アンデッドモンスター
僕と叢雲が落ちた大部屋。
恐らくは一辺が数百メートルはあるかという空間。
しかし、モンスターが出ない。出てこない。
叢雲が言うには普通ならこんなことはあり得ないとのことだ。
探索団が既にこの部屋のモンスターを掃討してある可能性もあるが、どうやらそういう風ではないらしい。
戦闘が行われれば必ずその痕跡が残るはずだし、そもそも都市にいる探索者が通ったのなら、こんな大部屋にいるモンスターを一匹残らず倒すようなことはしないらしい。
戦闘は出来る限り避けるのが彼らのやり方だから。
モンスターを倒した際に出る魔石が目当てにしても、この大部屋いっぱいに現れるモンスターを残らず……というのは考えにくい、と。
……ならばどういうことか。
普通ならばあり得ないことが起きているというのは分かる。
そもそも僕と叢雲が迷宮に突然飛ばされるということは相当に普通ではないことだから。
もし迷宮の主トリネロが僕達をここに飛ばしたのなら……十中八九そうだろうが……ならば、何かしら普通でないことがここで起きる可能性が高い。
何の仕掛けも打たずにこんなことをするはずがない。
こんなことをするのには、相当な力をトリネロも使っているはず。
とりあえず、でそんな仕掛けをするはずがないのだ。
「主様、なにかおる」
叢雲が囁く。
叢雲は刀になって僕に握られているが、それとは別に人間の形状も保っている。
僕に色々とアドバイスしやすいように。
「……僕には見えない。何がいる?」
「そう大きくはない。一体だけじゃ」
「動きは? こちらに向かってきている?」
「いや、動いておらん。しかしどうやらやつの後ろが壁になっているようじゃな。この部屋の終点じゃ」
「……見えた」
叢雲の言う通り、壁を背にしてモンスターがいる。
体長は……3メートル程だろうか。
かなり大きい人型モンスター。
人型にしては、極端なほどに頭部が大きい。
普通の人間の5倍くらいはあるのではないだろうか。
眼孔が真っ黒く落ち込んでおり、口は顔の半分以上を占めるほど大きく開いている。
分かりやすく言うと……頭部が不自然に巨大なとても大きな干からかけた人間だ。
手が不自然に長く、立っているにも関わらず指の先が地面に届いている。
「叢雲、あれは?」
「主様は見るのが初めてじゃな。あれがアンデッドじゃ」
「アンデッド……不死者モンスターだね」
「不死者、か。確かにそう呼ばれておる。ただしアンデッドにも色々あっての。どうやっても殺せぬ文字通りの不死者もいれば、死体をただ魔法の力で無理やり動かしているだけのものもおる」
「眼の前のあれは何? 人間の形をしてはいるけど、とても元が人間だったとは思えない大きさと気配だよ」
「いや、元は人間じゃよ。あれでもな。恐らくは人間の死体を集めて作られておる。アンデッドにはよくあるタイプじゃ」
「……そんなことができるの?」
「アンデッドは、元の身体は何でもいいんじゃよ。人間でも動物でも何でもいいんじゃ。そこに不死者創造の魔法をかければ不死者の出来上がりじゃ。元の身体の能力や魔法を行使した者にもよるが、半永久的にこの世を彷徨う存在になる」
「……聞いていて気持ちのいい話じゃないね」
「儂も不死者創造は魔法の中では一番嫌いなもんじゃ。死の冒涜じゃからな。
自身の身体を差し出して不死になる不死化の方がまだマシじゃ。自分の身体と命を使うのじゃからな」
「自分へ不死の魔法をかけることもできるんだ」
「できる。できるが、そちらは不死者創造よりもずっと高度なもんじゃ。生前の自分の能力と記憶を引き継ぎつつ不死化するものじゃからの。不死化を成功させた者は過去の記録を漁っても10人いるかいないかじゃと思うぞ」
「なるほど。そんな存在に出会わないことを願うばかりだね……」
「眼の前のあやつはそうではない。安心せい」
「うん。……それで、どうしようか叢雲。あのアンデッドは全く動く気配がないみたいだ。もしあれと戦わなくてもこの部屋から出られるようなら、出来れば戦わないに越したことはないと思うんだけど……」
「そうじゃな。でも儂の経験からすると、ああして動かずにあそこにアンデッドがおるということは、大抵の場合は戦闘しないと他の所へ行けないんじゃよな……」
「あ、やっぱり? そんな気がしてたんだ。物凄く悪い予感が」
「ちょっとチビ叢雲を飛ばしてこの部屋の探索をさせてみるわ。あのアンデッド以外にモンスターはいないようじゃから安全そうだしの」
そう言うと人間形態の方の叢雲は、体育座りをしてお腹を抱えてよっこらしょと言いながら30センチくらいの小さな叢雲を5人ほど産み出した。
「………………………………………………えっ」
「ん?」
「今、かなりの衝撃映像が目の前で繰り広げられたんだけど」
「ん? チビ叢雲のことか?」
「え、チビ叢雲が正式名称なの? なんで当然のように言っているの?」
「チビ叢雲でもプチ叢雲でもミニ叢雲でもなんでもええぞ」
「仮称だったの!?」
「なんじゃ、名前を付けたいのか?」
「そうじゃないけど! いや本当にビックリしたからね今! 迷宮に飛ばされた時と同じくらいビックリしているよ僕は」
「大袈裟じゃな主様は。チビ叢雲は狭い所にも入れて色々調べ物をするのに便利なんじゃぞ。戦闘力は0に近いから、モンスターがいるような所には行かせられんがな。一応儂の分身じゃから倒されると儂の魂が削られるし、なにより痛いしの」
「そうなんだ……便利だねチビ叢雲……」
「ミニムラ1号はあっち、ミニムラ2号はあっちじゃ。3号と4号と5号は天井付近を隈無く調べてみるんじゃぞ」
『ハイ!行ってきます!』
チビ叢雲は敬礼のポーズをして返事をしつつ、周囲に散って行った。
「チビ叢雲って喋れるの? っていうかミニムラ!? 大丈夫なのそれ!?」
「喋れんと探索結果の報告もできんじゃろ。主様はいちいち変なことに驚くのぅ」
「あ、うん……そうだね喋れた方が便利だよね……」
「主様には緊張感が足りんようじゃな。ここは迷宮で、目の前にはアンデッドモンスターが控えているんじゃぞ。シャキっとせいシャキっと」
「はい……ごめんなさい。でもチビ叢雲誕生まではそれなりに緊張感を持っていたからね!」
「いざという時にはチビ叢雲は布団代わりにもなる。儂らは野営のための準備を全くしておらんからの。身体を休める時に便利じゃぞ。疲労による集中力の欠如が命運を分ける時もあるでの」
「本当に便利だねチビ叢雲……」
「休める所を探すのが一苦労なんじゃがな。モンスターが近寄らない場所が迷宮内にはあるから、そういう所で休むんじゃ」
「なるほど。そういう所が見つかるといいね」
「そういう意味ではこの大部屋は、目の前のあのアンデッドさえ倒してしまえばもしかしたら格好の休憩場所になるかもしれんの。ここまでモンスターが少ないことは稀じゃからの。ちょっと見晴らしが良すぎるのが難じゃが……お、ミニムラが戻ってきたの」
散っていたチビ叢雲が探索を終えて戻ってきたようだ。
「どうじゃった?」
『ハイ! この大部屋には、階段も扉もありませんでした! 報告終わり!』
「そうか。無かったか」
「優秀だねミニムラ。凄いよ。それともうこれからはミニムラで統一しようね」
「そうじゃな。ミニムラは小さいから儂らが確認するよりもこの手の探索の精度は上じゃから、本当にこの部屋には階段も扉も無いんじゃろうな」
「ということは……」
「うむ、そうじゃ。あれを倒すしかないの。ありがちなパターンじゃが、そうするしかないじゃろ」
「大丈夫。戦闘の覚悟はできているよ。それに……慢心かもしれないけど、どうにもならない程の相手じゃなさそうだ」
「ワイバーンよりはマシだの。相手はアンデッドじゃから、普通ならば対不死者用装備が無ければ打つ手がないところじゃがの」
「……叢雲なら大丈夫?」
「大丈夫じゃ。見たところ相手はそれ程高レベルのアンデッドではなさそうじゃし……というか不死王が相手でも儂の刃が届けばそれで終わる。主様はツノウサギやゴブリンを相手にするのと同様、儂を奴に当てることだけに集中すればいい」
「頑張ってみるよ」
「逆に言えば、儂をやつに当てることが出来なければどうしょうもないということじゃぞ。当てるのは主様の仕事、斬り裂くのは儂の仕事じゃ」
「分かった」
近づく。
正面にいるアンデッドはその異様に長い腕を地面に垂らしたまま、身動きひとつしない。
死んでいるのか……? って、アンデッドだから死んでいるのは当たり前なんだけど、もしかして活動停止しているんだろうか?
このまま静かに横を通り過ぎれば戦闘をしなくて済むのだろうか?
と考えながら、アンデッドの正面10メートルくらいまで近寄った時……
突然、アンデッドが顔を上げる。
身体の他の部分は全く動かさず、顔だけを上げ眼孔をこちらに向けてくる。
そして……アンデッドは悲鳴を上げた。
『ギィィィィィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
顔の半分以上を占める大きな口を目一杯に開き、この世のものとは思えない悲鳴を上げた。




