戦士団
「ジュリエッタさん、最初に確認しておきたいのですが、ジュリエッタさんが逃げるという選択肢はないのですか? 自慢するわけではないのですが、僕には叢雲があります。あのワイバーンに対抗できる手段があります。僕個人の技量が伴っていないのは重々承知ですが、それでも対抗手段があります。でもジュリエッタさんにはありません。逃げるという選択肢をジュリエッタさんが選んでも、それはしょうがないことだと思いますが」
「その選択肢はありません。理由は説明する必要すらないでしょう? 私は若輩の新米とはいえ、戦士団です。ここで逃げて命を得たとして、今後どうするというのですか。私個人の問題だけではありません。戦士団はもはやこの都市に不要と言われるようになるでしょう」
「……命あってのこと……とも思いますが、でも、気持ちは分かります。では、例えこの戦闘で命を落としたとしてもお互い後悔はなしということで」
「ええ、そうですね。でも私はあなたの命は私よりも優先するつもりですので」
本当に真面目な人だ。
真面目という枠組みで括るのも迷うような人だ。
今は、正真正銘に命がかかっている場面。
そこでこうまで言い切れるとは。
「ジュリエッタさん、どう攻めますか。マトモにいって歯が立つ相手とは思えませんが」
「逆です。小細工をしても無駄な相手、なのです」
「……つまり?」
「こちらの切り札は夏希さんが叢雲さんを振るっての一撃のみ。それに賭けるしかありません。他の全ては捨て石です。そして、捨てる石は、今ここには私しかない」
「ジュリエッタさんが囮になるということですか?」
「囮……ではないかもしれません。いいですか、私はこれから通用しない攻撃を愚直にワイバーンに仕掛けます。ワイバーンに『やつらの攻撃は歯牙にもかける必要がない』と思わせます。具体的には、『避ける必要すらない』と思い込ませます」
「……その後に、僕が叢雲で攻撃をするということですか?」
「その通りです。せめて人数が揃っていれば他にできることもあるのですが、今は私とあなたの2人だけ。他に考えつきません。小細工ではないでしょう? やることは詰まるところ、私が攻撃をした後にあなたが攻撃をするというだけの話です」
「死にますよ、ジュリエッタさん」
「犬死にか、それとも名誉の戦死かを選択できるのです。私にとっては最善ですよ」
「……攻撃した後にジュリエッタさんが離脱すればいいのではないですか?」
「ワイバーンに、毛ほどでも違和感を感じさせてはいけません。いいですか、ワイバーンは飛竜です。違和感を感じて、空からのブレスに攻撃手段を切り替えられたらそれで終わりです。ワイバーンが地上にいる今こそが好機。私の攻撃によって、人間の攻撃など空を飛ぶまでもなく防げると思い込ませないといけません」
「……それしかないのですか?」
「今、私には考えつきません。歴戦の軍師ならばもしかしたら別の良い方法を考えつくのかもしれませんが、今この場では望むべくもない。夏希さん、この作戦には乗れませんか? ならばやはりあなたを逃がすことに注力することになります」
「いいえ、それしか手段がなければ……仕方ありません。仕方ないというのはあなたの命を軽く見ているわけではありません。それは分かって下さい。僕はどうしてもこの労務場で働いている人を助けたいのです。……すみませんが、ジュリエッタさんにお願いするしかありません」
「あなたが私の命を軽く見ているなんて考えていません。ほんの少ししか話していませんが、夏希さん、あなたは信頼できる人間だ。それは十分に理解できました。さあ、いきましょう。ワイバーンが私たちのことを気にかけずにこのまま都市部に進出することこそが、私たちが防がなければならない事態なのですから」
「了解、いきましょう」
「まず、私が切り込みます。いいですか、あなたは切り札。綿密なタイミングの打ち合わせなどはできません。機を見てあなたが判断して下さい」
「はい、分かりました」
ジュリエッタさんがワイバーンの後ろに回り込む。
……速い!
全力で走っている風ではないのに、まるで風にように移動していく。
そしてワイバーンの尾の辺りを斬り付けた。
ワイバーンは邪魔な虫を尾で払う牛のような仕草で対抗する。
事実、人間などは竜種にとって虫のような存在なのだろう。
ジュリエッタさんは尾が振るわれる前に、遠くに離脱している。
……まだ、まだだ。
ワイバーンの意識は前に向けられたまま。
今ここで僕が正面から斬りかかってもどうにもならない。
ジュリエッタさんに目を向ける。
『まだです!』
そう目で合図をしてくる。
今度は魔法で攻撃してから剣で斬りかかる。
個人が行使する魔法などではワイバーンに到底通用しないのはジュリエッタさんも理解しているだろうが、目的はもちろんダメージを与えることではない。
魔法攻撃の後に、ワイバーンの側面に回り込んで剣で攻撃する。
ワイバーンは煩わしそうに羽根を動かしジュリエッタさんを追い払う。
……ワイバーンは、ジュリエッタさんを殺すつもりはないのだろうか?
さっきのジュリエッタさんの攻撃の後といい今といい、ブレスはおろか爪での攻撃すらしない。
だとすれば、もうワイバーンに『人間の攻撃など避ける必要もない』と思わせることには成功しているのか?
ならばもう僕は切り込むしかない。
今こそが最大の好機ということになる。
「主様、ダメじゃ。まだ待て」
「え、叢雲、なんで? もうワイバーンは人間の攻撃を気にしていない風だよ。今ここで僕が斬り込んでも、多分回避すらしない。空を飛ぶ前に、今ここでいくのがいいと思うんだけど」
「……主様、相手はトカゲではないぞ。竜種じゃ。人間以上の知恵と知識を持つモンスターじゃぞ。今ここで主様が斬りかかっても、『ああ、そういうことか』と看破されてブレスを放たれるのがオチじゃ」
「……この作戦自体が最初から失敗しているということ? じゃあどうしたら……!」
「陽動がジュリエッタ1人ではどうにもならん。陽動としての役を果たしておらん。大量の木剣の束の中に真剣を紛れさせるのがジュリエッタの立てた作戦じゃ。じゃが木剣と真剣が1本ずつでは……相手が馬鹿なら通用もするだろうが……」
ジュリエッタさんに目を向ける。
距離は離れているが、焦りの色が顔に浮かんでいるのが明らかに分かる。
ジュリエッタさんも理解しているのだろうか?
この場で僕が斬り込んでも防がれることを。
しかし、ブレスという力を持ちながら知恵も知識も人間以上……?
そんな怪物を相手に人間相手がどう立ち向かえばいいんだ……!
「坊主……俺がジュリエッタと同じことをやる……お前はしばらく壁の後ろに隠れてろ……」
声をかけられる。
見ると、先程膝をつき動くことができないでいた戦士団の戦士が立っていた。
「お前らがしていた話は聞こえなかったが……ジュリエッタを見てりゃやりたいことは分かる。つまり、俺たちがワイバーンを引きつけて、『人間なんぞゴミだな、攻撃を避ける必要もない』って思わせりゃいいんだろ。お前が最後を決めるんだろ?」
「……はい、そうです」
「分かった。委細承知ってやつだ。……おい! お前ら! 犬死にでない死に方を選べるぞ! 起きろ!!」
戦士が怒鳴る。
瀕死の戦士が立ち上がる。
……既に事切れて、起き上がれない戦士もいるが……
「……団長、犬死にでない死に方ができるって、本当ですか……?」
「おう。確証は何もないがな。この坊主が決めてくれるとよ」
「この子供が……?」
「おう。坊主の持ってる剣を見てみな。相当のもんだぜこりゃあ」
「……確かに業物ではあるようだが……おい子供、刀の銘は?」
戦士に尋ねられる。
僕は正直に答える。
「叢雲です」
「……! こりゃあいい! おい! みんな! 叢雲を持ってる子供が俺たちを犬死にじゃないように死なせてくれるとよ!」
「はは……じゃあ、あのお伽話みたいに、俺たちも語り継がれる英雄の仲間になれるかな……?」
「ああ。坊主、自分でその刀に叢雲って名前を付けたのか? 思い切ったな。大人じゃ恐れ多くてそんなことはできやしねえ」
「叢雲を持ってる子供に全てを託して俺たちは最高の捨て石になれるってわけだ。悪い話じゃねえ」
「……ああ、悪くねえな」
「あれか! 『叢雲を振るう英雄の仲間たちは、勇敢にも竜種に戦いを挑みました。仲間は奮戦の末破れましたが、最後には叢雲の一撃で竜種は討伐されたのです』、って絵本に載れるわけか!」
「ははは。子供が叢雲って名付けただけの刀だぞ。討伐して絵本になれるかどうかは怪しいなあ! でもいいなそれ!」
「この子供、労務場で働いてた新米労務者じゃないか? 飯とかよく持ってきてくれた。今度は飯じゃなくて戦闘で世話になるとはな!」
戦士達が次々と立ち上がる。
身体にダメージを負って動けなかった人、心が折れて動けなかった人……みんなだ。
「坊主、お前もここに立ってるってことは何か守りたいもんがあるんだろう」
「はい、あります。どうしても守りたいんです」
「俺たち戦士団も一緒だ。巷じゃエリートだ何だと言われてる俺たちだが、なんのことはねえ、ただこの都市が好きなだけの野郎の集まりさ。トリネロは俺たちが守りてえって思いの野郎ばっかりだ」
「……守りましょう、絶対に」
「俺たちはこれからあのワイバーンにでたらめに攻撃を仕掛ける。人間の攻撃なんて大したことないって思わせないといけないからな、連携も何もしない。ただひたすらに剣で斬り付けてやるさ。……後は、お前が何とかしてくれるんだろう? な、叢雲の所有者さんよ」
「……絶対に斬ります。竜種だろうが神だろうが」
「ははは! さすがに自分の刀に叢雲って名付けるだけのことはある! 豪気だな! よし、やるぞお前ら!!」
戦士団が駆ける。
言ったとおり、連携も何もない、打ち合わせもない、個々がワイバーンをでたらめに斬り付けるだけの攻撃だ。
……正直に言って、あの戦士たちは僕が最後に決めてくれるなどとはほとんど信じていないだろう。
ただ、このままでは自分達はただただ蹂躙されて、その上でワイバーンの都市部への侵入を許してしまう……犬死にになってしまう。
それだけは避けたいという気持ちが、今こうして戦士達を奮い立たせているのだろう。
自分たちはやれるだけのことをやり、ワイバーン討伐の力を持つ者に全てを託して死んでいく……そういった最後を望んだのだろう。
都市を守りたい、都市に住む人間を守りたい、その気持ちが、ただただワイバーンに歯が立たなくて死んでいくという最後を迎えることを許さなかったのだろう。
「決めるよ、叢雲」
「ならば集中せい。主様にできるのは、ただ一つだけ。分かっておろうな?」
「分かっている。僕にできるのは、放てるのは、回避不能の光だけ。竜種だろうが関係ない。放つことができれば、それで決まる」
「想像するんじゃ。二筋の光がワイバーンを斬り裂くのを。確定した未来の如く想像するんじゃ」
僕にとって初めての、他人の命を背負った戦闘だ。
……負けても失うのは自分の命だけ、などというのは今考えればなんと楽なことか。
だけど、この一線を超えない限り、迷宮攻略など夢のまた夢だろう。
背負う物が重くとも、動き、斬り、勝たないといけない。
……そうか。
これが、男の戦いだ。




