川があったので体を洗おう
それから僕と叢雲は、ツノウサギを狩りながら移動し続けた。
幸いゴブリンが出たのはあの1回きりだった。
慣れというのは偉大なもので、ツノウサギ相手ならそれ程苦戦しなくても勝てるようになってきた。
不意打ちが可能な時は出来るだけ不意打ちでいく、という方針は変わらないのだが、不意打ちから斬りつける成功率がかなり上がってきている。
脚力が短時間で物凄く強化されたというのは考えにくいしその実感もないので、タイミングなどの勘が身に付いてきたのかなと思っている。
叢雲も、『タイミングが合えばスピードは特に必要ないんじゃ』と言っている。
スピードが必要ないって感覚はいまいち分からないけど……というか絶対に必要だと思うんだけど……とにかくツノウサギ狩りの成功率が上がっているのは事実なわけで、単純にそれは嬉しい。
合間を見つけて燕返しの練習もしている。
叢雲を握ってさえいればいつでも練習できるからね。
今の僕の燕返しは、叢雲曰く『けっこう早い二連撃』らしいので、せめて『かなり速い二連撃』にしたいのだけど、なかなかそうすぐには無理っぽい。
とにかく速く叢雲を振るおうとしてガムシャラになっていたんだけど、叢雲先生が『まずは速くなくていいからちゃんと考えて振った方がいい』とご教授下さった。
叢雲が言うには、ガムシャラに振ったところで強化されるのは筋肉で、いくら頑張ってもその延長線上に中級に至る燕返しは無いとのことだ。
骨の動き、肉の動きの全てを感覚を研ぎ澄まして読み取りながら、ゆっくりでいいから自分が想像する理想の形で振るのが上達への近道だそうだ。
ツノウサギ狩りといい燕返しの練習といい、叢雲は『スピードいらない派』なんだろうか。
体格にそれ程恵まれていない僕としてはスピード重視の戦い方が向いてると思うのだけど。
いや、刀剣の中での序列一位の叢雲を過去に所有していたのは恐らくは名だたる剣士ばかりだっただろうし、彼らに振るわれた経験のある叢雲が言うのだ、信じて頑張るしかない。
本当のところは序列が高いからじゃなくて、叢雲の言うことだから信じるんだけどね。
そんなツノウサギ狩りと燕返しの練習の日々が1週間程続いた。
食べる物はツノウサギの肉ばかりだったし、水分補給は木から採れた怪しげな果実で済ませていたので、綺麗な水も飲みたいし身体も汚れてきてそろそろ風呂に入りたいな~などと考えていたのだが……
「主様、川があるぞ」
「本当だ!川だ!」
幅は3メートル程だろうか。
底の石がハッキリと見えるくらい綺麗な水の川が流れている。
「これで身体が洗えるよ。泥と汗とで気持ち悪かったからありがたい」
「そうじゃな。服も洗濯して、そこらの石の上で乾かすのがよかろう。幸い天気もいいでの」
「そうするよ。ツノウサギ狩りはちょっと休憩ってことで」
服を脱ぎ去り川に入る。
石鹸がないのがちょっと残念だが、服の汚れが酷いところをゴシゴシと洗っておく。
うん、なかなか綺麗になった。
何日も風呂に入らないとか今までの生活では考えられなかったからね。
というか毎日入っていたし。
そういう生活が当たり前で根が綺麗好きになっているのかもしれない。
これから旅を続けるにしても、食べ物と飲み物、風呂のことは何かしらの対策が必要だなー……と考えたところで、叢雲に尋ねる。
「ねえ叢雲。何で仁王立ちで僕のほうを見ているの?」
「成長確認じゃ」
「……剣の成長具合なら、毎日見ているでしょ」
「主様の体の成長確認じゃ」
「ストレートすぎる!」
「主様、なぜ下着を脱がんのじゃ。下着も洗っておいた方がよかろうに。というかとっとと脱がんか」
「叢雲がそこにいるからでしょ!僕だって下着も洗濯したいよ!岩場とかあるからそっちの方に行っててよ!というか僕が行くよ!なんで腕組みして見てるのさ!」
「なんじゃ。減るもんでもなし、別にいいではないか」
「男と女が逆だよ!」
「赤ん坊の頃からの付き合いじゃ。照れるでない。それに思春期になってからの主様は部屋では裸にならずに風呂場でしか服を脱がんかったからの。儂はずっと刀のまま部屋に置かれていたから、ここのところの主様の成長具合を見ておらんのじゃ」
「部屋では普通スッポンポンにはならないからね!というか部屋ではずっと僕を見てたんだね!さらっと衝撃的事実を明かしたね!」
「いいからとっとと見せんか」
「どこを!もう見せてないところは1ヶ所しかないよ!」
「あー……あれか。あれなのか。主様はあれか。儂にも一緒に水浴びして欲しいと、そういうことか?だからもったいぶっておるのか?じゃったら回りくどいことせんとそう言わんか。儂は体を洗う必要はないがの、主様がそう望むなら全然構わんのじゃぞ」
「深読みがすぎる!大丈夫!叢雲は水浴びしなくて大丈夫だから!錆びちゃうから!」
「水に入ったくらいで錆びるものか。ほら脱いだぞい。一緒に……」
叢雲が服を脱ぎ切る前に僕は岩陰に離脱する。
……叢雲が上着の肩紐に手をかけた時は、その動作の色っぽさにドキっとしてこのまま一緒に水浴びするのもいいかな~とかちょこっと、ほんのちょこっとだけ思ってけど、いくら何でも守り刀にそういう思いを抱くのは不味いだろうという理性が勝った。
これからずっと叢雲とは一緒なわけだしね。
……叢雲は全く気にしなさそうだけど。
とにかく今のうちに下着も洗濯してしまおう。
服だけ綺麗になっても、下着が濡れたままでは気持ち悪くてしょうがない。
服と一緒の石の上に干しておけば、2時間もすれば乾くだろう。
「大きくなったもんじゃ、あの小さかった主様のが」
「…………」
「儂は母でないが、ミューズが主様を可愛がる気持ちがよく分かるわい。子の成長は我が身の喜びじゃな」
「…………」
そりゃそうだ。
岩場に隠れたからハイそこまでよ、となるわけがないじゃないか。
叢雲は僕の真横にある石に腰掛けながら、なぜかウンウンと何かを納得しながら頷いている。
「…………叢雲さん。丸見えなんですが。僕も叢雲も」
「うん?ああそうじゃな。裸の付き合いをして胸襟を開く、ということじゃの。お互いに隠すことなど何もないという、そういう信頼の心中を……」
「いやいやそういうことじゃなく。僕も一応思春期なんで、嬉しくないと言えば嘘になるというか嘘なんだけど、もっとこういうのは、なんというか、色々と繊細な心の機微を大切に、小指と小指が触れただけで照れるとかそういう初期の段階が大切というか、憧れがあるというか、いきなりゴールを目の前に用意されたら戸惑うというか……」
「難しいことを言うのう主様は」
「理解しようとすらしていない!」
「いやいや分かっとるよ。主様は純情な恋とやらがしたいんじゃろ。じゃがな主様、女の裸には慣れておいた方がいいと思うぞ。考えてみい。純情な恋愛の中で、主様がもし色欲に戸惑ってしまっていてはそれはかえってピュアじゃなくなると思わんか?真にピュアな恋をしたいなら、そういったことには慣れておいた方がいい。そうなれば不純物抜きの心と心の恋ができるというものじゃ。つまり目の前にある儂の裸に慣れればいい。そうなれば主様の将来は純情一直線じゃ」
「え? ああ…… え?」
「さ、慣れるがいいぞ。あのペッタンコ軍団の3女神とは違うでの。さ、慣れて真にピュアな恋愛をするのじゃ」
「もうやだこの名刀!」
……とすったもんだあり……
叢雲もなんとか服を着てくれて、僕の服も乾いたので着替える。
体と服が綺麗になると気持ちがいい!
心機一転という感じだ。
「叢雲、どっちに向かおうか。僕としてはせっかく川を見つけたんだし、出来ればこの川に沿って移動したいんだけど」
「うむ、それがいいと思うぞ主様。川があるということは、いずれ街道と合流するかもしれん。馬に水を飲ませるために、街道は川沿いに作られておることが多いのじゃ。平坦で道が作りやすいということもあるがの」
「そうなんだ。街道と合流できれば、いずれ街に出られるね」
「そういうことじゃ。もしかしたら案外と街は近いのかもしれんな。あの3女神はどれだけ辺鄙なところに庭を作ったんじゃと思ったが、さすがにそろそろ道や街があってもいい頃じゃ」
「ちょっとドキドキしてきたよ……いよいよ人に会うのかと思うと」
「うーむ、主様は『人間』に会ったことがないんじゃよな。まぁ別にそんなに構える程のことではない。人間も女神や儂と基本的には変わらんよ。話も通じるしの。ただ、人間は数が多いでの。色んな種類の人間がいるということは覚えておくとよいぞ。良いにしろ悪いにしろ、じゃ」
「分かった。最初に何人かに会っても、それだけで人間全体の印象を決めちゃいけないということだね」
「主様は頭がいいの。そういうことじゃ」
「じゃあ川に沿って移動開始!目指すは街道!」




