叢雲先生の世界講座・2
跳ね上がった心臓が、早くなった鼓動を止めない。
人の身体というのは心によって大きく変化するのだということを、身をもって理解する。
しかしなんだ?
七都市?
そんな物は僕には何の関係もない。
少なくとも今までの僕には何の関わりもなかったはずだ。
都会に憧れて庭から飛び出てきた僕が、シティ感溢れる都市の話を聞いて舞い上がったとか?
……馬鹿馬鹿しい。
今は何も考えないでおこう。
深く考えても意味がない。
意味がないどころか考えるのは毒になる気すらする。
叢雲と話そう。
それがいい。
叢雲と話をするのは楽しい。
庭から出て、1番良かったと思えるのは叢雲が人の形になり、こうして会話してくれるようになったことだ。
ミューズ達に甘やかされた僕がこうしてモンスターと曲がりなりにも戦いながら旅をしていられるのはほとんど全て叢雲のお陰だ。
身体が疲れれば抱きしめてくれるし、心が疲れれば励ましてくれる。
僕が知らないことを教えてくれるし、それは必ず僕のためになることだ。
この早くなった鼓動と、焦燥感にも似た妙な気持ちも、叢雲と話せばきっとそのうち消えてくれる。
「七都市か。凄い場所が世界にはあるんだね。ミューズは教えてくれなかったよ」
「そうじゃろうな。あの3女神は教えなかったろうな」
「七都市は、やっぱり人がいっぱいいて栄えているんだよね?都市っていうくらいだし」
「それはそうじゃ。他の街や村と比べればもちろん栄えておる。人も物もたくさんじゃ。主様が見たら最初は圧倒されるかもしれんの」
「そこがちょっと疑問なんだけどさ、腕利きの戦士が迷宮や塔や城から都市を守っているのは分かるんだけど、それでも危ないわけじゃない。住んでる人は、七都市じゃないところに移住してそこを新たな都市にしようとかそういうことにならないのかな。僕だったらわざわざ危ない所で商売や生活をしたくないなって思うんだけど」
「そんなのは簡単な理由じゃ。都市が都市として機能するために必要な施設を、全部七都市に集めてあるんじゃよ。法を作るための議会を開く議場、商売をするための手続きで必ず訪れねばならぬ役所、各種ギルドの本部……分かりやすいところでいえばこんなところかの」
「必要な施設を全部七都市に……」
「そう。商売をするにしても何をするにしても、役所に行って許可やら認可を貰うことが多いでの。別の場所に住んだところでどうせそういったことにために七都市へ行かねばならん。商売人が一番嫌う『つまらない無駄』というやつじゃな。許可を貰うために何日もかけて役所に往復とかアホらしいじゃろ。ギルド本部は言うまでもないの。商人のギルドにしても職人のギルドにしても冒険者のギルドにしても、本部がそこにあるのなら有力な商人や職人や冒険者は七都市に集まらざるを得ないわい」
「んー、なんか難しい……」
「あー、主様はそんなこと覚えなくていい。七都市は都会だなーそこに行けば僕もシティボーイかーワクワクしちゃうなーくらいに覚えておけばいい」
「僕のことアホの子だと思ってるでしょ!」
「世間知らずだとは思っとるが、アホだとは思っとらんぞ」
「ならいいけど……」
「それに子供はアホな子ほど可愛いというじゃろ」
「母親的愛情? それにやっぱりアホの子だと思われてるんだね!」
「アホでもアホでなくとも主様は可愛いからどうでもいいわい」
「僕にとっては大切なことだけどね!」
「それにしても、アホノコ、ってなんか茸みたいじゃよな」
「…………そうかなぁ」
「そうじゃよ」
「アホノコが茸ねぇ」
「食べると一時的に賢さが半分になる効果とかがありそうじゃな」
「名前からして食べたくならないね」
「茸は、胞子というもので増えていくらしいの。植物でいう種みたいなもんかの」
「そうなんだ」
「外部からの刺激を受けることによって胞子を噴出する茸があるらしいの」
「叢雲は茸に詳しいんだね」
「中には、液体に胞子を含ませて液体が流れ出ることで胞子をばら撒く茸もあるらしいの」
「自然の神秘だね」
「主様の茸も胞子を……」
「はい叢雲さんストップで」
「えー」
「えーじゃなく!」
「儂は、何かちょっとナイーブ気味になっておる主様を励まそうとだな」
「ありがとう! でも普通にしてくれてていいから! 気持ちは嬉しいけど!」
「残念じゃのう」
「この前も言ったような気がするけど、僕も年頃の男の子だからね、デリケートに扱ってよ……」
「生娘みたいなことを言うのう主様は。そもそもあれなんじゃよ。主様にとって一番身近な女は儂なんじゃから、そういう話をしたっていいと思うんじゃがのう。自然な流れじゃよ自然な」
「確かに一番身近だけどさ……一番というかむしろ叢雲しかいないんだけど」
「そうじゃろ?」
「とりあえず話を戻そうよ」
「茸の話じゃったか?」
「ちょっとしか戻ってない! 七都市の話だよ!」
「七都市の話とかつまらんわい」
「身も蓋もない!」
「んー、七都市で話すことは他に何かあるかのう。ああそうじゃ、さっき重要な施設やらが七都市に集められているから栄えてるって話をしたじゃろ?」
「うん」
「そういうことをするには、当然強力な権力が必要になるんじゃ。役所やギルドの場所まで強制的に決められるような権力が、な」
「確かにそうだね」
「七都市にはそういった強力な権力を持つ貴族がそれぞれ一家ずつ存在する。他の貴族よりも遥か格上の貴族がな。そいつらが、七都市を世界最大の都市たらしめているわけじゃ。都市だけでなくこの世界でのトップじゃな」
「偉い貴族様がいるんだね。その人達が七都市のことを決めていると」
「そうじゃ。七都市と同じく、こっちも単純に七貴族と呼ばれておる。他の貴族と区別するためにな」
「七貴族……」
「とまぁこんなところじゃ主様。もういいじゃろ?後は主様が自分の目で確かめればええ」
「うん……」
「じゃ終わりじゃ」
「いや、やっぱり七貴族の話とかもう少し……」
「えー七貴族とかどうでもいいじゃろ?偉い貴族が大きな都市を治めています、というどの世界のどの国でも当たり前の話じゃよ」
「そうかもしれないけど」
「つまらん!叢雲先生の世界講座はつまらん!」
「つまらなくないよ!大切な情報だと僕は思うよ!」
「なにがつまらんて儂がつまらん!」
「先生!生徒の前でそういうこと言うのはいけないと思います!」
「茸の胞子の話でもしとった方が100倍マシじゃ!面白い!」
「なぜそこまで叢雲が茸にこだわるのか分からないよ!」
「茸は生命誕生の神秘そのものじゃ! 面白くないわけがない!」
「え? 茸にそんな神秘が?」
「もちろんじゃ! 主様の茸も生命誕生の……」
「もう嫌だこの伝説の剣!」
……とすったもんだしながら僕と叢雲は街道を目指す。
叢雲と話していたら、さっきまでの焦りにも似た嫌な気持ちは、いつの間にかなくなっていた。




