異物への対応
「聞こえなかったかしら? そこの平民、あなたのことよ」
人だかりの中から、少女が一歩進んでこちらに来る。
長い黒髪を無造作に頭の上でひとつに束ねただけの髪型、きつい目つき……
体つきは小さいが、ピンと伸ばした背筋がそれを補っている。
うーん、性格もきつそうだ。
「僕のことです……よね」
「そう、あなたのことよ。もう1回聞くわ。女神様の力を借りて、戦士団の手柄を横取りした平民というのはあなたのこと?」
「……その認識は誤解があるように思いますが、多分僕のことだと思います。何か御用でしょうか」
「用? とぼけているのかしら。平民、あなたは何のつもりで、戦士団の皆様が本来は手にするべきモンスター討伐の栄誉を横取りしているのかしら? まぁ都市の発表であなたの名前だけが出てきたわけではないけれど、それでも民衆はあなたの話題でもちきりよ。普段は現れない強力なモンスターが迷宮から這い出てきて、それを平民の男が倒した、とね」
「倒したのは事実です。そこを否定すると余計にこんがらがるので、肯定させて貰います……ですが、戦士団の手柄を横取りとか、そういう意図は全くありません。あの時、戦士団の皆さんとは共闘関係にありました。戦士団と僕、どちらが欠けても勝利はあり得ませんでした。ですから、どちらかの手柄とかそういう認識自体が間違っていると思います」
「共闘関係? 迷宮守護たる戦士団とあなたが、共闘関係? 笑わせないで頂戴な。この学院にも女神様の伝手を使って潜り込んだところを見るに、実力以外のことは一流の平民のようね」
「信じて頂けないのも無理はありません。ですが事実なのです」
「平民、それ以上口を動かすのはやめなさい。戦士団とはこの都市トリネロの武力の象徴、そしてこの学院は戦士団を目指して切磋琢磨する場所……それは分かっているわね」
「はい、僕もそう認識しています」
「なら分かるはず。この学院から出て行きなさい。戦士団を欺いてその手柄を自らのものにするような人間に、この学院に居場所はないわ。あなたがここにいることは、学院、ひいてはここで学ぶ生徒全員に対する侮辱になる」
「それは絶対にお断りします。僕が自分の意志でこの学院から去るということはあり得ません。少なくとも、迷宮を踏破するための実力を付けるまでは、僕はこの学院で学ばなくてはなりませんから」
「迷宮を踏破……? あなた、自分が今何を言ったか分かっているの?」
「もちろんです。僕は迷宮トリネロを踏破します。その為にこの学院に来たのです」
「探索者を希望しているということかしら? 迷宮に潜りたいのでしょう? 戦士団とは役割が違うわよ。あなたは平民だからそこら辺のことに詳しくないのかもしれないけど」
「戦士団でも探索者でもありません。僕は、迷宮トリネロの最奥に潜む存在を討伐する。迷宮トリネロを破壊する。それが僕の人生での背負っているものの一つですから」
「……」
「もちろんその為に、戦士団と探索者の皆さんとの共闘は不可欠だということは分かっています。そういう意味では、戦士団であり探索者でもある……そういう存在が僕の目標なのかもしれません」
「……」
「ですが、今の僕の実力ではそんなことは絶対に敵わない。だからここの学院のお世話になるのです。ですから、僕がこの学院から去るということはありません。納得して頂けないのは重々承知です。周りから見れば、コネを使ってズルいことをしている風に見えるのも承知しています。ですが、どうか僕をこの学院に受け入れて貰いたい。お願い致します」
僕は、黒髪の少女に深々と頭を下げた。
言った通り、平民がいきなり学院に入学してきたのだ。
それも、入学の時期でもなく、試験も受けずに、だ。
エリスの口利きと、母親が女神だということがあってこそのズルだ。
周りから見ればどう見えるかも分かっている。
僕は異物だ。
貴族の子弟が戦士団を目指すために集うこの場所に、突然現れた異物だ。
レジーナのように僕と友達になってくれるなんていう人物は、本当に稀なのだ。
最初に知り合いになったレジーナがそういう性格だというのは、ただの偶然。
少ない確率の偶然だ。
ラッキーだ。
黙って見ていたミューズが口を開く。
「夏希、気にすることないよ。あなたが背負っているものなんて、この子に分かるはずなんてないんだから。無視しておきなさい。……それと、あなた。女神……つまり私の力を使って夏希が戦士団の手柄を横取りした、と言ったわね。それは夏希にだけではなく、私に対する侮辱にもなるのだけど、理解している?」
ミューズが黒髪の少女に目線を向け、更に続ける。
「私への侮辱なら、まぁ許すわ。私が気にしなければいいだけだしね。でも、夏希に対する侮辱は許さない。あなた、何も知らない癖に私の夏希を公衆の面前で侮辱したわね」
「え、あの……私は……この男のしたことに対することを糾弾したいだけで……女神様に対して侮辱行為などは……」
「聞いていなかったのかしら? 私への侮辱なら構わない、だけどそれを夏希に向けたら許さない、と私は今そう言ったのよ」
「……」
あ、ダメだこの展開。
子供の喧嘩に親が音速で飛んできた。
しかも親は女神だ。
この世界の守護者だ。
勝っちゃう。
このままでは僕は最高に格好悪い存在になってしまう。
「ミューズ、はいストップ。やめて」
「夏希はお茶飲んでレジーナの胸でも見てなさい。この子とは私が話を付けるから。これから先の学院での生活もあるしね。最初が肝心よこういうのは」
「ダメだよミューズ。僕がズルしたってのは紛れもない事実なんだから。エリスの力も借りて、ミューズの力も借りてこの学院に入ったんだ。ズル全開なんだよ今の僕は。本来なら試験を受けなければいけないところを無条件で入学してきたんだ。そりゃ周りの反応だって冷たいものになるってのは、初めから分かっていたことだよ。想定内だ。それと、僕が当然のようにレジーナの胸に興味があるように言うのはやめてね」
「ないの?」
「ないと言えば嘘になるけど」
「じゃあいいじゃない」
「横にレジーナがいることを忘れてないよね? レジーナの顔が真っ赤を通り過ぎて青くなってきているよ?」
「レジーナの胸はどうでもいいよ。今の問題はこの子がした夏希への侮辱への対処。違う?」
「レジーナの胸のことはミューズが言い出したんでしょ! どうでもいいとか、扱いが酷すぎるよ! ごめんねレジーナ。ミューズの言うことは気にしないで。多分これからもこの調子だと思うし」
「え……あ、はい。女神様が私なんかのことを気にかけて下さるだけで私としては嬉しいです。あの……胸の話題でも……構いません……よ……女神様が私のことを、胸が大きい子だって覚えて下さるなら……それで私は光栄ですから……」
真面目すぎる。
いい子すぎる。
本当に最初に友達になれたのがレジーナで良かったよ。
「ありがとうレジーナ。そこでちょっと待っていてね。……ミューズ、ミューズももう椅子に座っていてよ。こんな小さないざこざ、親の助けを借りて解決するとか僕の男としてのプライドがズタズタになっちゃうからね。なんなら家に帰っていてもいいよ」
「夏希! またそうやってママのことを除け者にしようとする!」
「言ったでしょ。ズルをして学院に入ってきたんだから、こういうことが起きてもしょうがないの。この子が僕に抱く感情は、ごくごく当たり前のことだよ。それをいちいち敵扱いしてやっつけようなんてしたいたら、キリがないよ。キリがないというか僕が悪者になっちゃうよ」
黒髪の少女と向き合う。
「すみませんでした。ミューズ……女神のことは気にしないで下さい」
「……」
「僕が、この学院にとってのイレギュラーだということは承知しています。負の感情を僕に向ける方がいるだろうということも、予想をしていました。当然のことです。僕はズルをしていますからね。モンスター討伐の時に僕が活躍をできたのも、持っていた武器が規格外のものだったからです。僕自身の実力は微々たるものです。ある意味、僕はズルの塊です」
「……」
「ですが、どうか僕がこの学院に滞在することに目をつぶって貰いたいのです。僕は、僕自身の目標のためにどうしてもこの学院のお世話になる必要があります。もちろん、僕のことをどう思おうが扱おうが構いません。ただ、学院へ籍をおくことを了承して頂きたい」
「……納得……できないわ」
「はい。もちろんそうでしょう。ですが、何とか僕がいることだけでも……」
「ここにいる人間……貴族の子供達は、生まれた時から……学院に入学し、戦士団になることを夢見て……そう育てられてきた人間が多いわ。もちろん近衛や法衣貴族になることが目標の生徒もいるけれど……戦士団が目標の生徒が一番多い」
「はい」
「迷宮都市である以上は、迷宮守護である戦士団になることが一番の栄誉。危険と隣り合わせだけれど……だからこその栄誉」
「はい」
「記憶にない幼い頃から、私は剣を握ってきた。もちろん魔法の練習もした。座学で戦闘を学んだ。迷宮のことを知らなければならないから、この国の歴史も学んだ。もちろんその他の学問も一通り」
「はい……」
「それでも戦士団になれるかどうかは分からない。世襲やコネが一切通用しない戦士団入団には、どれだけ努力してもなれる保障というものは存在しない」
「……」
「分かる? 今までの私の人生の否定なのよ、あなたの存在自体が。いえ、私だけではないわ。この学院の生徒全員と言っていいわ」
「……」
「そこの生徒。確かボルジア子爵家の跡取りよね」
黒髪の少女がレジーナに話しかける。
「え、あ、はい。レジーナ・ボルジアです」
「あなた、我慢できるの? なにやら既に友人になっているようだけれど」
「……」
「確かボルジア家は、現在の当主……あなたのお父様よね、戦士団の入団試験に落ちて、今は大変なことになっていたわよね?」
「……はい……」
「ならば、私が言ったことが理解できるはずよね。あなたは、この男に対して思うところが何もないのかしら?」
「……夏希さんは……」
「ん?」
「夏希さんは、私のお友だちです……戦士団とか……試験とか……女神様とか……特例での学院入学とか……私は……気になりません。お父様のことも……それはボルジア家の中の問題であって、夏希さんが何かしたわけではありませんし……だって、本当に夏希さんは何も関係ないじゃないですか……」
「あなた、本気でそう思っているの?」
「本気でも何も……本当に、夏希さんは……私の家のことには関係ないですし、学院への入学だって、上の方がそう決めたのでしたら、私がどういう言えることでは……」
「呆れたわね。ボルジア家は武家。戦場での功績により子爵まで上り詰めた家系のはず。次期当主のあなたがそれでは先が思いやられるわね」
「……」
レジーナに矛先が向かってしまった。
早く収拾をつけた方がいいね、これは。
「すみません、私への批判のお気持ちは十分に理解しました。ですが、あくまでこれは私だけの問題にしたいのです。私の周囲の人間……人間じゃないのもいますが……にはこれ以上迷惑をかけたくない。時間を作ります。納得して貰えるとは思っていませんが、それでも誠意を持ってあなたとお話させて下さい。とりあえず今日のところはそれで納得して頂けないでしょうか?」
「……いいわ。私も納得できるとは思っていないけど、話も聞かないでこれ以上騒ぎ立てても意味がない。時間、作ってちょうだい」
「分かりました。話は早い方がいい。今から2人になれる場所を教えて下さい。時間はいくらでも作ります」
「……本当に話が早いわね。いいわ。付いてきて」
こうするのがベストだろう。
ミューズや叢雲にレジーナ、それに学院の生徒が大勢いるこの場でこれ以上騒ぎ立ててもプラスになることは何もない。
納得はして貰えないかもしれないけど、とにかく誠意を持って話してみよう。
モンスター相手じゃないんだ。
話をして済むならそれが一番だ。
「夏希、初日からレジーナに続いて2人目の女をナンパするとは余裕があるね」
「……ミューズ、全部見てたでしょ。ナンパじゃないのは見てて分かっているでしょ」
「2人でお話、ねぇ……どこへ行って話をするつもりなのかな? 個室かな? 個室かな?」
「個室だってなんだっていいよ! 話をするだけなんだから!」
ミューズ相手にこの手のやり取りが始まると長くなるからね!
ここはさっさと退散させて貰おう。
「さ、行きましょう。ミューズと叢雲は先にアパートに帰っていていいよ。それとレジーナ、ごめんね変なことになっちゃって。またゆっくりレジーナと話をしたい。学院に来れば会えるよね?」
「あ、はい! もちろんです……夏希さんを見つけたら……私、すぐに声をかけます!」
「うん、お願い。それじゃレジーナまた今度ね!」
黒髪の女子生徒の手を取り、食堂から退散する。
さて、話を聞いて貰えるのはいいけど、何をどう話していいものやら……




