はじめての学校
今日から学院に行く。
というか今から行く。
ワイバーンや迷宮の話をミューズ達と色々したわけだけど、結局のところ……『今考えすぎても意味がない』という結論にしか到れなかった。
迷宮がワイバーンという規格外のモンスターを迷宮外に送り出したのは確かに由々しき事態ではあるのだが、ではどうすればいいのかと言えば、対抗策はない。
精々戦士団の皆さんの編成を考え直す程度だ。
迷宮がまたワイバーンのような強力なモンスターを送り出してくるとして、それはいつのことなのか、また、次もワイバーン級のモンスターなのか、それとももっと強力なモンスターなのか……考えてもしょうのないことばかりだ。
それに、ワイバーン以上のモンスターを迷宮が地上に送り出してくるとしたら、現実問題として現状での対抗策は皆無に等しい。
間違いなく政治の問題になってくるだろう。
ならば、僕のやれることは、当初より考えていた通りに今は地道に力を付けることだけだ。
学院で学ぶ。
座学のみならず、学院に在籍する生徒や、場合によっては戦士団や探索隊の皆さんと実戦形式の模擬戦闘を行って経験を積むのもいいだろう。
ワイバーン戦ではたまたま上手くいって到達できたわけだけど、本当に、本当にたまたまだった。
ワイバーンが気紛れでブレスを放ったり身体を大きく動かしただけで僕は負けていた。
戦士団の皆さんが気を引いてくれていたのと、無拍子が上手く決まった、それだけのこと。
出来れば、正面切っての戦闘でワイバーンを何とかできる程度の実力を付けなければならない。
無拍子は確かに強力な技だが、格上の相手が形振り構わずに反撃に出た場合には今の僕の地力では打つ手がない。
紫電を放てる間合いまで近づくことができないのだ。
叢雲の言うような、『敵の攻撃をいなしたり防御しながら、同時に攻撃もできるような術技』が必要になってくるかもしれない。
今の僕ではその技のおぼろげな姿すら想像できないけど、少しずつでも力を付けていけばそういったことも可能になってくるかもしれない。
何と言っても僕は剣の天才じゃないからね。
無拍子も紫電も、子供達の過去の記憶からのものだ。
僕が生み出したものではない。
使える武器は何でも使うつもりではいるけど、やはり自分の努力と試行錯誤で得る術技というのも必要だと思う。
うん、ちょっとずつ頑張ろう。
1日1歩、3日で3歩だ。
「ここが学院かー、大きいね」
ミューズが呟く。
僕とミューズ、叢雲で学院を目指して歩いてきたわけだが、街のどこからでも建物の存在は確認できた。
建物自体が大きい上に、鐘楼がグーンと伸びているから学院は目立つのだ。
オマケに学校なのに庭園まで付属している。
学校というよりも有力貴族のお屋敷、という感じだ。
何か場違い感を凄い感じる……
庭からほとんど外に出たことがなくて、トリネロに来てからもほとんどの時間を労務場で過ごした僕としては、貴族の子弟が多く通う学院というのは、それだけで気後れしてしまうのだ。
「エリスは自分が書いた紹介状があれば大丈夫だって言ってたけど……本当に大丈夫なのかな。紹介状は前もって叢雲が提出しておいてくれたんだよね?」
「ああ、出しておいたぞ。3人、場合によっては後から追加で何人か学院に来ることになるから宜しく、とな」
「……僕って、貴族どころか、この前まで都市の滞在許可証すら持ってなかった身なんだよね……それがこんな立派な学院に入学とか……いきなり『あなたはどちらの家の方ですか? 私は○○伯爵家の~』とか言われないかな。あー、緊張してきた」
「……血脈という意味ではそこらの貴族よりも主様のがずっと尊いんじゃがな……まぁ爵位とかそういうのとは全く縁がないがの。気にしてもしょうがないじゃろ。平民でもいいじゃろ? 主様はここに貴族社会の顔通しの為に通うのではないのだからな」
「確かにそうだ。僕は戦う力を付けるためにここに来たんだ。それを忘れないでいないとね」
庭園を歩きながら、その見事に整備された庭木や芝に関心する。
これって相当にお金かかってるんだろうね。
ミューズはお金の心配しなくてもいいって言ってくれたけど、本当に大丈夫なんだろうか。
「あの、ミューズ、ここって、学費とか高そうなんだけど……学費とか……大丈夫なのかな……なんかごめんね、金食い虫の息子で」
「え? 学費? こういう学校は基本的に貴族の寄付で運営されてるから、そういうのは無いよ」
「え? 学費タダなの? 嘘! 何それ凄い!」
「いや、タダというか貴族の子弟がほとんどなんだから、実質的には寄付が学費みたいなもんなんだけどね。貴族の子弟が寄付金0で学院に通うということはないと思うよ」
「ああ、そういう……」
「だけどたまに貴族でなくても突発的というか突然変異的に物凄い力を持った人間ってのが現れるからね。そういう人材を無駄にしないために、名目上は学費は無いんだよ。実際に貴族以外はタダで通えるはずだよ。迷宮も塔も城も抱えるこの国は、優秀な人材を無駄にしてる余裕はないからね」
「なるほどね。でもそれは良い制度だね。貴族じゃなくてお金がない人にも門戸が開かれているわけだ」
「と言っても、本当に例外よそんな力のある人間が現れるのは。『私ちょっと人と違う力があるんです。学院に入りたいです』って言ってもほとんどが門前払い。学院を卒業すれば確実に戦士団や探索隊に入れるくらいの将来性がないと厳しいでしょうね」
「そっか。うーん、確かに学費がかからずに貴族でもないのに学院に通うんだから、それくらいのことは当然なのか……でもそうなると、なおさら僕ってここに入って大丈夫なの? って気分になってくるんだけど」
「大丈夫でしょ。世間には知られていないとはいえ夏希は子供達。この国の貴族の生い立ちを考えれば、夏希は貴族の中の貴族とも言えるわよ。爵位はないけどね。爵位どころか市民権すら持ってないけどね。この前まで労務者だったけどね。それにお金のことだけど、人並みの寄付はしておいたからそこら辺で引け目を感じる必要はないから。叢雲に紹介状を持って行ってもらう時に渡しておいたの。叢雲、払っておいてくれたわよね?」
「ああ払っておいた。心配いらんぞ。寄付金も払ったし、この都市ではエリスの紹介がある人間ってのは相当なもんじゃ。主様は、他の貴族の子弟なんかになんも気後れすることなく、存分に学ぶがいいぞ」
「……ありがとう。僕は幸せ者だね。なんか、結局庭から出てもミューズにも叢雲にも守られっぱなしだ。もちろんエリスにも」
「使えるもんは使えばええ。それに、儂がおらんかったら主様は庭から出て最初のツノウサギ戦で死んでおったぞ。最初から守られておるんじゃよ」
「それを言われると辛い!」
さて、庭園を抜けて学院の建物が目の前に来た。
……どうすればいいんだろう?
たのもー! とか言って入ればいいのか?
それともここで大声で自己紹介すればいいのか?
「夏希なにしてるの、行くよ」
ミューズがそう言って扉を開ける。
ああ、普通に入ればいいのね。
「私は夏希の保護者だから、ちょっと手続きしてから行くわ。夏希と叢雲はここで待っていてもいいし……そこらを見て周ってきてもいいわよ。初日だから授業はないと思う。多分。途中入学だしね」
「分かったよミューズ。じゃせっかくだから僕は叢雲と一緒に周ってくるよ。なんか凄い広そうだからね。色々と確認しておきたい」
「うん、じゃ1時間後にまたここで会いましょう。叢雲、夏希を頼んだわよ」
「頼まれた。じゃ主様行くとしようかの」
「行こう行こう! なんだか僕ワクワクしてきたよ!」
「……ふふ、子供じゃな主様は。新しい遊び場を見つけた子供のようじゃ」
「だって! 学校だよ! 僕と同じくらいの年の人達が通う学校だよ! こんなのワクワクするに決まってるじゃんか! なんか夢みたいだよ!」
「良かったの主様、さて、まずはどこから見て周るか。儂はこの前来た時にちょこっとだけ学院内を周ってみたんじゃが……そうじゃ、食堂に行ってみるとするかの。教室は今行ってもどうせ授業中で入れんし、食堂なら主様もこれから毎日世話になる場所じゃ。後でミューズと合流したら一緒に食事をするのもいいかもしれんの」
「賛成! 食堂に行ってみよう! メニュー表とか見れると嬉しいな!」
「どうなんじゃろうな。メニューを自分で選べると楽しいんじゃが、もしかしたら固定メニューでその日に出すものは最初から決められておるかもしれん。それだとちとつまらんな」
「へー、固定メニューか。そういうのもあるんだね」
「あくまで貴族の家での食事、という風な、そういう感じじゃな。食事の際のマナーとかも授業の一貫とかそういう。しかし学生が食堂で飯を食うんじゃ、それぞれ自分の好きなものを頼んでワイワイガヤガヤとやるのが良いと思うがの」
「行ってみて確かめてみよう! そうしよう!」
「待て待て主様。走るでない。全く、本当に子供の世話をしておるようじゃな」
思わず走り出してしまったよ!
なんかお腹の底からワクワクしてたまらない!
ただの廊下だというのに重厚な飾り細工とかがたくさんしてあるし、凄いなー本当に凄いなー学院ってところは。
ここにはどんな生徒が通っているんだろうか。
仲良くなれるかな。
優しい人がいるといいな。
僕と話が合う人がいるといいな。
でも僕は世間知らずだからなぁ。
僕と話をしてもつまらないかもしれない……
出来るだけ、人間社会での常識や知識を早く付けていこう。
流行りの服装や、人気の食べ物のお店とか、そういう情報も必要かもしれないね!
……なんて考えながら廊下を進んで行くと……
目の前に人影が現れた。
女の子?
避けなきゃ。
相手は貴族の娘さんだろうしね、失礼があってはいけない。
挨拶もしておいた方がいいかな。
えっと、僕は貴族じゃないから……家名とかないから……どう自己紹介したらいいんだろう。
この前、そのことをミューズに聞いていたら『え、夏希は夏希よ。氏も姓も家名もないわよ』って言われた。
……適当過ぎる!
いや、貴族どころか都市の市民権を持つ平民ですらないんだからね、僕は。
氏や姓がなくてもしょうがないだろう。
名前があるだけありがたいということで!
うん、『夏希といいます。宜しくお願いします』でいいだろう。
深呼吸して……よし、大丈夫。
僕が自己紹介しようと口を開きかけた時……
「お前が夏希という者か。私はお前を認めない」
と言い、その少女は僕にビシっと剣の切先を向けた。
敵意に満ちた目。
学院で最初に僕に向けられたのは……友好的とは言えないものだった。
「あ、すいません。そういうのいいですから」
僕は逃げるようにその場を去った。
ふー、驚いた。
さて、食堂へ行かないと。
「……主様、いいのか? なんか出会いとかそういうのじゃなかったのか? 今のは」
「え、だっていきなり剣を人に向けるとか、多分普通じゃないよあの人。出来ればお近づきになりたくないよ」
「……そうじゃが……儂が昔見た文献によるとだな、男女の出会いというのはああやって始まるパターンが多かったように記憶しているのじゃが……」
「えーやだよそんな出会い。もっと普通の出会いがいいよ。勉強で分からないところを教え合ったりとか、好きな本が共通していたりとか、そういうのがいいよ」
「……うん、そうじゃな。主様にはそういうのがいいな。じゃ、さっきの変なのは忘れるということで」
「うん、なかったことにしよう。さ、食堂に行こうよ」
「……美味そうなものがあったら、ミューズを待たずして食べてしまおうかの?」
「それもいいかも……ってダメだよ! 絶対に後でミューズに怒られるから! 我慢しようよ!」
「しゃーないの」
僕がこれからずっとお世話になる食堂だ。
良い所だといいな。




