生徒
「ごめんなさい夏希さん。本当にごめんなさい」
横にいるエンリケが僕に謝る。
いや、エンリケのせいじゃないよ。
「夏希さん……いざとなったら私が……夏希さんをお守りしますから……大丈夫ですから……」
同じく横にいるレジーナが僕を守る宣言をする。
気持ちは嬉しいけど、大丈夫。
レジーナが僕の隣にいてくれるだけで十分だよ。
「まさか、こんなことになるとは思いもよらず……改めて私の先見性の無さを痛感致します……」
エンリケが下を向いて呟く。
こうやったのは自分のせいだと思っているらしい。
いや、エンリケのせいじゃないから、気にしないで欲しい。
さて、状況はこうだ。
僕の両隣にはレジーナとエンリケ。
そして後ろにはミューズ。
叢雲は刀になってもらっている。
……そして、僕の正面には学院の生徒が10名ほど、武装した状態で立っている。
エンリケに事情を話した翌日、エンリケは僕のことを思ってか自分の友達に(話して問題ない範囲で)僕の事情を話してくれたらしい。
確かに女神様のコネを使ったし、戦士団の手柄を横取りしている風にも見えるかもしれない、だけど僕には僕なりの重い事情があってそうなっているのだと。
だから僕が学院にいる間、できるだけ協力してあげようと、そういう風に話してくれたらしい。
だけど、人の心というのはそう簡単なものではない。
事情を知ったから『なるほどそうか。ならば我々も』とはならない。
ここ学院は戦士団を目指す生徒が多い。
そしてそれはそれぞれの出身の家の将来をも決めかねない重大なことだ。
家の当主が戦士団に入団し何らかの功績を上げればそれだけで武家として認められるし、既に武家である家にとってはそれを維持していくためにも。
自分のみならず家の子々孫々の運命をも決定するかもしれない、それが彼らにとっての学院の意味。
そこに女神のコネで入りました、事情があるから許してくれ、できれば実力を上げるための協力が欲しい……そんな都合のいい話が通るはずもない。
本来なら、僕のことは卒業まで放っておこうという結論になってもおかしくない。
コネで入ってくるような人間は相手にしないでおこう、と。
だけどエンリケは根気よく説得してくれたらしい。
確かにコネで入学したことは確かだし、詳しい事情は分からないがもしかしたら戦士団の手柄を横取りしたのも事実かもしれない、だけど決めるのは僕の覚悟を見てからでもいいのではないか、と。
物見遊山気分で母親である女神を使って学院に入ったのなら、もう本当に放っておけばいい。
だけど覚悟を持って、コネを使ってでもどうしてもこの学院に入らなければならない事情があったのだとしたら……
生徒達自身で、それを確かめる。
それがエンリケが生徒を説得して出してくれた妥協点。
僕が、この学院で学べるかどうかの分岐。
いくら学院に通おうが授業に出ようが、学院の生徒達との関わりなしに迷宮に潜る実力を付けることなど不可能なのだ。
だから、ありがたい。
エンリケは申し訳なさそうにしているが。
僕と相対する形になっている生徒たちの中から、生徒の1人が僕に声をかける。
赤い髪の毛を短く刈り上げ、服の上からでも鍛え上げた身体が見てとれる精悍な印象の男子生徒だ。
「多対一のような形になっているのは俺として不本意ではあるが、悪く思うなよ。何、心配するな。もちろん戦闘は一対一だ」
「ありがたいと思いこそすれ、悪くなんて思っていません。。むしろこういう場を用意してくれたことに感謝していますよ」
「そうか。まぁ俺としてはこういう虐めみたいなのは好きじゃないんだが、この学院ってのはつまりは戦士団の養成所なわけよ。座学でももちろん高度なことを詰め込むわけだが、それも戦士として必要だからだ。つまりは、自分の思いを通したかったら『戦士としての力を見せてみろ』ってことになるわけだ」
「うん、分かりやすいですね」
「俺ももちろんそうだが、ここにいる連中はみんな親から家の将来を背負わされてここにいる。戦士団養成所に入っておいて『勉強が得意になりました』で帰るわけにゃいかないからな。それなりの思いってのがあるわけよ。……さて、おしゃべりはもういいだろ」
「うん」
「見せてみな」
10人の生徒の中から1人が僕の方に歩む寄る。
さきほどの赤髪の生徒とは違い、青い髪を肩まで伸ばした、少し細い印象のある男子生徒だ。
だけど無駄な肉が無い代わりに、日々の研鑽の賜物と思われる筋肉がきちんと付いている。
「個人的な恨みはないが、理由はある。悪く思わないでくれよ」
「分かりました。ではやりましょう」
剣を抜く。
どうやら暗黙の了解で魔法は使わないようだ。
戦士団というのは剣の腕前ももちろんのこと魔法の技術も重要になるはずだけど、あくまで今回の決闘は僕の覚悟の程を見極めるためのもの。
魔法よりも剣で決着を着けるのが適切と判断したのだろう。
「主様、分かっているだろうがこれは殺し合いではない。間違っても峰打ち以外をするでないぞ」
叢雲が刀の形のまま僕に話しかける。
分かっているよ。
これは殺し合いじゃない。
相手はモンスターじゃない。
僕の覚悟を見せる、ただそれだけの戦い。
だから殺す必要もないし、後遺症が残るようなダメージを与える必要もない。
まして僕の獲物は叢雲だ。
当たれば必ず致命傷になってしまう。
「紫電はもちろんのこと、通常の燕返しを使う必要もない。あれは峰打ちであっても相当なもんじゃからな。いいか、歩法の技術だけでこの試合、決着を付けてみよ」
「歩法だけで……?」
「主様の『無拍子』は歩法の技術の延長上にある。試合の中で歩法の研鑽をするんじゃ。そして完勝することによって、主様の思いが口だけでないことを証明してみせよ」
「……分かったよ叢雲」
エリスとの戦いの中で、女神の加護(極)によって得た技術である『無拍子』。
見えていながら相手の意識の外に自分を置く技術。
僕の遠い祖先である子供達が僕に伝えてくれた技術。
その極意は、速度ではなく呼吸と歩法。
そうだ、僕はこの無拍子と燕返しで迷宮に挑む。
ならばこの場で自由に使えないようで、何が覚悟だ、何が思いだ。
相手の呼吸を観察しろ。
相手の筋肉の動きを観察しろ。
自分の呼吸を把握しろ。
自分の筋肉の動きを把握しろ。
どう足を動かせば相手の意識の外に自分を置ける?
骨はどう動いている?
肉はどう動いている?
女神の加護(極)によって得られる知識だけではダメだ。
自分で考えろ。
自分の頭で考えるんだ。
「相手の呼吸を把握しておらんのに、自分の呼吸だけに集中しすぎじゃ!」
叢雲が叫ぶ。
青髪の生徒の剣が僕の腹部目掛けて飛んでくる。
とっさに飛び退くが、服が真一文字に切れてしまった。
「部屋で自分1人で瞑想をやっているわけじゃないんじゃぞ! 自分の呼吸だけを意識してどうする! 戦闘では常に相手がおるんじゃ!」
「……全くだね、叢雲……」
呼吸と歩法。
簡単に言うが、自分だけではなく相手のものも把握しなければ全く意味がない。
自己満足の修行をしているわけじゃないから。
これは戦いだから。
「呼吸だけではない! 相手の目線を観察するんじゃ! 服の動きを観察するんじゃ! 筋肉だけではない! 筋の動き! 皮膚の張り! 全て! 全てを観察するんじゃ!」
そう。
観察。
それがいかに戦闘に於いて大切なことか。
ツノウサギとの戦いでもそうだった。
ゴブリンとの戦いでもそうだった。
相手が何であれ関係ない。
観察がいかに大切で、そしていかに難しいことか。
そして、気付く。
自分と相手は、それぞれ別じゃない。
別に把握する必要はない。
セット、だ。
自分と相手という世界。
2人の世界。
その世界を把握すれば、自分も相手も両方が分かる。
「こう、か……?」
足を前に出す。
腕を上げる。
そのまま叢雲を軽く振るう。
「うぐ!!」
青髪の生徒が崩れ落ちる。
「あ、あ……なんだ……? いつの間に剣を振るった……?」
どうやら、僕の動きを把握していなかったようだ。
うん、狙い通り。
速度や力で押し切るのではなく、意識の外から叢雲の一撃を加える、これこそが僕の戦い方だ。
「たまたま、あなたの呼吸が見えたもので。そこに合わせました。ありがとうございました」
「あ、あ……? 呼吸……? 合わせる……? 何を言っている? …………しかし、俺の負けか……そうか」
青髪の生徒が負けを認め一歩下がる。
自分がどうして負けたのか理解していない風だ。
歩法によって相手の意識から外れると、相手としては何で自分が斬られたのか分からないという状況になる。
今は模擬戦といえるものだけれども、真剣勝負でこれができればある意味無敵だ。
最初の体格のいい赤髪の生徒が呟く。
「……? 何で何も反撃しなかったんだ? 大して速さのある斬り付けにも見えなかったし、太刀筋も素直なものだったように見えたが……」
そう見えていれば僕としては大成功。
速さも複雑なフェイントも必要ないんだよね。
呼吸と歩法による意識外しの究極が『無拍子』。
それを極めたい僕としては赤髪の生徒の呟きは嬉しい褒め言葉だ。
こういうことを思ってはいけないのだろうけど、今回のこの決闘は僕としてはとても良い経験になる。
ツノウサギやゴブリン、それにワイバーンとの戦闘……それらとは違う生身の人間との戦闘。
体躯が同じ相手と、駆け引きなども絡む戦闘。
力押しだけではない戦闘。
大切な経験だ。
こういう経験を求めて僕は学院に入ってきたんだ。
相対する生徒達は、自分たちの家のことや将来のこと、それにプライドを賭けての真剣勝負のつもりだろうからこうした考えは失礼になるのだろうけど、僕としては……嬉しい経験だ。
なにせ、同世代の男の子との喧嘩なんてことはもちろん初めてなのだから。
同世代の男の子、というか……ずっとミューズ達と暮らしてきたから喧嘩というもの自体が新鮮な経験なんだよね。
だって喧嘩する必要なかったから。あの庭では。
ちょっと我儘言ってもミューズ達は全部聞いてくれたし、僕が怒ってもミューズ達が怒るということはあり得なかったから、喧嘩にならなかったんだよね。
悪いことすればお仕置きはされたけど、それは喧嘩ではないしミューズ達も怒っていたわけではないし。
(庭から出るって僕が言った時はマジギレだったけど、それは例外だと思う)
というわけで、楽しい。
勝ったから楽しいというわけではなく、例え負けていてもきっと僕は楽しいと思える。
もちろんそれで学院を追われるのは困るから勝つつもりではいるけれど、それでもこういう経験は素直に楽しいんだ。
「んー、こりゃここにいる10人それぞれが戦っても今と同じ結果になるか。よし、次は俺がやろう。もしお前が勝てばそれでこの茶番は終わりにしてやる」
赤髪の生徒が次の戦闘に出る宣言をする。
こう言うところを見ると、赤髪の生徒がこの10人の中で1番の実力者ということなのだろう。
「俺の実力は、まぁこの学院で5位以内くらいだと思ってくれればいい。最強じゃなくて残念か?」
「とんでもない。そんな実力者の方と対戦できるとは光栄です」
「ふん、どうやら本音で言ってるようだな」
「もちろん本音です。こうした経験をするために僕は学院に入ったわけですし、それでもそんな機会がやってくるのはずっと先のことだと思っていました。それがこんなに早く巡ってくるとは……正直、嬉しいです」
「そうか。まぁ喧嘩は口でするもんじゃない。いくぞ」
赤髪の生徒が構える。
「ああ、それでも最初に名前くらいは名乗らないとな。俺はダニエル。ダニエル・カノッサだ」
「僕は夏希。貴族ではないので姓はありません」
「知っている。じゃあ始めようか」
ダニエルさんが剣に向け意識を向けたのが分かる。
するとみるみるうちに剣の周りに炎が群がっていく。
「俺は詠唱も発動呪文もなしに剣に魔法の効果を与えることができる。家系ってやつらしくてな。学院じゃ俺だけの得意技だ。ズルいとは思うが、全力でいかせてもらうぞ」




