その頃のミューズ達・1
私とハーモニー、フォルテは椅子に座りじっと動きもせずにいた。
3人が見ているのは夏希用の椅子。
そこに夏希が座っていない。
現実に起きたことが信じられない、受け入れられないというのはこういうことを言うのだろう。
夏希用の椅子には夏希が座っているのが当たり前。
いつだってそれが普通。
普通じゃないことが起きることはない。
そんな考えが、空気の中に溶け込んでどこかへ霧散していくような気分。
受け入れたくない。
「……帰ってこないわね」
「そうね」
「そうだな」
夏希がいない。
夏希がいない。
生まれた時からずっと一緒だった夏希がいない。
帰ってこない。
帰ってこない。
なんで帰ってこないの?
夏希の家はここなのに。
夏希の母親は私なのに。
ハーモニーに尋ねてみる。
「……最初に探した場所が不味かったのかな」
「そうかもしれないわね。夏希が飛んでった方を探したけど、夏希だって馬鹿じゃないものね。正直にそっち方面に逃げるなんてことしないわよ」
夏希が庭を飛び出たすぐ後に、私達もすぐにそちらに向かった。
でも私達が出るために庭の機能を解除するのに時間を取られてしまった。
必死に逃げるであろう夏希を追うには、その時間差が致命的になってしまった。
庭の周りの全ての土地を探すというのは、いくら私たち女神でも現実的ではない。
庭の中とは違って隠れる所はいくらでもあるし、せめて大体の方向くらいは分からなければどうにもならない。
そこで、闇雲に探して庭に誰もいないという事態になり、もし夏希が帰ってきた時に出迎える女神が1人もいないというのは不味いだろうということで一旦帰ってきた。
「……やっぱり、庭に帰ってこないでデタラメにでもそこら全てを探すべきだったのかも」
「そうかもしれないけど、夏希が帰ってくる可能性があるのも事実よ。そうなった時に誰もいなければ夏希がまたどこかへ行ってしまうかもしれないじゃない」
「だったら、せめて誰か1人を残して2人が探すべきだったかもしれない」
「今更そんなこと言っても仕方ないじゃない!それに夏希が帰ってきた時に私達がいなければ可哀想だって言い出したのはミューズでしょ!」
「そうだよ! 当たり前じゃない! 夏希が帰ってきて誰もいないなんて、ハーモニーは夏希がもし泣いてしまってもいいって言うの!」
「だったら庭に帰ってきた選択は正しかったじゃない! 今だって、もしかしたらヒョイっと夏希が帰ってくるかもしれないわよ! 『ただいまミューズ。やっぱり外の世界はおっかない所だったよ。僕はやっぱりミューズ達と一緒にここで暮らすことにするよ』って!」
「そうなれば! どれだけいいか! どれだけ…………ああ夏希…………」
「あなた1人が悲しいような顔しないでよ!」
「私が1番悲しいんだからしょうがないじゃない! 私は夏希の母親なんだから!」
「! あなた……」
「ハーモニーとフォルテには分からない! 母親の気持ちなんて!」
「……取り消してちょうだいミューズ。私もフォルテも、夏希を自分の子供だと思って愛情を注いできたわ」
「本当のことでしょ! 夏希の母親は私1人! 夏希がいなくなれば私には何もない! あんた達2人には私の気持ちは分からない!」
「あなたって人は……」
「夏希……なんでここにいないの夏希……会いたいよぅ……」
「言うかどうか迷ったけど、言わせてもらうわよ。あなたのその過剰な溺愛ぶりが、今回の原因なのかもしれないのよ」
「…………なに言ってんの?」
「言った通りよ。出ていった時の夏希を思い出してみて。あなたの夏希に対する愛情は過剰過ぎる。それが夏希がここを出た理由の可能性が高いわ」
「……………………なに言ってんの?」
「夏希はもう15よ。私達にしてみればこの前まで赤ちゃんだった感覚だけど、夏希にしてみれば、もう大人になっているのにいつまでも赤ちゃん扱いされている状態に嫌気が差してもおかしくないわよ。私もフォルテもあなたと同じくらい夏希を愛しているけれど、それでもあなたほど前面に出しはしなかった。住む家も夏希とは別にした。それは夏希が嫌がるかもしれないと思ったからよ」
「まだまだ夏希は子供だよ! 母親が愛情を注いで何が悪いの!」
「ほらそれよ。何かと言えば母親母親。母親だから愛してる。母親だから夏希は自分の物。母親だから。母親だから。私だって聞いていてウンザリするのだから、夏希にしてみればそれはそれは重いはずよ」
「ハーモニーもフォルテも、さっき私が夏希をお仕置きする時には何も言わなかったじゃない! 夏希が出て行ってしまったからって、急に私だけのせいにするのはやめてよ!」
「あなただけのせいになんかしていないわ。あの時は私も、夏希をここから絶対に出したくなかった。それは本音よ。当たり前じゃない。でも、普段のあなたの夏希への態度が今回の原因になってしまった可能性は高いという話をしているのよ」
「そんなこと……ない……!」
「そんなことあるわよ」
「……じゃあ何? ハーモニーはこう言うの? 夏希を庭からは出さないけど、夏希への愛情を適度に抑えて夏希が息苦しくないようにして、外への興味を持たないようにするべきだったって」
「ええそうよ。そうすれば、少なくとも夏希があそこまでして庭から出るような事態になならなかったわよ」
「そんなの分かんない! 愛情があるのにそれを抑えるとか! 意味分かんない!」
「分かってよ。分からなかった結果が今の状態なんだから」
「……分かんないよ。分かんない。それに、じゃあ……じゃあって言い方はおかしいかもしれないけど私も言わせてもらうけど、私の愛情が夏希を追い詰めたってハーモニーは言うけど、ハーモニーはどうなのよ」
「どういう意味よ。さっき言った通り私はミューズみたいに過剰な愛情の押し付けはしていないわよ」
「愛情の押し付け……言ってくれるね……まぁいいわ。じゃあ言うわよ。私が夏希を産む時に、なぜハーモニーとフォルテも一緒に住むことにしたんだっけ? 忘れてないわよ。あれはハーモニーの提案だったよね。夏希が将来、見たこともない女神と結婚させられるのは可哀想だって。だからハーモニーとフォルテも一緒に住んで、夏希は将来好きな方と結婚すればいいようにしようって、そう言ったわよね」
「…………」
「だから時々、ハーモニーは『夏希の子供が生まれたら~』なんて話を夏希にしてたんだよね。夏希にとっては不思議だったと思うわよ。一生この庭から出さないって言われてるのに、何で自分の子供の話なんてするんだろうってね」
「…………」
「それだって、十分過ぎる程に夏希を追い詰めていたんじゃないの? 私の愛情が夏希にとって重かったと言うんなら、生まれながらにして結婚相手を決められてるような状況だって重いはずよ。詳しいことを夏希に話していないとはいえ、ね」
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「気のせいかな叢雲。何かどこかで大変な事態が起きている気がするんだけど」
「奇遇じゃな主様。儂も、何か得体のしれぬ悪寒を感じておったところじゃ」
「なんだろうね」
「なんじゃろな」
「何かは分からないけど、あまり関わり合いになりたくないね」
「同感じゃな」
「でも、なぜか関わってしまいそうな予感がするんだよね」
「何やら猛烈に嫌な予感がするのぅ」




