エリスの敵、叢雲の敵
「レジーナごめん」
「え? ふえ? え、ごめんって……な、なにが……? え、もしか……して……付き合うの……私じゃ……ダメ……です……か?」
「? えっと、これから僕がやろうとしていることを、レジーナにもきちんと伝えておくべきだと思って」
「ふふぃええ……! そ、そうでしたか……! はい、お聞きします、というか聞かせて下さい……!」
「えっと、まず確認なんだけど、七都市にそれぞれ迷宮、塔、城があるってのはこの世界だと常識なんだよね?」
「え、はい、それは……もちろんそうです。だからこその七都市ですから……というか……迷宮・塔・城を囲むように作られたのが……七都市なわけですし……」
「そうだよね、ありがとう。それでねレジーナ。その迷宮とかから強力なモンスターが這い出て来ないようにするための封印が僕なんだ」
「え……? ふえぇ……? それってどういう……?」
「僕は女神の子供でしょ。なんというか、女神の子供というのは代々その役目を受け継いでいるらしいんだよね。子供達って呼ばれる存在らしいんだけど。僕もその子供達の1人」
「え、あ、はい……女神様の子供は子供達さん……ですか……夏希さんも……子供達……」
「うんうん、そういうこと。僕も子供達。だから本来なら僕は、結婚できる年齢になったら女神の誰かと結婚して子供を作らなきゃいけないらしいんだよ。そしてその子供が新しい子供達として生きていく。迷宮と塔と城の封印の役目を果たすために」
「……そう……なん……ですか? 夏希さんは女神様と……いずれ結婚……」
「だから、僕は本当はトリネロに……ここにいてはいけない存在なんだ。もし僕が子供を作る前に死んでしまったら、封印自体が無くなってしまうことになるでしょ。そうしたら大変だよね。迷宮から強いモンスターがどんどん出てきて、もしかしたらそれ以上に怖いことが起きるかもしれない」
「夏希さんが……女神様と……結婚……」
「レジーナ大丈夫? それでね、僕は死んじゃうとかそういうことが無いように、ミューズと他の女神2人と一緒に、安全な所に暮らしていたんだよ。『庭』って呼んでいたんだけど」
「結婚……夏希さんが……」
「で、僕はその庭から逃げ出してきたんだ。人間らしく生きる為に。僕が自分の人生を歩む為に。ま、逃げ出してきたと言っても叢雲も一緒だったし、今はミューズもここにいるわけで何が何だかって感じではあるんだけどね」
「え、あ、はい……逃げ出して……そうですか……結婚……ですか……」
「うん、逃げ出してきた。何もかも捨てたつもりになってね。だけど、トリネロに来てエリスに出会って、色んなことを知った。子供達の封印としての役割もそうだし、僕の子供が子供達として永遠にこの呪縛から逃れられないことも」
「……はい……」
「僕は、それを自分の代で断ち切るつもりなんだ。…………つまり、七都市の迷宮、塔、城の全てを僕の手で壊す。中には主と呼ばれるおぞましい存在がいるらしいんだけど、そいつらもまとめて壊す。それが今の僕の目標。子供にこれ以上呪いを背負わせない」
「…………七都市の………………迷宮を……………………壊す……………………?」
「そう。全てだよ。七つある全てだ。その為に、僕は学院に入った。力を付けるために」
「それは……え……? 本気ですか夏希さん……? あの……え?……」
「本気も本気、大本気だよ」
「あの……七つ全てどころか……1つの迷宮すら誰も攻略したことがない……んですよ……? 攻略どころか、最奥に辿り着いた人がいるかすら……それすら疑わしい……というか多分いないはずです……」
「……だから、それを僕がやる」
「本気……なんですね……」
「うん。そうすれば僕の子供達としての呪いも解ける。僕の子供もね。まぁそうなると僕は女神と結婚する必要がなくなるわけで……逆に考えれば女神としても僕と結婚する必要がないわけで……女神から相手にされなくなると……うーん……人間の女の子と……結ばれることがあれば、の話だけども……もし誰も結婚してくれないようだったら、叢雲と山奥ででも暮らすよ」
「! ……人間の女の子に相手にされないなんてこと、絶対にないと……思いますよ……!」
「ありがとうレジーナ。そう言ってもらえると慰めでも嬉しいよ。でも僕はこの通り、箱入り息子の常識知らずだからね……女神や叢雲は僕を大切にしてくれるけど、人間の女の子だと……」
「大丈夫……です……! それは私が保証します……! だって、だって……!」
レジーナは目を輝かせて僕ににじり寄ってくる。
どうしたんだ?
「ほいほーい、そこでストップだよ!」
ミューズが僕とレジーナの間に割って入ってきた。
「全く……さてダニエル、私がさっき言ってた意味が分かったかな? あくまで『健全な青春』を夏希と一緒に過ごしてね? いい? 健全、だよ、け・ん・ぜ・ん!」
「は、はい……なんとなく分かりました……ですがこういうのは本人同士の意志というのもありますし……私が関与していいものかどうか……」
ミューズに名指しされたダニエルは戸惑っている。
なんだかちょっとよく分からなくなってきたので、叢雲に話を振ろう。
そうしよう。
「えっと、叢雲先生。まとめて」
「……そういう無茶振りは儂が主様にするものだというのに……」
「おねがい」
「……というわけで、主様は迷宮に潜り、最奥におる存在を倒すのが目標じゃ。そのためのこの学院入学じゃ。そこら辺は覚えておいて欲しい。それとレジーナ。さっきトリネロ迷宮の最奥に辿り着いた者はいないと言ったが、それは間違いじゃ。儂を振るった過去の子供達で最奥まで辿り着いた者はいる。お主達も知るエリスの子供じゃ」
「えっ……」
「じゃがの、打倒はならんかった。エリスにとっては自分の子供……子供達の敵が、ここトリネロの迷宮に潜んでおるということじゃな」
「エリス様の……お子様の……敵……」
レジーナだけではなく、男子生徒の間でもざわめきが起こる。
そうか。
エリスというのはこの都市トリネロの守護。
ミューズよりも僕よりも、エリスの子供の敵という言葉が一番スッと理解できるのだろう。
「その通り。エリスの子供の敵。そして……その者がその時に振るっていたのが儂である以上は、儂の過去の所有者の敵でもある。儂は主様以上に大切なものなど過去にも未来にも存在はせぬが、それでも過去の儂の相棒を殺した者は……許せぬ」
「…………倒せるん…………ですか? そんな存在を」
「倒せる。儂の刃を届かせさえすれば、必ず倒せる。殺せる。滅せる。相手が神獣であろうと、神そのものであろうと、じゃ。それが天叢雲剣じゃ」
「届かせさえすれば……」
「言っておくが、その者が未熟だったという話ではないぞ。むしろ達人じゃった。無拍子を操り紫電を操り、過去の歴史上の剣豪を全て網羅してみても、その中でも最上位に名を連ねるほどの腕前じゃった」
「…………それでも、倒せなかったんですよね…………」
「その通り。じゃから、主様は少なくともその者以上の実力を備える必要がある。ゆっくりでもいい。時間はいくらかかっても良い。主様の寿命が来るまでにその実力を備えればいい。とにかく主様が死なぬように……絶対に死なぬように……お願いだから……」
……叢雲が悲痛な顔になってきた。
過去の子供達を思い出しているのだろうか?
そうだ。
ゆっくりでもいい。
確実に時間をかけて実力をつけよう。
学院で友人を得ることが、幸運にもできた。
お互いを磨き合い、実力をつけよう。
時間はある。
大丈夫だ。
そう考えた瞬間
世界が暗転する
景色は塗りつぶされ
色はなく
音すらない
上下の逆も認識できず
時間の感覚もあやふやになる
ただその中で……
『悪意』だけが僕に向けて浴びせられる
純粋な悪意
憎しみ
全ての感覚が遮断された中で、悪意と憎しみだけが僕を包んでいる
「…………なんだ、これは…………?」
気がつけば、僕は迷宮に入っていた




