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ウサギとの死闘

 こうして僕は全身に自由を感じながらミューズの過保護生活から旅立ってみたわけだけど。

 それまでずっと何不自由なく暮らしてきた箱入り息子……文字通り箱に入っていたわけだけど……が身一つで飛び出せばどうなるかというと。

 もちろん色々と困る。

 当然のように困る

 人間らしい生活をしたいとか冒険をしたいとか女の子とお知り合いになりたいとか、そういうこと以前の問題として困ることが色々と出てくるのは当たり前の話だ。


 さて、とりあえずご飯をどうしよう。

 箱庭でミューズが作ったサンドイッチは食べてあるが、途中から反抗期の息子になってしまったので満腹にはなっていなかったし、そうでなくとも人間は1日に3食食べる必要があるのだ。


「のぅ主様。どうするつもりじゃ?儂も今の外の世界がどうなっとるか詳しくは分からんが、多分じゃが歩いてすぐの所に人間が集まってる街などはなかったはずじゃぞ」


「僕も考えていたところだよ。なにせ本当に身一つで飛び出してきたからね。家出少年だからね。行き先も分からぬままだからね。叢雲がいてくれて本当に良かったよ。叢雲がいてくれなかったら突然明るいところに放り出されたダンゴムシ状態だったよきっと」


「儂がいてもダンゴムシ状態なのにあまり変わりはないと思うが」


「干からびてしまう……」


「とりあえずの問題は食事じゃな。じゃがの、実のところ食事より先に問題になることが起きる可能性が高いぞ主様。主様は庭にずっといたからピンとこないだろうが、世界には当然のようにモンスターが出るからの。もちろん知っておったよな?」


「ミューズ達に聞いたり本で読んだから知ってはいるよ。だけどモンスターってのが具体的にどういうものかは実はよく知らない。ミューズはお外は怖いからずっとここに私達といましょうね、くらいのことしか教えてくれなかったし、読んだ本もモンスターの存在は書いてあったけど、どういうモンスターがいてどういう危険があるかとか、そういうことまでは書いていなかったからね」


「うーむ。あの女神にも困ったもんじゃな。何が起こるか分からんのじゃから、もし主様が外に出てしまった時のことを想定して、基本的なモンスターの対処くらいは教えておいてくれたもよいのにの」


「そうなることなんて考えなかったと思うよ。だって今日の今日まで僕はそんな態度を見せなかったわけだからね。良い子だったからね僕は」


「ま、過ぎたことを言うてもしょうがないの。さて、モンスターじゃが……まず祈ろうか、主様」


「祈る?」


「そ、もう祈るしかない。そのうちモンスターが儂らの前に現れるのは間違いない。問題はどういったモンスターか、じゃ。もし高レベルのモンスターが出てしまったら、残念ながら今の主様では対抗できんじゃろう。できるだけ弱いモンスターが現れてくれて、それも連続で表れてくれて、少しずつ主様の経験値を貯めていくというのが理想じゃな」


「え、でも叢雲がいるでしょ。叢雲で斬ったらどんなモンスターでも真っ二つじゃないの?」


「あのなぁ主様。確かに儂は刀剣の類の中での序列一位じゃ。じゃがの、刀である以上は持ち主の技量に左右されるのは当たり前じゃぞ。例えばの話じゃが、赤ん坊が儂を振るっても何をすることもできん。過去の持ち主の中には、斬る以外の特殊な方法で儂を使いこなした者もいたがの、それは少数派じゃ。今の主様には儂を振り回してモンスターを斬り伏せることしかできんじゃろ?それは主様の技量だけが頼りになるわけじゃ」


 さらっと序列一位とか言ってたね、今。

 分かってはいたけど、やっぱり凄い刀なんだな叢雲って。

 うーん、でも困ったな。

 その序列一位の叢雲先生を振るったとしても、僕の技量が足りなくてモンスターに勝てないケースがあるわけだ。

 いや、叢雲の口ぶりからすると勝てないケースがあるどころか弱いモンスター相手にしか通用しないのがほとんどというところか。


「というわけで祈るのじゃ主様。できるだけ弱いモンスターに遭遇しますように、とな。ナムナム……」


「ナムナム……できるだけ弱いモンスターが出ますように……神様仏様女神様……」


「女神はどうかと思うぞ主様」


「僕もそう思った」


 と、その時。

 目の前の草原がバサッと音を立てた。

 明らかに何かいる。

 僕の人生初めてのモンスター遭遇の予感。

 弱いモンスターでありますように!せっかく庭から逃げ出したのにこんな序盤で終わりじゃ納得できないからね!

 そして、モンスターは草からヒョイっと頭を出した。


「おおお!祈りが通じたようじゃぞ主様!あれはツノウサギじゃ!弱い!あれは弱いぞ主様!あれなら主様といえども何とかなる!良かったのう!さて、儂は刀に戻る!存分に振るってくれい!」


 そう言うと叢雲は本来の刀の姿に戻る。

 ガシっと叢雲を握りしめ、目の前に現れたツノウサギと対峙する。


「ウサギか。良かった。これなら僕にも何とかなりそう」


「油断するなよ主様。ウサギの姿をしておるがこやつも正真正銘のモンスターじゃ。気を引き締めていくのじゃ」


「分かったよ叢雲。さて……じゃ、いくよ!」


 叢雲を横薙ぎにしてツノウサギに襲いかかる。

 当たれば間違いなく僕の勝ち。

 ツノウサギには悪いが、持っている武器が圧倒的だ。

 当たれば勝ち、という絶対的優位なのだ。

 当たらなくても、ウサギは攻撃を避けようとして後ろに下がるだろう。

 そうなれば追撃すればいい。

 当たるまで追撃し続ければ、いつかは勝てる道理だ。

 しかし。しかしだ。


「え?」


 予想外にも、ウサギは叢雲による横薙ぎの一閃を当たりもせず後ろに避けることもせず、前に飛び出してきた。

 そして、そのまま僕の顔に後ろ足で蹴りを叩き込んできたのだ。


「うぐぅ!!」


「主様!」


 ツノウサギは僕の顔に蹴りを叩き込んでそのまま着地、

 そして僕のスネにまた蹴りを叩き込んできた。

 

「いたああああああああああ!!」


「主様!!」


 スネへの強力な一撃をもらい、僕はその場にへたり込んでしまった。

 ツノウサギは当然のように追撃をかけてくる。

 背中、顔、腹など、ところ構わず後ろ足での強力な蹴りを叩き込んでくる。


「主様ああああ!!!」


 ヤバいヤバい。

 一撃で意識を刈り取られるようなことはないが、このまま何もせずに防戦一方だといつかは僕の体力が尽きてしまう。

 死なずとも意識を失えば、それは死んだも同然だ。

 苦し紛れに僕は叢雲を闇雲に振り回す。

 ツノウサギは一撃当たれば終わることをよくよく分かっているのか、一旦距離を取った。


「なんという弱さじゃ主様!正直ここまで弱いとは儂の予想を超えておった!さすがじゃ!」


 さすがって……

 いや、当の僕もまさかウサギにフルボッコにされるとは思っていなかったけど。

 これ、弱いモンスターなんだよね?

 祈りが通じて弱いモンスターが現れてくれたんだよね?

 それでもこれかぁ。

 これが今の僕の実力ってわけかぁ。

 こりゃ相当に鍛えなくちゃ冒険どころの話じゃない。

 家出してきたら力不足でウサギに殺されましたじゃ冗談にもなりゃしないよ。


「まずはウサギを何とかしないと、鍛えることもできやしない……」


 ミューズに放ったことのある、袈裟斬りからの切り返しの技。

 あれを使おうと思ったが、多分ツノウサギには通用しない。

 ミューズは回避不能技とか言っていたが、ツノウサギは的が小さすぎる上に、多分一撃目の袈裟斬りを放つ前に蹴られてしまう。

 そうなると、僕にできることは限られてくる。

 そうだな。もう見た目とか気にしてらんない。


「当たれええ!!」


 僕は地面にある手頃な大きさの石をツノウサギに投げつけた。

 1回、2回、3回……当たらない。

 当たらなくても、どんどん投げる。

 石以外にも、草を引っこ抜いて、土の付いたまま投げたりする。

 刀が当たらないんだから、これしかない!

 ここで魔法なんて使ってもし避けられたらそれで終わっちゃうからね。

 多分避けられるし。


「それ!それ!当たれ!」


 20個くらい石を投げ、土の付いた草も投げていると……

 土がツノウサギの目に入ったらしく、ツノウサギが怯む。

 ここしかない。


「叢雲頼むよ!」


 一気に近づき、叢雲を叩きつける。

 綺麗な太刀筋とか、そういうの関係ない。

 ひたすらにウサギに向けて叢雲を叩きつける。

 鉄の棒使ってるのと一緒だ。


「主様。もう終わっておる。というか一撃目でもう終わっておったぞ」


「はー、はー、はー………勝てた?」


「うむ。勝った。喜べ。主様の勝利じゃ」


「やったあああああ!!」


 モンスターに勝った!

 勝ったぞ!

 庭から出て、初めて何かを成し遂げた!

 ミューズもハーモニーもフォルテもいなくても、僕は何かをできた!

 

「ツノウサギ相手にここまで死闘を演じたのは、少なくとも儂の歴代の持ち主の中では主様が初めてじゃ。まぁ勝ち方などどうでもよいな。とにかく勝ったぞ主様」


 褒められているのかどうかちょっと分からないけど、叢雲の言う通りだ。

 勝ったんだから、みっともなくてもいいじゃないか。

 ゲームをしているんじゃない。

 負ければ死ぬのだから。

 綺麗にとか華麗にってのは、もっと強くなってから気にすればいい。

 今は勝つこと、生き抜くことが重要なのだ。


「これで食事の心配もなくなったのう。相手がツノウサギで良かったわい。さ主様、火を起こしてくれい」


 どうやら食料調達にもなったようだ。



 

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