あなただけ無事ならいい
「夏希がワイバーンを倒してくれて本当に良かった。あんな化物が都市部に行っていたらと思うと……想像もしたくないわ。何も手助けできなかった私が言うのもおこがましいけど、夏希、あなたはこの都市の救世主よ」
エリスの言う通り、こんなものが人の住む所に行っていたらと思うと……考えただけでゾッとする。
ブレスの一吹きでどれだけの被害が出るか想像もつかない。
市井の魔法使いや剣士もいるにはいるが、竜種のブレスはほとんど全ての障壁を無効化してしまうし、剣士もワイバーンを傷つける程の武器を持つ者はいないだろう。
倒せて本当に良かった。
一か八かの賭けだった無拍子が通用して本当に良かった。
ワイバーンが気紛れでブレスを放っていたらそこで全ては終わっていた。
……実力を付けなければ。
一か八かにならないような、守りたいものを確実に守れるような実力を。
そう僕が考えているところへ、現場長が駆け寄ってきた。
「夏希! 無事だったか!」
「はい、何とか。現場長は大丈夫でしたか?」
「ああ、俺の方は何ともない。怪我人を運んでただけだからな。……しかし、これは……もしかして、あの化物を討伐したってのか?」
「はい。もう危険はありませんよ。大丈夫です」
「……竜種だぞ……都市と都市が連携して倒さなきゃならんもんだぞ。……それを倒したのか」
「運が良かったんです。持っている刀が叢雲じゃなかったらとても勝ち目なんてありませんでした」
「待て待て。もしかして夏希、お前が倒したのか? 戦士団の皆さんじゃなく?」
「僕がやったのは最後のトドメだけです。そこに至るまでのお膳立ては全て戦士団の皆さんがして下さいました。僕1人だけだったら最初の遭遇でブレスを吐かれていてそれで終わりでしたよ」
「……トドメを、夏希が……? 竜種の鱗ってのはミスリル製の武器でも通るかどうか博打だって聞いたことがあるが……」
「本当に全て運が良かったんです。運が味方してくれなかったら、とても勝ち目はありませんでした」
「そうか……ま、倒せたんだからそれで良し、だな」
「現場長が無事で本当に良かった。労務者の皆さんも。とにかくワイバーンが労務場の方へ行かないようにと、それだけを考えていました」
「お前は本当に義理堅いというか、真面目なやつだな。竜種なんかと会ったら、人間にとってもうそれは死ぬのと同義なんだ。他の人間のことどころか、自分の命だけ助かればそれで大儲けなんだよ。それを……お前は人の心配まで……」
「ここでお世話になった人を置いて逃げるようなら、僕の目標を叶えることは夢のまた夢ですから……もしかしたら、義理固いとか真面目とかじゃなく、自分のことだけを考えていたのかもしれませんよ」
「そういうのを真面目って言うんだ。全くお前は……」
「それに、犠牲になった方もいらっしゃいます。戦士団の皆さんが、ワイバーンを倒すために」
そこで戦士団の団長が僕に話しかけてくる。
「確かに戦士団に犠牲は出た。だが、必要な犠牲だった」
「必要な犠牲……ですか?」
「そうだ。必要な犠牲だった。無意味な犠牲ではなく、必要な犠牲だった。そうでなければ、何のための死だと言うのだ。彼らの死はワイバーン討伐の為に必要で、そして夏希君、君の攻撃の為の布石だったのだ。そうだろう」
「……はい、そうです。僕の攻撃が届くためには、犠牲なしでは無理でした。僕個人の技量でのワイバーン討伐などは全く不可能でした」
「彼らはドラゴン討伐という伝説に残る偉業を成し遂げて、その中で死んでいったのだ。トリネロ公も国葬に準ずる扱いをして下さるだろう」
「僕も葬儀に出てもいいでしょうか」
「もちろんだ。君が出ないでどうすると言うのだ。必ず出てくれ。そして彼らの死を悲しみ、そして賞賛してくれ。それが生き残った者の役目、ましてやワイバーンに致命の一撃を加えた者なら尚更だ」
「分かりました。必ず」
「しかし、一点だけ確認しておかなければならない。ジュリエッタと私の認識では、君がワイバーンに攻撃を加えるのは、我々が『人間の攻撃など通用しない、避けるまでもない』とワイバーンに思わせてからというものだったはずだ。君の飛び出しはそれにはいささか早すぎたのではないか?」
「はい、確かに早すぎでした。本来なら戦士団の皆さんも僕も全滅しかねない、最低の悪手です。……ですが……戦士団の皆さんが全員ワイバーンに倒されてから僕が飛び出し、そして勝ったとして……その後の僕は、もう前に進めなくなってしまう……気持ちが折れてしまう、そう考えて飛び出しました。すみません。言っていて分かっています。自分勝手な理由です。団体戦闘としては絶対にやってはいけないことです。僕は戦士団所属ではないですが、処罰は甘んじて受ける覚悟です」
「……そうか。君は……強いのだろうか弱いのだろうか……良くも悪くも心によって動いているのだろうな……それが良い方へ向けばいいが……」
「本当にすみませんでした」
「処罰については、戦士団所属でない君に罰を与える権限は私にはない。それに、作戦と言ってもあの混乱の最中に咄嗟に立てたものに過ぎん。不問だ」
「不問……ですか? 場合によっては命令違反が適用される覚悟もしていたのですが」
「不問だ。逃亡したのではないのだしな。だが勘違いしないで欲しい。君に力があるから不問にしたのではない。若い時はそういった心得違いをしがちだが、力のある無しは関係ない。今回は処罰をする必要がなく、私に権限がないから不問とするだけだ。そこは忘れないで欲しい。必要な処罰なら、戦士団は命を賭してそれを遂行する」
「承知しています。申し訳ありませんでした」
「しかし、ワイバーンを切り裂いた君の刀……いや、もちろん君の技量も凄まじいものだったが……叢雲と言っていたな?」
「はい、叢雲です。僕が生まれた時から側にいる守り刀です。叢雲、皆さんに挨拶を」
「んー? いいのか? 儂は構わんが……」
叢雲が刀から人の形へ変化する。
団長が驚いた顔で叢雲を見る。
「……! 人へ……! これは……」
「叢雲です。僕のパートナーです。これから戦士団の皆様には、僕も叢雲もお世話になることがあるかと思います。よろしくお願いします」
「叢雲じゃ。知っている者もおろう」
「では……本当に、あの叢雲……天叢雲剣……?」
「あー、そういう説明はいい。主様は別に知らんでもいいことじゃし、嫌でもこれから知ることになるかもしれんしの。儂は叢雲。主様の守り刀じゃ。今はただの一振りの刀じゃよ」
「そう……ですか……分かりました。夏希君の守り刀、叢雲。そういう認識で良いですかな」
「え、なになに? 叢雲ってもしかして有名人なの? そういえば刀剣の序列一位とか言ってたっけ?」
「主様はそういうことは気にしなくていいわい。主様にとっての儂は、頼りになって可愛くて胸が大きくて大好きな叢雲、これからもそういう認識だけでいい」
「僕が叢雲を大好きって自分で言ったね」
「そうじゃろ?」
「大好きだけど」
「じゃあそれでええじゃろ」
「そうだね」
戦士団の皆さんがザワザワとし始めた。
「え、じゃあ本当に叢雲って……」
「触るどころか見るだけでもヤバいって聞いたことあるぞ?」
「すげー……目潰れないかな。マトモに見ちゃったよ」
「子供が自分の刀に適当に名付けただけだと思ってたが……」
「刀にも人にも自由になれるってお伽話の中だけじゃなくて本当だったのか」
「そりゃ竜種も斬れるわ」
そこで団長が大声で一喝する。
「騒ぐな!」
ざわついていた戦士団が、その一声でビシっと背筋を正す。
「この叢雲は、夏希君のただの守り刀、それだけだ。これ以上の認識は必要ない。それからこのことについては他言無用。質問は?」
「「「「承知しました!」」」」
それで終わりだった。
叢雲についての説明はこれ以上は必要ないようだ。
うーん、やっぱり叢雲って僕が思ってる以上に凄い存在なのかなぁ。
子供達に受け継がれている守り刀、っていうのは知っているんだけど。
そういえばエリスの子供達も叢雲を振るって紫電を完成させたわけだし……
ま、深く考えてもしょうがない。
僕にとっての叢雲は頼りになって可愛くて胸が大きくて僕が大好きな叢雲、それだけでいい。
少なくとも今はそれで十分だ。
そこへ、空から赤い僕の母親が飛んできた。
「ミューズ!」
「ただいまー夏希! ハーモニーもフォルテもいなかったから、置き手紙だけ残して超特急で戻ってきたよー…………って、これ何? え? ワイバーン? え? 何? ワイバーンが出たの?」
「うん、出た。でも大丈夫。もう倒したよ」
「倒した? え? 確かに死んでるみたいだけど……竜種だよね? え?」
「ミューズ、お前がおらん間に主様が倒してしまったぞ。もう親離れの時期ということかのぅこれは」
「夏希が倒した? ワイバーンを? ……叢雲、あんた何で逃げろって言わなかったの?……今の夏希の力で竜種に立ち向かうなんて正気の沙汰じゃないよ」
「これだから親バカは……ワイバーンに立ち向かったのも倒したのも主様の意志。ここでワイバーンから逃げて知人が蹂躙されるのを見過ごしては、命が無事でももう先に進めなくなるとの主様自身の判断じゃ。その場におらんかった身で色々言うでないぞ?」
「……夏希、本当なの?……あなたがワイバーンに……あなたの意志で立ち向かったの? 誰かに無理強いされたんじゃなくて? そうならちゃんと言いなさい。ママが許さないから」
「ミューズ、無理強いとかじゃないよ。叢雲の言う通り、僕の意志だ。間違いないよ。それに無理強いどころか現場長も戦士団のジュリエッタさんも、僕に逃げろと言ってくれた。逃がそうとしてくれた。ミューズが心配しているようなことは何もなかったよ」
「そう……そうなのね……夏希が自分の意志でワイバーンを……」
「勝てたのは運が良かったというのもあるよ。ブレスを吐かれていたら今頃は骨も残っていない」
「…………」
「この前エリスと戦っていなかったら、100%勝つのは無理だった。無拍子も紫電も、あの戦いがあったから身に付いていたものだからね」
「…………」
「そういう意味でも本当に運が良かったんだよね。ちょっとでも何かがズレていたら命はなかったよ」
「…………馬鹿夏希!! そういう時は逃げてもいいの!! 逃げなさい!! 知人が犠牲になっても何でも……あなたが死んでしまった意味がないでしょ!! 何でそんなことが分からないの!!」
「ミューズ……」
「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! あなたが死んでしまったら、私は……私は……うう……なにがワイバーンよ……こんな化物相手に私の夏希が……叢雲も叢雲よ……なにが夏希の判断よ……そこを止めるのがあなたの役目でしょうが……あなたも竜種の恐ろしさは嫌というほど知っている癖に……それを夏希と戦わせるなんて……」
「ミューズ、叢雲は僕の気持ちを……」
「黙りなさい! あなたの命以上に大切なものなんて存在しない! トリネロが都市丸ごとワイバーンに焼き尽くされても、あなたが無事なら私はそれでいい!!!」
「ミューズ、もうやめてよ。そんなこと言わないで。トリネロには僕もたくさんお世話になっているんだよ」
「死んじゃったら全部終わりでしょう!! 竜種相手に人間が勝ったなんて、本当にただの運よ!! ネズミが猫に勝つくらいの話なのよ!! だからこそドラゴン討伐は英雄譚になるの!! 夏希はそんなことしなくてもいい!!!」
「ミューズ、僕はこれから迷宮も塔も城も、全部壊す。これはもう僕が決めたこと。変更はない。だから、ここでワイバーン相手に逃げていては……」
「十分に力を付けてから! それからやらせるつもりだった! 夏希の意志は大切! だけど危険がないように十分に夏希を育てるつもりだったの! それがこんな、何の準備もない状態で竜種と戦闘? 冗談も休み休みにしなさいよ!!」
「ミューズ、それは……」
ミューズには僕の気持ちをきちんと説明しないといけない。
すれ違いの気持ちのままでは、これから先にも支障があるだろうし。
ちゃんと言葉を尽くそう。
分かってもらえるまで話そう。
でも、そこに叢雲が言う。
「主様、しばらく泣かせておくがいい。……母親はこういう考え方で良いのかもしれん……世の中で1人くらい、こういう考え方で主様を見ている者がいてもいいかもしれん、必要かもしれん。大丈夫じゃ、儂もおるしハーモニーもフォルテもエリスもおる。ちゃんとフォローはする。ミューズは……これでいいんじゃ、多分な」
「……そうかも……しれないね。ありがとう、ミューズ」
「さて、エリス。話をするぞ。何の話かは分かっておるな?」
叢雲がエリスに話しかける。
エリスも真面目な顔で答える。
「もちろん分かっているわ。本来あり得ないことですもの。ワイバーンがこの場に現れるなんてね」




