叢雲と話そう
「昆虫系のモンスターじゃと、倒しても腹は膨れんからの。ツノウサギが相手で良かったわい」
ミューズの言う通りだ。
ウサギの肉は、食べることができるのだ。
先程まで死闘を演じていたツノウサギの肉には、僕の血肉になってもらうことにしよう。
「いやしかし主様、ちょっと考えた方がいいの。ツノウサギはモンスターの中でも最弱の部類じゃ。それを倒すのに上位モンスターを相手にするが如くの死闘をしていたんでは、ここから先が思いやられるわ。人間の住む街に行くのが当面の目標というのは変わらんが、できるだけ弱いモンスターを相手にして主様を鍛える必要があると儂は思う。1回負けたら終了じゃから無理は禁物じゃが、慎重に主様の経験値を貯めていくことにしようの」
「うん、僕もそれがいいと思う。正直、ウサギが出てきた時は楽勝かな~とか思っちゃったんだ。それがあれだからね。近くに石が転がっていてくれなかったらもしかしたら負けていたかもしれない」
「それとな主様。儂は決めたぞい。主様はあの女神たちの過保護から逃げてきて今ここにいるわけじゃが、ちょいと儂も過保護になろうと思う。儂は主様の母親ではないが、それでも生まれた時からの守り刀じゃ。息子と思って大切に育てていこうと思う」
「ミューズ、ハーモニー、フォルテに続いて叢雲まで過保護に……いや、ありがたいことだよね。ウサギ相手に苦労する僕なんだから。叢雲には色々と教えて貰うこともあるだろうし、お言葉に甘えて過保護にしてもらうことにするよ」
「そうじゃぞ主様。本来はな、過保護というのは今のような厳しい状態でこそ意味があるのじゃ。あの箱庭で女神達がしていたのは、過保護というよりも猫可愛がりじゃ。夏希かわいいかわいいかわいいよ~と、そういう感じじゃ。じゃから儂は、主様をちゃんと『保護』するぞい。戦い方から心構えから、そういうことを教えながら保護をする。主様が死なぬようにな。主様を絶対に死なせるわけにいかんというのは、儂もあの女神達と同じじゃからな」
「うんお願い。頼りにしてるよ叢雲」
「うむ、それじゃ主様、儂の胸に甘えよ。過保護第一弾じゃ」
「え?」
「え?じゃないわい。ほら来い。初勝利のご褒美じゃ」
「え、いや……」
ミューズは僕の頭を抱えて胸に抱きしめた。
力強くもあり、それでいて優しく優しく、両腕で僕の頭を抱きしめる。
「よう頑張った。今日の主様は本当によく頑張った。儂はの、主様の前に姿を現すことなどないと思っておったんじゃ。あの女神たちと一緒にいる限りは儂の出番はないからの。刀のまま喋ることもせず、ただ横で主様を見守っていて、それでいつか主様は命を終えると、そう思っておったんじゃ。それがの、主様は自分の力であの庭を抜け出した。儂は守り刀なのに、その手助けはせんかった。それでも主様は抜け出して自分の人生を歩み出してみせた。男じゃぞ主様。主様は自分の力だけで、男としての生を手に入れたんじゃ。女神たちに猫可愛がりされて何不自由なく暮らしそれで生を終えて何が男じゃ。儂は主様の生きたいように生きるのに協力する。男として生きるのならば、危険は当たり前じゃ。あって当たり前のものじゃ。それでもよい。よいのじゃ。1度もその血を沸かせずして、何が男の人生じゃ。儂はな……儂が全力で守って、それでももし主様が命を落とすことになって世界が終わったとしても、それでも構わんと思っておるよ。女神も世界もどうでもいい。これから儂は主様だけを守る『守り刀』として主様の横におるよ」
「……ありがとう叢雲」
「儂の胸、大きいじゃろ?」
「え?話変わったの?お、おおき……大きい……の、のかな!う、うん!」
「この胸は主様を抱きしめるために大きいのじゃなきっと。それ以外に使い道などなかろう。儂は子を成すこともないのじゃからの。頑張った主様を抱きしめて、それで主様が少し安心していられる時間が作れれば、それは役に立つというものじゃ。これから主様は色々と頑張らねばならんからの。男の子は強いが弱い。強さを目指すためには周りがちゃんと守ってやらねばならぬのじゃよ。矛盾するようじゃがな。特に真っ直ぐに強くなるためには、儂のような存在が主様にはこれから先必要になろうて」
「真っ直ぐに強く、か。確かに誰かがちゃんと見てくれていないと、僕なんかすぐに曲がっていってしまうかもしれない。せっかく庭から出られたのに、曲がりくねって成長したくはないものね。いつかミューズに会った時に『やっぱり夏希が不良になっちゃったよー!』とか泣かれたくないし」
「安心せい。曲がりそうになったらゴキっと矯正してやるわい」
「ははは……ゴキっとね。うんお願い。ゴキっとやっちゃって」
魔法で火を起こして木を燃やすのにはちょっと苦労した。
木が燃えるまで魔法で熱し続けるのは効率が悪いし、僕の魔力が尽きてしまう。
乾いた葉っぱを見つけてきてそれを下敷きにして木を上に組み立てる。
多分だけど、外でモンスター狩りなどをする人などはもっと上手くやれるのだろうけど、今の僕にはこれが精一杯。
少しずつ上手くなっていこう。
火を起こすのもモンスターを倒すのも。
ウサギの肉は、味付けを何もしていないのにかなり美味しかった。
叢雲が言うには、倒す時にめった打ちにしたので上手いこと血が抜けてくれたんではないかと。
本来はモンスターを食用にするには血抜きをして上手く解体して、結構な面倒があるらしい。
うん、これもこれからの課題だね。
日が暮れてきたので起した火に拾ってきた乾いた木を焚べる。
もう1度か2度焚べれば朝まで保つだろう。
焚き火を見ながら叢雲と話す。
重要な話など何もない。
叢雲は僕が不安になるような話はしないようにしてくれているようで、ただ話しているだけで心がときほぐれていくのが分かる。
こんな瞬間が、僕に訪れている。
庭から外に出て、ウサギを倒し、その肉を食べ、乾いた木を探し、火を起こし、その火を見ながら女神ではない叢雲と話をする。
昼には草を見るだけで全てが輝いているように感じたが、それは今も同じだ。
火を見ているだけで昨日までではない非日常に身を置く喜びと少しの不安が体を包み、未来は全て未定という今の僕の状況に心が踊る。
他人から見れば、ツノウサギ一匹に苦戦する若者が明日からの予定も何も分からずに途方に暮れているように見えるのだろう。
「主様。そろそろ休んだ方がいいぞ。睡眠不足はご法度じゃ。一瞬の気の緩みと反応の遅れが生死を分けるでの」
「そうだね。火も明るくなるまでは大丈夫そうだし、寝ておくよ」
「こっちに来い。布団も何もないでの。儂に背中を預けて眠るんじゃ」
叢雲は僕を後ろから抱きしめ、自身も寝息を立て始める。
この姿になっている時には睡眠が必要なのだろうか?
少しでも僕が寒くならないようにするためなのか、長い金髪を僕にかけてくれている。
叢雲の体と髪の毛の布団だ。
さあ、明日のために寝よう。
何が起きるか分からない明日のために。




