今わたしにできること
戦士団団長であるアントニオが戦士団を前にして大声で告げる。
「今回の迷宮探索は、ここにいられるミューズ様のご子息の捜索が主な任務になる。また、指揮官はエリス様だが、女神様は迷宮に入ることができない。小隊毎に最適な行動を小隊長を軸に構築するように」
そう。
私達女神は迷宮に入ることができないんだ。
私もエリスも。
だから、迷宮に彼ら戦士団と探索団が入った後は、神頼み。
私には祈ることしかできない。
「また、ミューズ様のご子息の捜索と言っても、これはトリネロ迷宮から始まる世界の危機への対処と思ってくれていい。先日のことといい、迷宮に何かしらの異変を感じておる者も多いだろう。つまり単なる人探しの任務ではない。そこを心しておくように」
……そう。
子供達である夏希がもし万が一迷宮内で死ぬようなことがあれば、それで迷宮のタガが外れる。
封印から開放された迷宮は本来の姿に戻る。
その時に迷宮内にいれば、戦士団といえども命の保証はないし、都市であるトリネロ自体が危機になる。
トリネロの次は周囲の小都市、街、村だ。
この事情を知る者は限られている。
人間である子供達1人を殺せば世界の危機になるという情報が広がれば、子供達の命を狙う者が増える。
人間は皆が皆、平和を祈り安定に感謝する者ばかりではない。
人間1人を殺して世界を崩壊させられると知れば、必ず不心得者が出てきてしまうんだ。
もちろん夏希の側に私がいるように、子供達の側には女神が付き守っている。
大抵のことからは女神の力があれば守ることができる。
例えば、女神と戦士団が戦闘になれば、勝つのは女神だと思う。
空を飛んで浄化の技をひたすら連発するだけで、人間相手にはまず負けることがないから。
だけど、絶対じゃない。
何が起きるか分からない。
人間はどんな戦法を使ってくるか想像もつかない。
むしろ戦士のように正面切って戦いに来る人間などほんの僅かだと思う。
だから、子供達の情報を知る者はほんのわずか。
夏希が私の子供だと知る人間は、ここ最近でかなり増えた。
労務場のみんなも知っているし学院生も多くが知るところとなっている。
だけど迷宮と子供達との情報が紐付けられている状態で広がることには、細心の注意を払わなければならないんだ。
学院の夏希の学友に事情を話したのは特例。
それが夏希の望むことだったから。
包み隠さず自分の身上を話して、心からの友達になりたいと夏希が望んだから。
だから私も何も言わなかった。
「ミューズ、しっかりなさい。あなたはあなたの出来ることをしなさい」
エリスが私に声をかけてきた。
……エリスはいいな。
ここ都市トリネロの守護だから、戦士団にも探索団にも顔が利く。
名目上とはいえ今回の迷宮探索の指揮官はエリスなんだから。
私はダメだ。
なんにもできない。
さっきは、いるはずもない食堂に夏希を探しに行って無駄な時間を使ってしまった。
自分の心が少しでも楽になるような行動をしてしまった。
意味がないのに。
分かっているのに。
ママなのに。
私だけが夏希の母親なのに。
「ミューズ、いい? よく聞きなさい」
「……うん、エリス、何……?」
「あらゆる可能性に対処する必要があるわ。それは分かるわね?」
「うん、そうだね……あらゆる可能性に対処しないとね……」
「そう。あらゆる可能性に対処。それは何のため?」
「何のため……? えっと、何が起きてもいいように…………?」
「そういう話じゃないの。いい? 何が起きてもいいように、そしてあらゆる可能性に対処するのは、『誰のため』なの?」
「そんなの……夏希のため……に決まってるじゃない」
「分かっているなら呆けない! その回転が止まった頭の中を動かしなさい! 今! この瞬間! すぐそこに! 夏希がモンスターから追われて迷宮から出てくるかもしれない! それがもしかしたら前回と同じように竜種かもしれない! そうしたら、夏希はどうなるの? 私達の目の前で殺されてしまうかもしれない! その可能性もゼロじゃない! 他にも、あらゆる可能性を、明確にビジョンとして頭の中に描きなさい!」
「夏希が、すぐそこに出てきて、目の前で竜種に殺される……? いや、いやだよおおおおおおそんなのいやあああああああああああああああああああああ」
「なら動きなさい! 残念ながら戦士団でも強力なモンスターが出た場合には食い止められるとは言い切れない! それは私はミューズでも一緒! 今はとにかく頭数が欲しい。いい? あなたは今から、最悪の可能性を避ける為に、女神をここに連れて来なさい。最大級の子供達の危機が起きていると他の女神に知らせなさい。ハーモニーとフォルテの居場所はあなた知らないの?」
「うん、分からないんだよ……庭に戻った時にはハーモニーもフォルテもいなかったから……だけど、置き手紙は残してきた。見たらトリネロに来るようにって」
「ハーモニーとフォルテがいてくれれば心強いのだけど……難しいわね。なら他の女神でもいいわ。とにかく頭数が欲しいの。いい? 例え夏希が地龍に追われて迷宮から逃げてきたとしても、女神5人の存在と引き換えにしてでも倒すわよ。もちろんその中に私とあなたも含まれるわ」
「……うん、分かった。女神を連れて来ればいいんだね?」
「女神である以上は、子供達の危機だと知れば必ず駆けつける。世界の裏側からでもね。説得する必要はないわ。あなたはとにかく他の女神にこの状況を知らせることに専念なさい。都市にいる女神なら話が早いわ。一番探しやすい。後は、野に下っている女神に知らせるために妖精を使いなさい。そこらにいる妖精に今起きていることを伝えれば、最大級の協力をしてくれるはずだから」
「うん、分かった」
「ただし、タイムリミットは3時間。それだけ経過したらあなたはここに戻って来なさい。目標人数は3人。そうすれば女神が5人になる」
「うん、分かった。何かあった時に女神がエリス1人だけじゃ困るもんね」
「そういうこと。さ、行きなさい」
「行ってくるよ……それと、ありがとエリス」
「夏希のため。全ては夏希のためよ。勘違いなんてしないでしょうけど、そこは間違えないで」
「分かっているよ。夏希のために必死になってくれてありがとうって言ってるの」
「……女神なら子供達の危機に必死になるのは当然でしょう。さ、行きなさい」
「夏希が戻って来たら、一緒にご飯食べようね」
「……夏希とあなたと叢雲がよく行っていたという食堂に連れて行きなさい。私だけ行ってないのは不公平だから。もちろんあなたの奢りでね」
「了解だよ。さ、全力でいくよ」
背中から光の羽根を出し空を駆ける。
女神を集める。
もし夏希が強力なモンスターに追われて迷宮から出てきたら困るから。
そうなってもいいように、絶対にモンスターに負けないように。
まずは、エリスの言っていた通りに妖精の力を借りよう。
妖精は、世界のどこにでもいる。
草の妖精、花の妖精、木の妖精、虫の妖精、その他にも大勢。
彼らは生き物というより、なんというか……存在だ。
多分この世界が出来た時には当然のようにそこにいたような存在なのだと思う。
私達女神よりも先にこの世界に存在していた。
世界を支配するでもなく強い影響を与えるでもなく、ただ当たり前のように、そこに在った存在。
だからこそ、世界を侵食する迷宮の存在は彼らにとっても脅威。
そしてそれから世界を守る子供達は彼らにとっては味方のようなものだ。
「えっと、あ、いたいた」
トリネロから出て少し飛んだところで、虫の妖精を発見する。
少し大きな蜂のような見た目で、ただ草原を飛び回る妖精だ。
「おおい妖精さん! ちょっとお話があるんだよ!」
妖精を呼び止める。
「女神……カ……? ナンノ用ダ?」
「時間がないから簡単に言うよ。子供達がトリネロ迷宮に囚われた。私の子供が。対処するにも女神の頭数が足りないの。だからあなたの知っている女神にトリネロに行くよう伝えて欲しいの」
「委細承知。スグニ知ラセル。オ前ハ他ノ女神ヲ集メロ」
……話が早い。
凄く早い。
いやありがたいことなんだけど。
「スグニ俺ガ知ラセルコトノデキル女神は1人ダケダ。ソレデハ足リナイダロウ」
「うん、出来れば3人は集めたいんだ。そうすれば私を含めて女神が5人になるから。5人いれば相当のことが起きても対応できると思う」
「ナラスグニ飛ベ。時間ガ無インダロウ」
「うん、ありがとう。お願いね」
これで1人。
あと2人。
時間はない。
今は運良く妖精と出会えたけれど、確実性を求めるなら他の都市や街に飛んだ方がいいかな……?
いや、山や草原の方が妖精が多いから、その方がいい……のかな?
分からない。
分からないなら……しょうがない。
都市や街に向かいながら、できるだけ草原が多いところを飛ぼう。
「もしかしたら今……夏希が地龍に追われて迷宮から出てきているかもしれない……そうなったらエリス1人じゃどうしょうもない……急がなきゃ」
地龍というのはさっきエリスが言ったから思い浮かべただけだけど……
そういった強力なモンスターを夏希が相手にしているかもしれないと考えると胸が張り裂けそうだ。
あんな災害みたいなものを相手に私の夏希が……
龍というのは、ワイバーンなんかの飛竜とは違う。
人間にとっては龍も飛竜も同じような脅威になるが、それはどちらも確実な死を人間に与えるという意味であって、持っている力は龍は飛竜なんかとは桁違いなんだ。
龍語魔法という超超高等魔法を操り、知能や知識でも人間を大きく上回る。
龍語魔法は人間のそれとは異なり、世の理に直接干渉して起こす奇跡とまで言われている。
最大の武器であるブレスは、上位の龍ならば相手の存在を因果ごと消し去ることすら可能らしい。
人間が過去に行ったことのあるドラゴン討伐というのはほぼ全てが飛竜相手のことであり、龍相手の討伐ではない。
極めて稀に龍を倒すケースもあるが、下位や幼い龍相手が精々。
あーあー、龍はヤバいよ怖いよ……
ダメだ。
考えるのは後だ。
地龍が現れるなんてのはエリスが最悪のケースの一例として出しただけで、そんなことが起きる確率は現実的には……低いはず。
ほぼないはず。
私を驚かすためにエリスが言っただけのはず。
トリネロが自在に迷宮から龍を生み出す……?
いやいやそんなことはあり得ないと思うけど。
「ダメだね悪い頭で色々考えても意味がない。私にできるのは今は飛ぶことだけ!」
子供達……
女神の子供。
女神は子供達を産み育て、そして子供達は(母親以外の)女神と結ばれ次世代の子供達を残す。
つまり子供達は生まれた時に将来は女神と結婚することが既に決定されている。
その役割は、七都市に存在する七つの迷宮、塔、城の封印を身に宿すこと。
迷宮から強力なモンスターが這い出て来ないのは子供達が抑えているから。
現在の子供達は夏希。
普通の人間と比べても相当に短命。
女神……
この世界の守護者であり子供達の母親。
全世界に女神は存在しており、相当数の女神が過去に子供達の母親であったことがある模様。
ミューズは現在の子供達である夏希の母親。
将来夏希が結婚する相手が見知らぬ女神だと可哀想だと思い、ミューズはハーモニーとフォルテと一緒に『庭』で暮らすことにした。
(適齢期になったらハーモニーかフォルテ、どちらかを夏希に選ばせるつもりでいた)
エリスは遠い過去に子供達を産み育てたことがある。




