その頃のミューズ達・2
言ってはいけないことを言ってしまったかな、と思った。
ハーモニー・フォルテが私と夏希と一緒に暮らすことにしたのは私も賛成してのことだったし、夏希にとってきっとその方がいいと思っていたし。
夏希は、いつか女神と結ばれなければならない。
それは、夏希が産まれた時から決められていること。
……いいえ、それよりも前から決められていること。
可哀想。
会ったこともない女神と結婚させられるなんて夏希が可哀想。
決められているとかそんなことは、女神の都合であって夏希には関係ないのだから。
なら、夏希が赤ん坊の頃からハーモニーとフォルテも一緒に住めばいい。
産まれた時から一緒にいればそりゃ懐く。
好きになる。
家族だもの。
夏希がお年頃になったら、どちらか選べばいい。
家族と結ばれるのは変かもしれないけど、そんな世間の常識は夏希には教えなければいい。
会ったこともない女神と結ばされるよりはずっといい。
とてもいいアイディア。
そう、私とハーモニーとフォルテは考えたんだ。
ハーモニーが口を開く。
「私とフォルテが結ばれる相手として用意されている状況は、夏希にとって重荷だったの……かしら……」
「いや、ごめん。私がちょっと変なこと言った。夏希にとってそれが幸せになると思ったのは私も同じだよ。今更そんなこと言うのは卑怯だった。……でも、私の愛情が夏希にとって重すぎて、それで夏希が逃げ出したっていうのは……ちょっとキツい……」
「私も言い過ぎた。ミューズの夏希への愛情がまるで悪いことのように言ってしまったわ。悪いのは愛情そのものじゃなくて、夏希の気持ちを思いやってあげられなかった私達全員の鈍感さが原因よね。まったく、女が3人もいてこのザマだもの。笑っちゃうわよね」
「愛情さえたくさん注げばいいと思っていたんだけどなぁ」
「逃げられちゃったわねぇ」
「3バカ女神だね」
「救えないわねぇ。まったく」
「夏希、今頃どうしてるかな。元気にしてるかな。ご飯ちゃんと食べられているかな。どこか痛くて泣いてないかな」
「叢雲が一緒だったのは今考えるとせめてもの救いだったわね。夏希1人だったらと思うとゾッとするわ。きっと叢雲は人の形になって、夏希と一緒にいてくれているはずよ」
「うんそうだね。武器も相談相手も何もないなんて最悪の状況ではない。叢雲が上手くやっていてくれればいいんだけど……」
「叢雲は私達よりもずっと経験豊富よ。きっと大丈夫よ」
うんそうだね。
夏希が1人ぼっちで泣いてることは、少なくともない。
叢雲は武器としてはこれ以上は望むべくもないし、話し相手としても相談相手としても最適だろう。
子供が持っても、ただ振り回しているだけでそこらの低レベルモンスター相手になら勝てる。
庭の周りには中位以上のモンスターは出ないから安心だし。
ただ……
「胸、大きいんだよね叢雲」
「そうね。大きかったわね確か」
「私達よりも大きいわ」
「そうね。私達よりも大きいわ」
「大丈夫かしら」
「大丈夫かしらね」
「変なことになっていないかしら」
「叢雲って、自由奔放な性格なのよね」
「刀なのに」
「刀なのにね」
「叢雲もきっと夏希のことはお気に入りよね」
「そもそも守り刀だし、お気に入りというか、たくさん可愛がるでしょうね」
「胸、大きいし?」
「可愛がる時にあの胸は便利でしょうね。私達がいくら夏希を抱きしめても、ああいう包み込む感じにはならないわよ……」
「心配ね」
「そうね。心配だわ。主に夏希の貞操的な意味で」
私とハーモニーでその後もあーでもないこーでもないと話していると、フォルテが初めて会話に入ってきた。
「落ち着いたか? 2人とも」
「ええ、なんとか。フォルテはずっと黙っていたけどよかったの? 何か言いたいことあるんじゃない?」
「いや、考えていただけだ。夏希のこと、私達のことを」
「そう。何か考えはまとまった?」
「いや、まとまらない。ただ考え込んでしまっていただけだ。夏希の幸せとは何だろう、私達が夏希にしてあげられることは何だろう、とな」
「夏希の幸せ……」
「ミューズとハーモニーは、愛情が重かったから夏希は逃げ出した、結婚相手が最初から決められていたことが夏希にとって重荷になった、そういうことを話していただろう」
「そうね」
「そういうことを全部踏まえて、夏希にとって幸せとは何だろう、とな……そして、夏希の幸せは私達の幸せと思ってあげられるのか……そういうことを考えていた」
「夏希の幸せと私達の幸せは違う?」
「分からない。分からないが、私達はこう考えていたはずだ。『夏希の決められている未来は仕方のないことだ、ならばその運命の中で、できるだけ夏希が幸せになれるようにどうにかしてあげよう』と」
「そうだね。私達が夏希へ愛情を注ぐのはそういうこと。どうしょうもない確定した未来を持つ夏希が、できるだけ苦しまないように、私達が側にいてあげて、楽しく過ごせるようにしてあげたい、そういう気持ちからだね」
「私は、そこからして疑問に思ってしまった」
「……」
「なあ、ミューズ。ハーモニー。ルールとか世界とか、どうでもよくないか?」
「……」
「確かに、決められたルールの中で夏希が幸せになれるように私達が頑張るのは大切だと思う。本来の私達の役割を考えれば間違ってない。それが正解だ」
「……」
「だがな、私はもうそういうのがどうでもよくなったよ。夏希がずっと笑顔でいてくれるなら、もうそれだけでいいんじゃないかってな」
「……」
「他の女神も何も関係ない。もし夏希が女神と結ばれるのを嫌だと言ったら、もうそれで終わりでいいじゃないかと、そう思う」
「……」
「こう考えるようになったのは、こういう状況になったからだろうな。こういうことにならなければ、決してこんな考えは浮かばなかっただろう。大したものだよ、夏希は。私達なんかよりもずっと凄い。女神なんかよりもずっと、だ」
「うん、そうだね」
「夏希は運命に抵抗してみせた。人には絶対に出られないように作られたこの庭から脱出してな。夏希をこの庭に無理やり連れ戻すのは、やろうと思えば出来るかもしれない。けどな、私は夏希の気持ちを踏みにじってまでそうする意味があるのかと、そう思う。男が決めたことを、母親とその仲間が曲げてしまうことは、正解なのだろうかと」
「夏希の気持ち……」
「なあミューズ、ハーモニー、どう思う。私はここまで考えはしたが、どうしても考えがまとまらない。いや、正直に言おう。決心がつかない。私達はどうしたらいいんだと思う」
「私達はどうしたら……」
私とハーモニー、フォルテは黙り込む。
フォルテの言う「決心」。
その意味は分かる。
だが、それはとても重いもの。
女神にとって、何よりも重いもの。
私達はどうしたらいい。
どう動く。
だけど……
そんな迷いは、実のところ迷いではない。
ただ怖いだけだ。
そう、怖いだけ。
迷っているフリをしながら、怖がっているだけなのだ。
ならば、答えは既に決まっている。
答えは既に決まっていながら、歩き出せないだけ。
それはただの臆病者だ。
私は夏希の母親。
夏希の幸せが私の幸せ。
ここで決めなきゃ女がすたる!
「夏希に会おう。夏希と話そう。そして……場合によっては全女神と世界を敵に回す。それでいい?」
「いいわ」
「それで構わない」




