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本物のモンスター

 破壊音が響き渡る。

 人間の作業によるものではないと明らかに分かる、聞きなれない轟音。

 なんだ? 魔法によるものなのか?

 それとも単に物理的な破壊によっての音なのか?


 一緒に聞こえる悲鳴。

 労務者のものなのか一般人のものなのか、それとも戦士団や探索者のものなのかはここからでは確認できない。

 ……僕はどうすべきだ?

 結論が出る前に身体が動く。

 

「まずは叢雲と合流しなくちゃ」


 そう。

 どんな事態なのか詳細を確認する前に、まずは叢雲の力を得る必要がある。

 単に刀としての戦闘力だけではなく、叢雲に話を聞かなければ。

 どうしたって僕は経験不足だ。

 情けない話だが、緊急事態になった時に適切な判断ができる自信が僕には全くない。

 叢雲に相談する必要がある。

 自分で判断して動きたい気持ちが無いと言ったら嘘になるが、それでもし判断ミスが起きて取り返しのつかないミスをしてしまうよりは、頼れるものは頼った方がずっといい。

 叢雲のいる食堂に向かう……が、到着する前に叢雲の姿が確認できた。


「主様! こちらに来ようとしておったのか? いい判断じゃ! まずは状況確認を!」


「うん! すぐに音のした方へ向かう! 迷宮の出口付近で間違いないと思うよ!」


「間違いないじゃろうな。心の準備をしておけ! いつ戦闘になってもおかしくないぞ!」


「分かった! 行こう叢雲!」


 現場へ急ぐが、到着する前に戦闘になる可能性も考慮し心の準備だけはしておく。

 達人は日常のあらゆる場面で戦場の心構えでいると言うが、僕にはとても無理だ。

 こういう時にすら心のどこかに「現場へ到着するまでは大丈夫だろう」という甘えがある。

 修行不足にも程がある。


「こういうことはよくあること……ならいいんじゃがの。嫌な予感がするの」


「現場長から何も聞いていないからね……あの人は、こういう危険が労務場で日常的に起こるのだとしたら、労務者にも注意を必ずすると思うんだ。でも僕は何も聞いていない。だから、今回はイレギュラーなケースなんだと思う」


「うむ、確かにの」


 迷宮の出口付近に近づく。

 普段は戦士団が周りを取り囲むようにして守っているのだが、戦士団の姿が見えない。

 ……というか……労務者や探索者が倒れているのが確認できる。

 うめき声を上げているので息はあるが、放っておけば確実に命に関わる程の重症を負っている人もいる。


「夏希! 何をしているんだ!」


 現場長が僕に声をかける。


「音は聞こえただろ! すぐにここから離れろ! 他の労務者も無事な者は既に退避している! 俺は怪我をしている連中を安全圏まで運ぶ!」


「僕も手伝います!」


「いらん! まず自分の命が最優先だ! 俺は責任者だから責任を果たさなきゃならんだけの話だ! お前が付き合う必要はない!」


「もう来てしまったんですから危険なのは同じです! 大丈夫です、危ないと思ったら僕もすぐに逃げます!」


「馬鹿野郎!! 事態が分かってないのか! 迷宮からモンスターが出たんだよ! それもいつも出てくるようなもんじゃない! それなら戦士団がとっくに片付けてる! もっとヤバいもんが出たんだよ!!」


「いつものモンスターじゃない……?」


 迷宮の入り口からは、モンスターが這い出てくる。

 それは迷宮都市なら常識だ。

 その為の戦士団なのだ。

 迷宮から出たモンスターは、ほとんどの場合はその場で戦士団によって始末される。

 たまに動きが素早いモンスターが居住区に入り込むこともあるが、それは稀なことであり、そうした場合であってもすぐに戦士団が追跡して倒してしまう。

 実際に居住区や商業区で一般人の被害が出たという話は、少なくとも僕は聞いたことがない。

 過去にはあったのかもしれないが、相当に珍しいことだろう。


「主様、ここの戦士団は他の迷宮都市と同様に屈強な精鋭を揃えてある。貴族の中でも優秀な成績で学院を卒業した者が配属される、いわばエリート部隊じゃ。貴族でない場合は実績のある腕利きが採用される。だからこその迷宮守護じゃ。しかし……何じゃこれは……戦士団が押されておるのか……?」


「叢雲、教えて欲しい。今、僕はどうすべきか? ここで怪我をしている人に回復魔法をかけて退避の手伝いをすべきか、それとも迷宮出口付近に駆けつけ戦士団に助太刀すべきか、それとも……逃げるべきか」


「『逃げる』という選択肢を入れられるようになったのは主様が成長した証拠じゃの。そうじゃ、その選択肢も十分にアリじゃなこの場合は。今ここで主様が命を賭ける価値があるかどうかは……客観的に考えれば、その必要はない」


「うん」


「もし戦士団が押されているということになれば、出現したモンスターに敵う組織はここトリネロには存在しないということじゃ。ここで怪我人の世話をしていても、モンスターが来るのは時間の問題。そうしたら怪我人はもちろん主様の身も危ない。共倒れじゃ。今すぐにここから退避して、エリスの所にでも逃げ込むのが正解じゃろうよ」


「なるほど。それによるデメリットは?」


「逃げ癖が付いて、これからも負ける可能性のある戦いには身を投じられんようになる。今ここで退避するということは、労務場で一緒だった人間も、そして現場長も見捨てるということ。正しい選択とはいえ、もしここで逃げたらこの先もう主様は戦えんよ」


「分かった。行くよ叢雲。100%勝てる戦いだけこなして迷宮攻略しようなんて虫のいい話だ。そんなことはあり得ない」


「承知。だがエリスとの戦いとは違うぞ。エリスは主様を殺すつもりは全くなかった。今回は、『負ければ死ぬ』戦闘じゃぞ」


「大丈夫。人が聞けば笑うかもしれないけど、僕はゴブリンと命を賭けて戦ったことがあるんだよ」


「そうじゃな。敵がゴブリンだろうが何だろうが命を賭けたことには変わりないの。いや失言じゃったわ。主様、いこうぞ」


「うん、行こう叢雲。現場長! 申し訳ありません! 怪我人の救助はできなくなりました! 僕は迷宮に向かいます!」


「馬鹿野郎!! それは自殺っていうんだ!! すぐに避難しろ!!!」


「すみません! ですがここは引けない一線なんです! 現場長も出来るだけ早く退避を! では行きます!」


「夏希!! 戻れ夏希!!!!」


 現場長の怒鳴り声が後ろから響き渡る。

 ……本気で心配してくれているのが身に沁みて分かる。


「主様、現場に着いたらまずは戦士団の状況の確認じゃ。主様はあくまでスタンドプレー。戦闘に加わることによってかえって戦士団の連携を阻害することになるかもしれん。いいか、まずは落ち着いて戦況を確認するんじゃぞ」


「分かった。大丈夫いきなり斬りかかるなんてことはしないよ」


「うむ……着くぞ」


 迷宮出口に到着する。

 するが……そこはいつも僕が労務の時に見慣れている場所ではなかった。


「なんじゃこれは? 石が融解しておるのか?」


 そう。

 周辺の石の形が変わってしまっていて、地形そのものが変化してしまっている。

 場所によっては赤く石が溶けたままの所もある。


「戦士団を確認じゃ!」


「分かった!」


 だが、集団で行動するはずの戦士団の姿が見えない。

 所々に膝をついたり仰向けに倒れた戦士はいるのだが……集団戦闘している様子は全くない。

 

「すみません! 状況は! 状況はどうなっているんですか?」


「……誰だ? 一般人……? いや労務者か……? 何をしている。すぐに退避しろ。戦士団は半壊だ。戦闘続行はもはや不可能だ。すぐに居住区にあの化物が出て行くぞ……エリス様の神殿に逃げ込め……」


「戦士団が半壊……?」


「不味いな。集団戦闘を身上とする戦士団じゃ、今は戦士個人でそのモンスターと戦闘をしておるのじゃろうが……もう保たんかもしれん」


「モンスターはどこにいるんですか? ここからでは姿が確認できませんが」


 僕がそう言った途端、前方にあった石を積み重ねて作ってある巨大な壁が融解する。

 圧倒的な熱力によってでしか不可能な現象。

 魔法によって同じことをするなら、炎を得意とする魔法使いを10人以上集めなければ無理だろう。

 そして、目の前に聳える巨大な体躯。

 魂が、目の前にいる存在は生物としての格が違うと訴えかけてくる。

 今すぐ逃げろと訴えかけてくる。

 だが指一本動かすことができない。

 逃げることすら、動くことすら許されぬ圧倒的な実力差。


「主様、不味いの。こいつは本来こんなところに出るような格のモンスターではない。もしかしたら儂はとんでもない判断ミスをしたかもしれん」


「こ、こ、これって………………」


「ワイバーンじゃ。生物の頂点、竜種じゃよ」


「ワイバーン…………」


「竜種の中では小型かつ能力も限定的じゃが、それでも人間と比べるような存在ではない。しかもこいつは成竜じゃからブレスも吐ける。竜種のブレスは魔法による障壁の類は全て無効化するぞ」


 そこへ単身でワイバーンと戦闘をしていると思われる戦士が声をかけてきた。


「そこのあなた! 何をしているの! もしかして動けないの? 私が何とか隙を作るから、這ってでも逃げなさい!!」


 我に返る。

 何をしているんだ僕は。

 思考すら放棄していた。

 なんだ……なんだ?

 圧倒的な存在を前にすると、考えることすらできなくなるのか?

 戦う? 逃げる? そんな選択肢すら考えに浮かばない。

 カエルが蛇に戦いを挑むことがないように、ただ蹂躙されるのを待つ……それだけの状態だった。


 今僕は何を言われた?

 逃げろと言われたのか?

 そうだ、目の前の存在は戦って勝てる相手ではない。

 燕返しを放とうにも、近づく前にブレスで灰も残さず燃やし尽くされるだろう。

 ダメだ。

 勝つどころか、戦いに持ち込む糸口すら思いつかない。

 最善は逃げることだ。

 今言われた通り、這ってでも逃げることだ。

 そこにいる戦士団の少女に言われたとおり、そうすべきだ。

 それが正しい選択。

 僕は今後、迷宮を突破しなければならない。

 その重い責任を背負っているのだ。

 ここでワイバーンを相手にしたら、迷宮攻略どころか子供達(カリーナ)の血筋も絶えてしまい迷宮の全てが開放されてしまうのだから。

 それに、一旦逃げてエリスの助けを乞うべきだ。

 エリスは女神故に迷宮に潜ることはできないが、ワイバーンは今迷宮から出ている状態だ。

 エリスがいれば大きな助けになる。

 ミューズが帰ってくるのを待ってもいい。

 ミューズは今は庭に一旦帰っているが、半日くらいでトリネロに戻ってくる。

 もしかしたらハーモニーとフォルテも一緒に来るかもしれない。

 そうしたらエリスも含めて女神が4人。

 戦力的にはワイバーンも相手にできるだろう。

 今ここで戦う意味はない。

 よし、決めた。


「助太刀します」


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