たのしい食堂
学院の食堂の形式は、自分で好きなものを注文する、というスタイルだった。
良かった良かった。
腕のいい料理人がその日に決めたメニューをみんな一緒に食べる、というのも良いのだろうけど、僕はその日の体調や気分で食べるものを選べる形式の方が好きだ。
軽く済ませたい時もあるだろうし、満腹まで食べたい時もあるだろうしね。
何よりご飯……つまりお米を使っているメニューが多いのが僕としては嬉しい。
労務場にあった食堂でもご飯もののメニューはあるにはあったんだけど、『定食』と呼ばれるものだけだった。
○○定食とかではなくて、そのものズバリ『定食』というメニューなのだ。
おかずなどはその日によって食堂長が決めていて、確かに美味しかった。
他のメニューの主食はパンやスイトン(?)のようなものになってしまうので、ご飯を食べたければそれを頼むしかない。
別に『定食』に不満はなくて美味しく食べさせて貰っていたのだけど……やっぱり自分でメニューを選べるというのはとても魅力的だ。
「主様は本当に米が好きじゃな。儂も好きじゃが、主様程ではないわ。そういえば労務場にいた時も頼むメニューはほとんどが定食じゃったな」
「労務場の定食は美味しかったよね。そっか、叢雲に注文をお願いしていたんだもんね」
「食堂長は主様が来ると『あ、定食の準備しないと』って言っておった程じゃぞ。メニューの中ではそれ程の人気というわけではなかったからの、定食は。一応は米のメニューもあった方がいいかということでお情け的に加えられていた感があったぞ」
「お米美味しいのに……僕なんてお米のご飯を食べないと力が出ないような気がするし」
「昔、主様と同じようなことを言っておった者がいたのそういえば」
「やっぱり子供達?」
「子供達にもおったおった。どの時代にも米の料理が好きな人間ってのはおるもんじゃな」
「この国の主食がお米になればいいのに。そうすればメニューも沢山増えるのに」
「米を育てるには麦よりも水が肥沃な環境が必要じゃからな。色々と難しいんじゃろうよ。出来れば米の方が備蓄に向くし便利じゃがの」
「叢雲のスパゲティも美味しそうだよ。一口ちょうだいよ」
「ええぞ、ほれ、口を開けろ」
「あーん……うん、美味しい。何だろう、生クリームのような……それなのに塩っぱくて美味しいねこれ」
「うむ、上手いな。料理をする者の腕がいいんじゃろう」
「それとさ、今気付いたんだけど……」
「なんじゃ?」
「ミューズを待ってから食事するという話はどこに行ってしまったんだろうね」
「……」
「なんか食堂に来て、好きにメニューを選べると分かったら何にも不思議に思わずに僕も叢雲も注文しちゃったけど……」
「……後でもう1回食べれば良かろう」
「……凄いこと考えるね叢雲は。でもそれベストアイディアだよ。素晴らしいよ。そうだよ、後で何食わぬ顔でもう1回ミューズと食べればいいんだ」
「これも女を扱う術の1つじゃ。主様も覚えておけ」
「……そうだね、覚えておくよ……でもいいのかな……ごめんねミューズ」
モグモグと僕と叢雲で食事をする。
あ、そういえば久振りかもこういうの。
「主様と2人で食事をするのは久しぶりの気がするのぅ」
「あ、僕も叢雲と一緒のこと考えてたよ。トリネロに来て、労務場で働き始めてからあんまりなかったんだよね。トリネロに来るまではそれこそ食事をするのも寝るのも何をするにも一緒だったのに」
「なんか懐かしい気がしてくるわい。ついこないだのことなのにの」
「僕、叢雲と2人でご飯を食べるの好きだよ。叢雲が食べてる姿って可愛いし、話も楽しいからね。ご飯を一緒に食べて楽しいって大切だよね。2人で暮らしても全然大丈夫だ」
「……主様は、女を扱う術なぞ知る必要はないかもしれんな。たまにクリティカルを繰り出すの」
「クリティカル? そう?」
「あんまりそういうことを他の女に言うでないぞ。儂の他にはミューズとかの女神相手くらいにしておけ」
「うん……叢雲がそう言うならそうするよ。でも叢雲にしかこんなこと言わないよ?」
「……いいから食え」
叢雲は下を向いてしまった。
そのままモグモグとスパゲティを食べている。
うーん……変なこと言っちゃったかな。
でも僕は叢雲と一緒だと楽しいし……
「ところでの、この状況は一体何なんじゃろうな」
「……周りのことだよ……ね?」
「そうじゃ。何で儂らが奇異の目に晒されておるんじゃ」
「何でだろうね。さっきの変な女の人といい……気になるね」
今は授業中のはずで、食堂にはそれ程人が多くない。
僕達が食堂に来た時には時間をズラして食事をする人が5人程いただけで、閑散としたものだった。
ところが今はもう数十人の人間が、食事をするでもなしに食堂の端の方から僕と叢雲を見ている。
見ている……というか、観察している、と言ったほうがいいだろうか?
ジーっと見られている。
まぁ食事は美味しいし叢雲と2人きりなんて久しぶりだったから、そういうのあまり関係なく楽しんでいたんだけど、さすがにこれ以上人数が増えるとなると気にしない、とも言っていられない。
「しょうがないよ……僕らは新参だからね。しかも本来は入学の時期ではないのに入ってきたわけだし。そりゃ少しは変な目で見られることもあるよ」
「それだけが理由とも思えんがのぅ。……主様、ちょっといいか?」
「何? 叢雲」
「そこらにいる、気の小さそうな女を1人連れて来い。事情を根掘り葉掘り聞くとしよう」
「……はい?」
「そうじゃな、あそこにいる背が小さい茶色い髪の毛のモジモジオドオドしてる女がいいな。話を聞き出しやすそうじゃ。それ、行け主様」
「たまに叢雲は無茶を言うよね」
「ミューズに、『儂は止めたのに主様がミューズなんて放っておいて先にご飯を食べようって言ったからしょうがなく食事をしていた』、と言うぞ」
「あの子だね? 行ってきます」
「うむ、いいぞ主様」
えっと、あの子だよね。
確かに何となくオドオドしているように見える。
話を聞くにはもってこいってことなのかな?
「ねえ君」
「え? え? 私ですか?」
茶色い髪の子はオドオドして周りを見渡す。
一通り見渡した後、僕は確実に自分を見ていることに気付き、指で自分を指差して……『私?』みたいな仕草をする。
「そう、君だよ。初対面で失礼かとは思うんだけど、君と一緒に食事をしたいんだけど、ダメかな? 色々と話をしたいんだ、君とね。他の人じゃダメなんだ。もし空腹でないのなら、お茶でもどうだろう。もちろん僕が奢るよ」
ザワ……ザワ……
なんだ?
聞いたことのない擬音が辺りに響き渡った気がした。
しかし、言いたいことはきちんと伝えた。
話をしたいこと、それと(話を聞き出しやすそうな)君じゃなければダメだということ、それと食事やお茶の費用はこちらが持つ、ということ。
必要な情報をきちんと過不足無く伝える。
僕が独学で勉強した人間関係構築のスキルがまさかこんなに早く役に立つとは。
努力は裏切らないなぁ。
「僕は、ただこの学院の人と話をしたいだけなんだ。だけど……君とじゃなきゃダメなんだ」
うん、大切なことは2度伝える。
これも重要だ。
「あ、あの……はい……私なんか……でいいのでしょうか?」
「うん、僕は(話を聞きやすそうな)君がいいんだ。。一緒に来てくれるかい?」
そう言って、片膝をつき、手を差し出す。
目は、相手の目をしっかりと見据える。
この前エリスに教えて貰った、『レディに対する礼儀』がここで役に立った。
ありがとうエリス。
「はい……分かりました……そこまで言って頂けるなら……ご一緒させて頂きます」
「ありがとう、じゃあ行こうか」
相手の手を握ったまま、叢雲のいる席までエスコートする。
そして椅子を引き、着席を進める。
これもエリスに教えて貰ったことだ。
本来はホストのやることではないけど、やる人間がいなかったらあなたがやりなさい、って言ってた。
ありがとうエリス!
続いて僕も着席する。
席の関係は、僕と茶色い髪の女の子が相対する形になって、横に叢雲が座っているという感じだ。
娘
○
○叢
○
夏
っていう。
さて、無理やり連れて来てしまって悪かったな。
何から話そうか……
僕が考えていると、叢雲が切り出した。
「女、名前は?」
「あ、はい、私はレジーナと申します。レジーナ・ボルジアです」
「レジーナか。儂は叢雲じゃ。そしてこっちが儂の主である夏希じゃ」
「叢雲さんに夏希さんですか……あ、夏希様……? あ、すみません、あの……」
「主様は儂の主ではあるが、貴族ではない。敬称は不要じゃし、気を遣う必要はない。普段通りでよい」
「あ、そうですか……はい、ありがとうございます。では、叢雲さんに夏希さん……よろしくお願いします」
「よろしく、レジーナさん。僕は今紹介された通り、夏希といいます。氏や姓はないので、そのまま夏希と呼んで下さい。貴族でもないので、レジーナさんと僕は学院の生徒という関係だけですね。いや、レジーナさんは貴族……ですよね。だとすれば僕は何とお呼びすれば失礼ではないですか? すみません、常識に疎いもので……」
「は、はい! あの……夏希さん! 私のことは、レジーナと呼んで下さればそれで結構です! 家は、確かに貴族……子爵なのですが……それは、気にして頂かなくて結構です! あの、その……気軽に、普通に接して下さい!」
やっぱり貴族だよね。
学院の生徒だもの。
しかし、貴族様の子弟相手にちょっと失礼が過ぎただろうか。
半ば無理やり連れてきたみたいな形になってしまったし。
「あ、あの……それで……お話って……私じゃないとダメだって……」
うん、ちゃんと誠意を示しておこう。
失礼をしてしまった以上は、きちんと誠意を持って対応するしかない。
「すみません。大変失礼なことをしてしまった自覚はあります。ですが、僕はどうしてもレジーナさんと話をしてみたかったのです。僕と叢雲は、この時期に突然入学してきたことから察して頂けるとは思いますが、とある事情を抱えているのです。そうでなくとも不慣れな学院生活です。そこで僕は、是非レジーナさんに色々とお話を聞いて、教えて頂きたいのです」
「は、はい! 私なんかで良ければ! 何なりと! そうです……よね。不安なのは夏希さん達ですよね。なのに私ったら、すみません。何か物珍しいものを見るような目で……失礼をしたのは私の方です」
気持ちが通じたようだ。
誠意がきちんと伝わる相手で助かった。
叢雲の見る目があったということだろうか。
「レジーナよ、ではまず聞きたい。この状況はなんじゃ? なぜ主様と儂がこんな目で見られておるのじゃ? レジーナもその中にいたんじゃ。知っているじゃろ」
「す、すみません! 本当にすみません! そんなつもりじゃなかったんですが、みんなが気になって見に行くって話になっているみたいで……私は……友達は……あんまりいないんですが……何となく気になってしまって……すみません!」
「良い、レジーナのことを責めておるのではない。状況の説明が欲しいだけじゃ」
「あ、それは……私、直接誰かから聞いたわけじゃないんですけど……あの、みんな話しています。先日、迷宮から物凄いモンスターが現れたって……そして、戦士団でも倒せなかったそのモンスターを倒した人がいて……それで、その人が学院に入学してくるんだって……それで私、すみません! どうしてもそんな凄い人がいるなら一目見たくなってしまって……」
「そうか。ま、予想通りというところじゃな。いくら箝口令を敷いても人の口に戸は建てられん、ということじゃな。そうか……一応聞くが、そのモンスターはどのようなものかは知っておるか?」
「いえ、そこまでは……多分、他の皆さんも知らないと思います……ですが、いつも迷宮から出てくるモンスターとは比べ物にならないくらい強いモンスターだったということは……」
「うむ、分かった」
……そうか、なるほどね。
そりゃこういう状況になってもおかしくはない。
面白おかしく話が誇張されている部分もあるだろうし、単に話題の人物がいるから見に行こう、くらいの生徒も多いのだろう。
しかし、迷宮から出てきたモンスターがワイバーンだということは知られていないようだ。
その点については本当に良かった。
もし竜種が迷宮から出てきたなんてことが広まっていたら、大変な騒ぎになってしまう。
いつもより強力なモンスターが出た、くらいで情報の拡散が収まっているのは、箝口令を敷いた甲斐があるということだろう。
「ありがとうレジーナさん、教えてくれて。あ、お茶を持ってくるね。他にもこの学院のこと、色々と教えてくれると嬉しいな」
「は、はい! 私が知っていることでよろしければいくらでも!」
「ありがとう。実を言うとね、僕は人間の同年代の友達って1人もいないんだ。レジーナさん、僕の初めての友達になってくれると嬉しいのだけど、嫌かな?」
「い、い、い、い、嫌だなんて!! う、嬉しいです!! こちらこそお願いしましゅ夏希さん!!」
「良かった。断れたらどうしようかと思ったよ。今度、僕の知り合いも紹介するね。と言っても、今、僕の紹介できる知り合いは片手で数える程だけどね。ここにいる叢雲と僕の母親、それと……エリスって知っているかな? ここで女神をしているんだけど」
「エリス様ですか? 知らないはずがないですよ! えっと、やっぱり……夏希さんはエリス様のご推薦があって入学されたという噂も……あったんです。本当だったんですね」
「うん、本当だよ。エリスは僕の遠いお婆ちゃんなんだ」
「え……? あの……お祖母様です……か?」
レジーナがポカーンとした顔になる。
あ、しまった。
これ言っちゃいけないことだったか?
「主様、そんなことをいきなり言っても混乱するだけじゃ。それに、そういうことはもう少し親しくなってから話せば良い」
「そっか……ごめんねレジーナさん、変なこと言って。僕、レジーナさんが友達になるのを承諾してくれてちょっと浮かれてたみたい。この話はまた今度落ち着いた時に話すね」
「あ、す、すみません……あの、私……ちょっと混乱しただけです。あの、そういう話してくれるの……嫌じゃないです……ありがとうございます。それと……私のことは、レジーナって呼び捨てで呼んで貰えると……嬉しいです」
「うーん……でも、僕って、トリネロの市民権すら持ってないんだ。労務場での労務が認められて、この前滞在許可証をやっと貰ったんだ。つまりは市民ですらない本当のただの平民なんだよ。子爵のお嬢様相手に呼び捨てというのは……本当は様を付けなきゃダメだよなって思っていたところなんだ」
「様付けとか……絶対にやめてください! あの、そういうの……嫌です……さん付けも……嫌です。学院のみんなは、仲のいい人はみんな、普通に名前で、さんとか付けずに呼び合っているんです……親の爵位とか関係なく、仲のいいい人はみんなそうなんです……私、そういうのに憧れていて……」
「……そっか、じゃあ……本当にいいの? 後で怒らないでね?………………レジーナ、これからも宜しく」
「は、はい! 宜しくお願いします夏希さん!」
「レジーナは僕のこと夏希さん、なの?」
「あ、あの……ごめんなさい、それは……ゆりゅして下さい……さん付けしないと……まともに顔を見られません……」
「? う、うん……まぁレジーナがいいなら……」
「主様、今日はミューズと一緒に説教じゃ」
「一体なぜ!」
こうして、僕は人生で初めての人間の友達を得たのだった。
ありがとう叢雲。




