女神(敵)との戦い・2
エリスが斬り落とされた足を拾う。
回復の魔法を唱えることもなく、ただあてがうだけで元通りになる。
ダメージは……無さそうだ。
あったとしても微弱なものだろう。
わずかの間とはいえ、僕としても身体を休められるのはありがたい。
「正直驚いたわ。どうやったの今の」
エリスが僕に問いかける。
「……痛みのせいか、覚えていませんよ。とても細かいことを考えていられる状況じゃなかった」
「そう。そうよね……でも今のね、斬られるまで、いえ、足を斬り落とされるまであなたが叢雲を振るったことすら気付かなかった。転んでやっと斬られたんだと分かったわ」
「油断してたんですか?」
「油断なんかしていない。いいえ、油断していたとしてもあんなことは起こらない。もう1度聞くわ。あなた一体何をしたの?」
「考えていられる状況じゃなかったと言っているじゃないですか」
潰された左腕に回復術をかける。
せめて3分。
時間が欲しい。
さっき起きたこと。
僕がエリスの足を斬った瞬間のこと。
それを思い出したい。
叢雲が以前言っていた。
『運がよく上手くいった時の感覚』を覚えて、それを自分のものにしていくことで剣士は成長するのだと。
天賦の才能がない僕にとって、運良く上手くいくことは稀だ。
だからそれを大切に大切に覚えておかないといけない。
「……試してみましょうか。いい? 今から右足であなたを蹴るわ。死なない程度に、だけど当たればあなたの骨が砕けるくらい強く蹴る。当たればそこでこの勝負はお終い。つまりあなたの自由な生活もお終いだし、ミューズも叢雲も私によって封印される。いいわね」
言い終わるのが早いか、エリスは予告通り右足を上げる。
僕を試そうとしているのだろう、スピード自体はさほど速くない。
むしろ遅い。
避けようと思えば避けられる程度のスピードに、わざと調整しているのだろう。
だがエリスの言う通り、当たればそこで終わってしまう。
エリスにとってはただの「確認」なのだろうが、僕にとって、いや僕とミューズと叢雲にとっては生死を分ける一撃だ。
ミューズは今は戦士団による封術によって動きを阻害されている。
僕がエリスに負けてエリスがミューズの相手をすれば、ミューズの勝ち目は限りなく薄い。
女神同士、実力は拮抗しているだろうから。
叢雲は言うまでもなく、持ち主がいなくなれば抵抗する手段はない。
2人とも、長い時間に渡る封印を施されることだろう。
少なくとも僕が生きていられる間は解けないほどの長い時間。
……どう捌くのが正解だ?
叢雲で受けるか? それとも踏み込んで斬りつけるか?
「主様、一旦下がれ」
「了解」
受けるでも踏み込むでもなし、叢雲の指示通り僕は後ろに下がる。
ツノウサギとの戦闘で身に付けた、「下がる時は徹底して下がる、というか逃げる」を使う。
中途半端に下がったり避けたりするのはかえって事態を悪くすると経験が知っている。
下がる時は徹底的に下がる、これは教訓から得た真実だ。
エリスとの距離が開く。
「あら、逃げるの? いいのかしら?」
「気にするな主様。いいか、儂の話を聞くんじゃ。エリスとは十分に距離を保つんじゃぞ」
「うん。分かってるよ叢雲」
叢雲が人間の形態になる。
戦闘行為を一旦中断して作戦を練るつもりなのだろう。
「まずは確認じゃ。先程エリスの足を切り裂いた一撃、あれは無意識か、それとも狙ってのことか? どちらかによってこれからの戦略がまるで違ってくるぞ」
「どちらとハッキリと断言できないんだ。痛みの中で適当に振ってしまった一撃がたまたま当たった気もするし……ただ……」
「ただ?」
「ただ、頭の中にエリスの足を斬るイメージが鮮明に浮かんでいた気もする。足で蹴られていたからね、この足を何とかしなくちゃならないと思ったんだ。それが痛みからくる幻だったのかは僕には分からない……分からないけど、そのイメージの通りに叢雲を振っていたような気がするんだ」
「……でたらめに振り回して偶然に当たったというわけではなさそうじゃな……エリスもそれ程にヌルい相手ではないしの……主様、ステータス鑑定をするぞ」
「え、今?」
「今だからこそじゃ。やるぞ」
「う、うん。分かったよ叢雲」
叢雲が以前したように僕のステータスを読み込む。
LV:2
HP:??/??
MP:??/??
術技:女神の加護(極) 燕返し(LV:2)
「以前と変化した点は、レベルが2になったのと、燕返しのレベルも上がっている点だけじゃな。それ以外は変わっておらん」
「うんそうだね。術技は女神の加護と燕返しだけだ」
「主様の一撃がエリスの足を斬ったという事実。この根拠となるのに一番有力なのは、主様が『新しい術技』を得たという可能性じゃった。じゃがこの可能性は消えたわけじゃ。術技は以前と変わらず女神の加護と燕返しのみじゃ」
「そうだね。女神の足を斬れるような術技を突然得たというのは考えにくいしね。剣の天才じゃないからね僕は」
「となると、残りの可能性は女神の加護(極)ということになる」
「……でもあれは、ミューズ達の気持ちがただ術技として現れているっていう話だったんじゃ……」
「儂もそう考えておった。3女神の主様に対する溺愛ぶりが術技にまで影響したのかとな。どんだけ親バカなんじゃと呆れておったが……そうではないかもしれん」
「どういうこと?」
「戦闘中なので簡潔に言うぞ。女神の加護(極)から、主様はエリスを斬るほどの技を得た。つまり、女神の加護(極)は主様に知識とか技術とかそういうものを与える類の術技だと推測できる」
「エリスを斬るほどの技を得られる術技……」
「儂にはそういう術技に心当たりがある。総称して世界記憶系と呼ばれる術技なのじゃが……主様のような子供達が得る世界記憶は、過去の子供達の記憶へのアクセス権。つまり祖先との記憶の共有じゃ」
「祖先との記憶の共有……」
「エリスから聞かされたのじゃろう? 主様の先祖は代々、女神と子を為し、そしてその身に封印を宿して世界の安定のために生かされてきたのじゃ。気の遠くなるような長い時間に渡ってな」
「うん。聞いたよ」
「その者達を子供達と女神は呼ぶわけじゃが……たまに現れるんじゃ。祖先との記憶の共有を行う者がな。呪いに近い宿命を押し付けられた故のことかのぅ」
術技として祖先との記憶の共有を行う……そんなことがあるのか。
「儂は、主様の血統を世界一哀れなもんじゃと思うとる……主様を前にして言うことではないかもしれんが、事実そう思うとる。その悲しい血ゆえの奇跡なのかもしれん。術技という範疇には入るものではないのかもしれん」
「……」
「他の世界記憶系と呼ばれる術技は、過去の偉人の術技を得たりとかそういうもんじゃ。言ってしまえばお手軽に強くなるために他人の技をパクる便利スキルじゃ。アホ技じゃ。主様達のように祖先との記憶共有とは明らかに違うものじゃ。儂にはこう思える。主様の祖先が、今この世を生きる子供達に何とか何か伝えられることはないかと藻掻いているのではないか、自分の子らに何かをしてやりたいのではないのか、そういう風にな……」
「……」
「自分の代で呪われた宿命を断つことが出来ずに、子らに継がせる他なかった子供達の、せめてもの抵抗、それが記憶共有という形で現れているのではないかとな」
「運命へのせめてもの抵抗……」
「主様は父も祖父も知らぬじゃろう。他の子供達もみんなそうだったんじゃ。産まれた時から女神の子として育てられ、ただ死なぬように、絶対に死なぬように、そして次の子を作るために成長する……それが子供達じゃ。そんな男達の、せめてもの意地なのだと、儂は思う。子らに記憶を与え、運命に抵抗する力を与え、そして……開放するために」
「……」
「燕返しも、主様の祖先が儂を振るって使っていた術技じゃよ。稀に、本当に稀にじゃが運命に立ち向かう子供達もおったんじゃ。その過程で燕返しが生まれた。『現象』にまで昇華する者もおった。……運命には届かなかったがの」
「……僕は……」
「うん」
「……僕は…………!」
「背負うか、主様。手伝うぞ」
「……僕に、出来るだろうか……」
「儂も半分背負う」
「お願いしていい……の?」
「聞くな馬鹿主様」
「酷い……けど嬉しい」
「何で可愛くなっとるんじゃ! ヒロインか! キュンときたわ!」
それまで黙って見ていたエリスが問いかける。
「さて、もういいかしら? 随分と込み入った話をしていたようだけど、時間切れということで」
「エリス、もうここまでにせんか? お前も聞いておったじゃろう。お前も子供達の母だったことがあるじゃろう。儂はよく覚えておるよ。あの子も、これ以上お前と主様が争うのなんて望んじゃおらんよ」
「……なればこそ、よ」
「……その気持は分かるがの……」
「覚悟を決めなさい。私は本気よ。下がるつもりは毛頭ない。その子を保護し、子を作る。子供達の血は途絶えさせない。世界を壊さない。あの子が守りたかった物は、私が守る」
「もはや言葉は不要じゃな。主様も覚悟を」
「分かっているよ叢雲。まずは力と覚悟を示さなければ……先には進めない」




