐するモンスターを予め決めておいてその対策のための武器を持っていくということも多いんじゃが、主様の場合は儂がおるからその必要がない」
「ありがたいよ本当に」
「特に今回のようにイレギュラーに迷宮に放り込まれたような場合には、対策武器がなければそれで終わりじゃからな。さっきのアンデッド相手ですらどうしょうもないってことにもなる」
「凄いよ叢雲」
「うむ。もうこれは地上に帰ったら主様はどれだけ儂に感謝すればいいのかという、そういう話になってくるの」
「そう……だね」
「主様と一緒に迷宮に来れたのは、儂が主様の魂と繋がりを深めておいたお陰なんじゃ。帰ったらまた少しずつ主様の魂を貰うことにしようぞ」
……あれー?
感謝する場面なんだけど、なんか変なこと言ってるなぁ叢雲。
「魂……?」
「最終的には一緒になろうの、主様」
……あれー?
一緒になるの?
叢雲と?
いや確かに僕は叢雲が大好きだけど。
「元々2人きりだったんじゃから。儂はずっと待ったんじゃから」
「……ごめん叢雲。ちょっと言っている意味が……」
「さ、アンデッドを倒して扉が現れた。よくある仕掛けじゃ。ひねりがないのぅ。次の部屋へ進むとしようぞ」
叢雲がさっさと歩きだす。
「あ、待ってよ叢雲。置いてかないで」
迷宮の次の部屋か。
出口に向かっているといいんだけど。
どちらにせよ、進むしかない。




