↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/62

ミューズの焦り

戦士団……

迷宮トリネロから時々漏れてくるモンスターが居住区や商業区へ行かないよう討伐するのが役割。

貴族にとっては当主が戦士団所属になることが、武家として名を挙げる為に必要。

迷宮都市であるトリネロに於いては法衣貴族や王直属の近衛よりも格上とされる。

世襲ができない為、戦士団を目指す貴族の子弟は学院に身を置き実力を磨く。


探索団……

迷宮に潜り、資源や弱めのモンスターを倒した際に出る魔石を回収するのが探索者の仕事。

戦士団程ではないが高い戦闘力と、何よりも迷宮に関する深い知識が必要。

迷宮踏破を目的とした集団ではなく、あくまで迷宮からの恩恵が目的。

戦士団のほとんどを貴族が占めるのに対し、探索者は貴族でない者も多い。


労務者……

迷宮付近で労務を行う者。

探索者が迷宮から持って帰ってきた資源や魔石の選別や、戦士団の世話など、迷宮付近で必要となる労務に関しては一切を行う。

奴隷とは明確に一線を画しており、一定の労務をすると都市トリネロの滞在許可を得られることもあり、都市外の人間も多い。


「あれ、夏希は?」


 私、ミューズは誰へとでもなく尋ねる。

 決闘も無事終了したし、それで夏希が怪我もしなかったし、そろそろ夏希と一緒にご飯でも食べに行こう。

 レジーナの他にエンリケとかいう女の友達がいつの間にかできていたことにはちょっと思うところがあるが、……夏希も年頃の男の子だ。

 少しくらいは目を瞑ってあげないとまた夏希に『ミューズはうるさい!』って思われてしまうかもしれないからね。

 エンリケはレジーナと違って慎ましやかな身体的特徴をしていることだしね。

 うん、許してあげよう。


「……あれ? 叢雲とレジーナまでいないじゃない。なになに? そっと私に気付かれないようにどっか行っちゃったの? 3人で? それは少し傷つくなー」


 私の周りにはエンリケと、先程まで夏希と決闘をしていた男子生徒だけが残されている。

 エンリケに尋ねてみる。


「ねえあなた。エンリケって言ったわよね。夏希達がどっち向かったか見てた? なんか私が気付かないうちにどっか行っちゃったみたいでさ。これはあれだね。後でちょっとお説教だよね」


「……女神様……あの……」


「うん。どっち行った?」


「消えました……夏希さんと叢雲さん、それにレジーナさんも一緒に……」


「え?」


「あの……突然なにか黒い靄のようなものが夏希さんと叢雲さんとレジーナさんにかかって……それで、次の瞬間にはいなくなっていました」


「え?」


「叢雲さんがレジーナさんと話していたじゃないですか。それで、3人が固まっていたような位置関係だったんです。それで、3人の周囲にブワっという感じで……暗い、黒い靄が……」


「…………消えた?」


「はい。私には消えたという表現が一番合っているかと思います。すぐに周りを見渡してみたんですが、どこにもいなくて……」


 周囲を見渡してみる。

 決闘に適した場所ということで、ある程度開けた庭を選んである。

 隠れるような場所は……特にない。

 というか、3人揃ってかくれんぼということもないだろうし。


「…………男子生徒の中で一番足の速い人は誰?」


 10人程いる男子生徒に向けて話しかける。

 するとすぐにダニエルが返事をしてくる。


「はい女神様。私は足には自信があります」


「そう。ダニエル、あなたは今すぐにエリスの宮殿に行ってちょうだい。それで『夏希が消えた。しかも黒い霧に包まれて消えた』とエリスに伝えて。それで分かると思う。今すぐに行って」


「了解致しました。ではすぐに」


 ダニエルが走り出す。

 私は一応この周囲に夏希達がいないかどうか簡単に確認だけして、それですぐに迷宮に向かわなくては。


 背中に光の羽根を出し、空へ浮かぶ。

 空から見ても石の影なんかに隠れていたら分からないけど……そんなのは……あり得ないからいい。

 ただ一応の確認をしておきたいだけだ。


「夏希! 叢雲! それにレジーナ! いるなら返事して! 今出てきたらママ怒らないから! もしここにいるのに隠れてるんなら出てきて!」


 叫ぶ。

 声を大きくしておいたので、遠くにいたとしても聞こえるだろう。


 5分待つ。


 来ない。

 来ないだろうと思ってはいたけど……来ない。

 ……ならば、迷宮へ向かわなくては。


「あ、そうだ。この中で一番爵位が高いのは誰? 具体的に言うと、トリネロ公に手っ取り早く会えるのは誰?」


 再び生徒たちに尋ねる。

 驚いたようにざわざわと話しているが、すぐに生徒が名乗り出る。


「女神様、私の実家は伯爵の位を賜っております。父の話ですが」


 先程夏希と決闘した青髪の生徒、アズーレが名乗り出る。


「そう。なら今すぐにトリネロ公のところへ行ってちょうだい。そして、緊急事態につき戦士団と探索団の半数の指揮をエリスと私に一時的に移譲するよう要請。もちろんあなたに荷が重いのは分かっている。今から私が一筆書くからそれを持って行ってちょうだい」


「分かりました女神様。父と共に公爵城には何度も行っていますので、スムーズにトリネロ公には謁見できるかと思います」


「頼むわねアズーレ」


 トリネロ公への要請の文書を簡単に書き、女神ミューズの印を押す。

 さて、迷宮に飛ぼう。

 もしかしたら迷宮付近に夏希たちがいるかもしれない。

 その可能性はゼロではない。

 黒い霧がかかり夏希たちを飲み込んだ。

 ……そんな芸当ができるのは、ここ都市トリネロには1つの存在しかあり得ない。

 いや、本来ならそれでもそんなことは不可能なはずなんだ。

 だってそんなことが出来るなら、過去の子供達(カリーナ)達はみんなそうやって迷宮に飲み込まれている。

 ……ワイバーンが迷宮から這い出たことといい、何かおかしくなってきている。

 何かのタガが外れてきている。


 違和感を感じながら深く考えなかった自分が嫌になる。

 ワイバーンの一件の時に、徹底的に調査すべきだった。

 それこそ、私とエリスだけではなく、トリネロの周囲にいる女神を総動員してでも調べるべきだった。

 『何か迷宮がおかしくなってるんだけど調べてくれる? 竜種が出たんだけど』って言って。

 こと迷宮のこと、特に子供達(カリーナ)にことになれば女神たちは協力を惜しまない。

 しかもそれが子供達(カリーナ)の身の安全に関わることならば、万難を排して全力でことに当たる。

 世界の守護者という女神の立場故ではあるが、それを抜きにしても女神にとって子供達(カリーナ)は特別な存在だし、それに過去に子供達(カリーナ)の母親だった女神も多い。

 エリスと同様、彼女らにとって夏希は孫みたいなものだから、世界を抜きにしても純粋に可愛い存在なんだ。


「……どっか気が抜けてた。母親失格だよこれじゃ……」


 焦燥と後悔が身を包む。

 舌の先がチリチリして息が上手くできない。

 やばいやばい……

 お願いだから、迷宮付近でウロウロしててよ夏希……

 

 迷宮付近の労務場に降り立つ。

 先日まで夏希と一緒に労務をしていた場所。


「現場長! 夏希を見なかった?」


 現場長であるアルドに声をかける。

 ここらで起きたことなら、アルドが把握していないことはない。


「これはミューズ様。お久しぶりでございます。……夏希ですか? いいえ、私は見ておりませんが。どうかなさいましたか?」


「夏希が消えた。叢雲も一緒に消えた。そっか。見ていないってことは、労務場にはいない……つまり迷宮付近にはいないってこと……か……」


「消えた? 夏希が叢雲ちゃんと一緒にですか? えっと、一応労務者に指示を出して周辺を探させます」


「うんお願い。私は食堂の方を見てくるから」


 ……いないのは分かっている。

 この状況で夏希が労務場の食堂で食事をしている可能性なんてありっこない。

 だけど、もしかしたら『あ、ミューズに見つかっちゃったよ叢雲。せっかくミューズに内緒で叢雲とレジーナとご飯を食べに来たのにさ』ってなる可能性だってあるかもしれない!

 そうだったら、少し夏希に嫌味を言ってから私も一緒にご飯を食べよう……


「カーラ! 夏希はいる?」


 食堂に入るなり、中にいる食堂長であるカーラに声をかける。

 カーラはきょとんとした表情で、


「いえ、夏希はここには来ていませんが……あのミューズ様、夏希はまた労務場で働くことになったのですか?」


「いや、ごめん。いないならいいんだ……労務場で働いているわけじゃないよ。そうじゃない」


「そうですか。夏希をお探しなら、一応食堂に来た人間にも声をかけてみますが」


「うん、お願いカーラ。食堂に来た人だけじゃなくて、知り合いにも声をかけてもらえると助かるよ」


「はい。そう致します。ええと……夏希と親子喧嘩でもなさったのですか?」


「そうじゃないんだけどね。いなくなっちゃったんだ夏希が。それで……もしかしたらって思って……」


「そうでしたか。なら大丈夫です。親子喧嘩なんて明日の朝になれば夏希は忘れていますよ。そんなのどこの家でも同じです」


「……だといいんだけどね……本当に……そうだといいんだけど……」


「ミューズ様、食事はもうお済みになりましたか? 何か召し上がっていかれますか?」


「今日はいいや。また来ることにするよ。夏希と一緒にね。ありがとうカーラ」


「はい。お待ちしておりますミューズ様」


 食堂を後にする。

 やっぱり……いなかった。

 分かってはいたけど、小さな希望が消えたことで足元がおぼつかなくなる。

 足がフワフワして立っている実感がなくなる。


「ミューズ! あなた一体何をしていたの!!」


 エリスが物凄い勢いで飛んできた。

 表情も鬼気迫るものがある。


「あなた……あなたが付いていながら一体何をしていたの!! 夏希が消えた? 霧に包まれて突然消えた? そんなの迷宮の仕業に決まっているじゃない!!」


「ごめんエリス……やっぱりそうだよね……トリネロ迷宮の仕業だよね……あのね、一応、他にも探してみたんだ……食堂とか……」


「そんな所にいるはずがないでしょう!」


「そっか……うん、そうだよね……」


 エリスに、夏希が消えたのは迷宮の仕業と断言され……分かっていたこととはいえ身体から力が抜ける。


「あのねエリス、トリネロ公爵に手紙を書いておいたんだ。戦士団と探索団の半分の指揮を女神に移譲してくれって。……私、そういうのよく分からないからエリスお願い……」


「……最低限のやるべきことはやったようね。いいわ。戦士団と探索団は私が上手く指揮するわ」


「……私達、迷宮には入れないからね……」


「そうよ。私達女神は迷宮には潜れない。今すぐにでも迷宮に入りたいところだけど、それが叶わない。人間に頼る他ないわ」


「うん……」


「ミューズ、確認するわよ。叢雲は確実に夏希と一緒に迷宮に入った。それに間違いはないわね?」


「一緒に消えたから、それは間違いないと思う。なんか叢雲、夏希との結び付きを強くするとか言って夏希の魂にちょっかい出してたみたいだし……それが良かったんだと思う」


「そう。夏希の魂にってところが引っかかるけど、でもそれが功を奏したのね。夏希1人で迷宮に入ったなんてことになっていたら……寒気がするわ」


「後、多分人間の女の子が一緒だと思う。レジーナっていう学院生」


「では3人が今一緒に迷宮にいるということね。レジーナという子の実力は?」


「分からないよ。分からないけど……多分、学院の中でもそんなに腕が立つ方ではないと思う。モジモジオドオドした子だったし」


「そう……一緒に入ったのが戦士団の団長レベル……いえ、せめて学院の中でのトップクラスだったら良かったのに……」


「霧に包まれた瞬間、側にいたのがその子だったっていうだけだから……」


 私がエリスと話していると……


「エリス様。遅れて申し訳ございません。戦士団団長アントニオ、参りました」


 戦士団が到着したようだ。

 先日のワイバーン討伐の一件で彼らとは面識がある。

 団長の名前はアントニオと言うんだね。

 エリスがアントニオに答える。


「ご苦労様、アントニオ。公爵から説明は受けたと思うけど……」


「は。私とここにいる戦士団が、今からエリス様の指揮下に入ります。また、迷宮探索団の指揮権もエリス様にあります」


「よろしくお願いするわ。詳しい説明をしている時間はないけど、あなたも知っている夏希が迷宮に引きずり込まれた可能性が高い。いえ、ほぼ間違いない。そしてそれはこの都市トリネロの危機に繋がります。ひいては世界の危機に繋がります。力を貸して頂戴」


「御意。細かい調整は私が行いますので、エリス様は核となる戦術構築をお願い致します」


「まず、迷宮探索に最も秀でた……いいえ、最も場馴れした人間の選抜。戦士団と探索団の両方からよ」


「は。戦士は戦闘には優れておりますが、迷宮内部に入るとなるとトラップ解除など迷宮探索団の知識と力が不可欠。よって戦士と探索者を半々ずつ編成しますがよろしいでしょうか?」


「それでいいわ。探索団というのは、戦闘は全くできないものなの?」


「いえ、探索者も戦闘はもちろんできます。できますが専門ではない。元々の役割が迷宮に潜りそこから資源や弱小モンスターの魔石などを回収することですから。勝てない可能性のある戦闘は極力回避するのが探索者です。勝てないと分かっていても立ち向かわなければならない我々戦士団との違いです」


「そうなのね」


「しかし今回は、目的が資源や魔石ではない。普段なら回避できる戦闘も行わなければならないこともあるはず。よって、探索者と戦士との今後チームとします。大丈夫です。戦士も戦闘訓練の為に迷宮に入ることは頻繁にありますから、迷宮に戸惑いミスをすることはありません」


「チームはどのくらい作れるの?」


「まず3チーム。メンバーも私の中で既に想定してあります」


「では、今すぐに送り込んでちょうだい」


「承知致しました」


 こういう時にエリスは頼りになる。

 ずっと庭で過ごしてきた私にはこういうことができない。

 都市で守護として生きてきたエリスでなければできない。

 夏希のことだというのに。

 夏希が……もしかしたら……今痛い思いをしているかもしれないのに。

 女神だから迷宮に入れない。

 エリスのように戦士団に指示を出すこともできない。


 ……悔しいよ……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。