レジーナと話をしよう
「ごめんね、なんか変な母親で。悪気はないから許してあげてねレジーナ」
レジーナに話しかける。
ミューズは本当に遠慮がないからなぁ。
初対面で胸の話とかしないで欲しいよ。
こっちが恥ずかしくなっちゃうって。
……確かに、大きいけどね、レジーナの胸……
「い、いえ! そんな! 女神様と直接お話できるだなんてとても光栄なことですから! 私としては話しかけて頂いただけで、もう本当に嬉しいです!」
「そういうもんなの? 僕はさ、この都市に来る前はミューズを含めて女神3人と、それと叢雲と暮らしてたんだよね。人間の知り合いとか友達とか、1人もいなかったんだ。当然、本当に世間の一般常識とかそういうのに疎いんだ。だからレジーナがミューズのことをそういう風に言っても、なんかピンとこないというか……」
「普通は女神様とこうしてお話できることなんて無いですよ。トリネロにはエリス様がいらっしゃいますが、お言葉を頂いたことはありませんし……それに、女神様によってはほとんど人前に姿を現さない方もいらっしゃいますし。夏希さんは……ずっとミューズ様と一緒に暮らしてきたので分からないかもしれないですが、本当に今の状況は私にとって光栄なことなんですよ」
「そうなんだ……ミューズが……そんな扱いに……」
「夏希さんは女神のお子様……なんですよね? 本当なら私なんかがお友達になっていいのかどうかとか……考えちゃいますよ」
「あ、そこら辺は気にしないでね! というか、レジーナは貴族様なんだから! 本当なら僕の方がこんな対等っぽい感じで話していていいのかって感じなんだから」
「……貴族と言いましても……先程お話しました通り、父は戦士団への加入を認められず……領地である村もさほど大きくないですし……女神様のご家族と比べられるものではないですよ」
「うーん、じゃあこうしよう。僕は女神の子供だし、レジーナは貴族様。だから、その2つを相殺するってことにして、2人とも遠慮なしで付き合っていこうよ」
「……夏希さんがそうおっしゃって下さるなら……私としては嬉しいのですが、いいのでしょうか? 女神様は貴族とは違うんですよ。王から与えられる爵位や称号なんかとは無縁の、正真正銘この世界の守護者であり……支配者と言い換えてもいいかと思います。貴族を含む人間は……女神様の慈悲に縋って生きているというか……」
「……ミューズ、そうなの? なんかレジーナが女神のことを凄い評価してるみたいなんだけど」
「んー、私はそういう支配とか守護とかあんまり縁がないからね。良くも悪くも夏希さえ幸せならいいし。女神によっては人間と深く関わっていてなんか宗教に近いことになってるのもいるけど、私に対してはそんな気にしなくていいよ。レジーナは夏希の友達なわけだし、支配者とかそういう感じで見られるのもなんか嫌だしね」
「そうだよね、ありがとミューズ。レジーナ、聞いた? ミューズは気にしなくてもいいって。だから僕とレジーナは対等な友人関係ってことで、これからも宜しくお願いしたいな」
「夏希さんとミューズ様がそうおっしゃって下さるなら、私に依存などはありません。これからも宜しくお願いします、夏希さん」
「うん、宜しく!」
うん、良かった良かった。
女神だとか貴族だとか、出来ればそういうのあんまり気にしないで、純粋な友人関係を築きたい。
少なくとも学院にいる間はね。
学院から出たらそりゃ貴族様と対等に話をするわけにはいかないけれど、学友という立場でいる時は、お互いに遠慮なしにものを言い合える仲でいたいよね。
「嬉しそうじゃな、主様」
「嬉しいよ! ありがとう叢雲。叢雲がレジーナに話しかけてこいと言ってくれたお陰だよ」
「こんな短時間でここまで仲良くなるとは思っておらんかったがの。儂はただ気の弱そうな女から話を聞ければいいと思っておったんじゃが」
「それも含めて縁ってやつじゃないかな」
「主様がそう言うならそれでいい。……さてレジーナ、主様は、自分でも言っておった通りの世間知らずじゃ。真っ白な布じゃ。汚れを知らん箱入り息子じゃ。そこら辺を、よーく理解しておくようにの。変に汚すでないぞ?」
「は、はい……! 気を付けます! 夏希さんを汚さないように気を付けます! すごく丁寧に扱います!」
今度は叢雲がレジーナに絡んでるよ。
「……レジーナは普通にしてくれればいいからね……? むしろ、貴族のお嬢様を大切にしなくちゃいけないからね? 僕が」
「分かっておらんの主様は。主様はそこらの清純そうな女の100倍は清純というか、初なんじゃ。ちょっとしたことで汚れてしまうんじゃ。シルクのハートなんじゃ。儂が汚すのならいいが、他の女に汚されてたまるものか」
「……自分が汚すならいいんだ……というか、僕は一応15歳の男だからね? そんな清純とか汚れなきとか言われるような存在じゃないから。むしろ埃や泥にまみれても立ち上がるような泥臭い男に憧れているからね。清濁併せ呑む、男の中の男が目標だからね」
「そういうことを言っておるんでないわ。主様がレジーナの胸でどうこうされないように釘を差しておるんじゃ」
「……え?」
「『え?』じゃないわ。見てみいレジーナの胸を。こんなもんを主様の目の前でポヨンポヨンされたら、いつどうなるか分からんわ。あっという間に事案発生じゃ」
「……叢雲も同じくらいの大きさだと思うけど……」
「儂はいいんじゃ。別に主様が今すぐに飛びかかってこようと、一向に構わんからの」
「……相手が叢雲であっても、僕の清純は汚れてしまうんじゃないの?」
「儂相手なら構わん」
「構わんて……」
話の論点が分からなくなってきた。
なんかミューズもじーっとこっちを見てるし、話題を変えよう。
レジーナは相変わらず真っ赤になってるし。
「え、えっと……じゃあレジーナ。早速で悪いんだけど……できれば学院のことを色々教えてくれないかな」
「う、うん! もちろん! 何でも聞いて下さい! ……できれば胸以外のことで!」
「僕はレジーナの胸について話題にしないから安心して! 聞きたいのは学院のことだから!」
「それなら何でも大丈夫です!」
「ありがとう。それで、えーと……さっきレジーナに聞いた話だと、僕と叢雲が迷宮から出てきてモンスターを倒してってことが学院内でも結構な話題になってるみたいだけど……それってどのくらいの規模の話なのかな。もしかして学院の生徒のほとんどが知っているとかそういう……?」
「はい……多分、ほとんどの生徒は知っていると思います。あの……私……は……あまりお友達が多くないというか……ほとんどいないんですけど……それでも私が知っているくらいですから、多分他の方は皆さん知っているのではないかと……」
「うーん、そっかぁ。僕と叢雲が食事をしているだけで人が集まってくるんだものね、そりゃそうだよね。でもさ……気になるのは、ただ珍しいものを見に来たというだけじゃないというか、ハッキリ言っちゃうと、僕達にあまり良い感情を抱いていない人も多いように思うんだよね」
「それは……」
「いや、レジーナ以外の生徒とは直接話したわけじゃないし、僕の勘違いという可能性も高いんだけどね。ただでさえ初めての学院ということで緊張しているから」
「あの……」
「もし、何か知っていることがあれば教えて貰えるとありがたい。もちろんレジーナが言いにくいことなら言わなくても全然いいよ。この話題はこれで終わりにするから。今度は美味しい食堂のメニューの話でもしよう」
「あの……できれば……お話しておいた方がいいのかと……思います……。夏希さんとお友達になって……本当に嬉しいし……私の知っていることで良ければ……」
「ありがとうレジーナ。話しにくいことは言わなくて大丈夫だから、レジーナがいいと思う範囲で話して貰えるかな」
「はい……そう言って頂けると嬉しいです……あの……多分、夏希さんもミューズ様も叢雲さんも……知っておいた方がいいと思うので……」
「お願いできる?」
「はい。あの……夏希さんの言う通り、夏希さん達にあまり良い感情を抱いていない生徒がいるのは……事実だと思います」
「やっぱりそうなんだ……ちょっとへこむね。原因はやっぱり、迷宮絡みのことだよね?」
「はい……あの、戦士団の方たちじゃなく、夏希さんがモンスターを倒してしまったことが……問題……問題というか……この学院の生徒は、最終目標が戦士団への入団という人がとても多いんです……私も、一応は入団試験を受けるつもりですし……」
「なるほど」
「近衛などの、完全に世襲で役職を受け継ぎ貴族の子弟は、もう将来が決まっているからそういうことはないんですけど……戦士団は都市のエリートでありながら、世襲だけでは入団できませんから……私の父も試験に落ちましたし……それで、なんというか……戦士団への憧れというか崇拝というか、そういう気持ちを持っている生徒が多いんです……」
「うん、分かる気がする」
「その戦士団がモンスターを討伐すれば……あの、こういう言い方は夏希さんに失礼だと思いますが……なんの問題もなかったかと思うんですが……そこで、夏希さんのような……本当に失礼かとは思いますが……どこから来たか分からない平民の方が討伐してしまったので……色々な感情を持つ生徒が増えてしまい……」
「確かに」
「事実を認めない生徒もいますし、認めた上で夏希さんを……認めないというか……よくない思いを抱く生徒もいます……」
思い出した。
食堂に来る前、いきなり出会い頭に剣を向けられたことを。
確かあれも『認めない』みたいなことを言っていた。
なるほど、そういうことか。
ちょっと考えれば分かりそうなことだったね。
「勝手なもんじゃ。ならば自らの剣でワイバーンと向かい合えば良かったんじゃ。全て終わってから妬みとは……ここの学院も大したものではなさそうじゃな」
「……ワイバーン……ですか?」
「あー、あーー………………失言じゃった。忘れてくれ」
叢雲でも口が滑るってことがあるんだね。
迷宮から這い出たモンスターがワイバーンだというのは出来れば内緒にしたいところだ。
迷宮から竜種が出たなんて話が公になれば不安が広がってしまうから。
『普段よりも強力なモンスターがたまたま出た』くらいにしておくのがいい。
だけど……レジーナ、聞いちゃったね。
「ワイバーンって……あの竜種……ですよね? あの、私……詳しいことは知らないんですけど……皆さん知ってらっしゃるのでしょうか? 私……オークの上位種が出たのかな、とか……勝手に思い込んでいたんですけど……」
「……隠してもしょうがないの。レジーナは主様の友人じゃし、言ってもいいじゃろ。そうじゃ。迷宮から出て主様が倒したのはワイバーンじゃ。言う通り、竜種じゃよ」
「……」
「できれば他言無用で頼みたい。分かるじゃろ。こんなことは広めるべき話ではない。事実であったとしても、じゃ」
「……はい、分かりました。絶対に……人には話しません。というか……話せません。学院内ならともかく……街中にそんな噂が流れたら……」
「そういうことじゃ。ま、戦士団が敵わなかったというのもこれで分かったじゃろう」
「はい……よく分かりました。それと……夏希さん……夏希さんって、何者ですか? 竜種を倒した人間なんて、私は本や記録の中でしか知りません。それも、大規模なパーティを組んでの討伐です……それでも倒した人は英雄です……夏希さんは1人で倒したんですよね……? あ、もしかして実は女神様がお力を……」
「ミューズもエリスもその場にはおらんかったよ。それに、倒したのは主様じゃが戦士団の協力なしには到底無理な戦闘じゃった。運も……良かった。今思い出しても身震いするわい。もしワイバーンが戯れにブレスを放っておったら主様はここにはおらんよ」
「本当……なんですね。倒したんですね」
あ、もしかしてレジーナ、ちょっと引いてるかな。
ワイバーンが現れたという事実だけでも驚愕なわけだし、しょうがないか。
「あのねレジーナ、凄いのは僕じゃないんだ。確かに僕はワイバーンを倒した。それは事実だ。だけど、叢雲が言った通り戦士団の皆さんがワイバーンの注意を引いてくれなかったら、僕は刀を振り下ろすことすらできなかった。それに持っていたのが叢雲でなかったら、100回斬り付けてもワイバーンの鱗ひとつ傷付けられなかった。これは謙遜して言っているんじゃなくて本当のことなんだ」
「持っていたのが……叢雲さん……?」
「ああ、言ってなかったね。叢雲は元々刀なんだよ。今は人間になってもらっているけど。後で見せてあげるね。ここだと人目があり過ぎるから」
「刀……? 叢雲さんが……? え? それって……あの、叢雲って……」
ちょっとレジーナが混乱してしまった。
無理はない。
言ってて実感したけど、僕の生い立ちも母であるミューズも叢雲も、色々と世界の常識とはかけ離れているのだろう。
話をしてすぐに納得、というわけにはいかない。
それにプラスしてワイバーン討伐なんていう話が出てきたわけで、レジーナの受け止めキャパを超えてしまったのだろうと思う。
「ごめんレジーナ、一気に話しすぎたみたい。時間はこれからいくらでもあるから、ゆっくりと僕のことを知っていって欲しい。レジーナが聞きたいと思ってくれたらだけど、ね」
「あ、はい! あの、ごめんなさい! 私、夏希さんのことは知りたいんです! だけど、ちょっと驚いてしまっただけなんです……ごめんなさい! あの、私、これから気を付けます! 驚かないようにしますから、聞かせて下さい!」
「ありがとうレジーナ。そう言って貰えると凄く嬉しい」
ゆっくりでいいよね。
何も急ぐ必要はない。
本当は言葉を交わすよりも、色んなことを友達同士で経験して共有して、そうやって友情を深めていきたい。
時間は……確かに、あまりないかもしれない。
トリネロ迷宮攻略、それに続く塔も城も……急がなければならないのかもしれない。
だけど、僕の目標はそれだけじゃない。
人間らしく生きたくて庭を飛び出した。
ならばこうやって友人と話すのも一緒に何かをするのも、十分過ぎるほどに僕の目標だ。
「で、夏希。どうするの? レジーナはいい子みたいだけど、他の生徒とはどうやって付き合っていくつもり?」
ミューズが僕に話しかける。
「単に夏希が勉強ができるから、剣の腕が立つから妬まれている、って話じゃないよね。戦士団の話が絡んできているからね。つまり、ここの生徒にとっては将来に関わる重大な話なわけだよね。爵位や称号、もっと言えば家のことまでが絡んできてしまう。そんなことに夏希を関わらせたくないってのが私の正直な気持ちだけど……これからもこの学院に通うのなら何とかしなくちゃならないよね」
「……確かにそうだね。戦士団への入団ってのはトリネロではエリートコースなわけだし、それを目指している貴族の子弟達にしてみれば……僕の存在ってのは目の上のたんこぶになりかねない。僕としては、できれば他の生徒とも仲良くやっていきたい。だから話す機会があればそれが一番いいのだけど……」
僕がそこまで話た所で、食堂に出来ていた人だかりの中から声が上がった。
「戦士団の手柄を女神様の力を借りて横取りし、更には女神様の伝手を使って学院に入学までした平民というのはあなたのこと?」
……なんか……平和的な話ってわけにはいかなそうな雰囲気だなあ。




