クワイエット・アーケード - 9
一条遙奏──〈ルカ〉は、結局ひとりで森に入っていった。
それからずっと、暫く、狼の遠吠えや何かが唸るような音以外は、銃声も叫び声も聞こえていない。
銃もナタも両方装備したとは言え、恐らくはネットそのものの初心者であろう彼女に任せて良かったのだろうかと、彼女の姿が木々の向こうに消えてから柴宇良栞はずっと自分を嫌悪していた。
「──こうなると、やっぱ運営ってあんたなの?」と、〈眼鏡〉が急に栞に話しかけた。
自己嫌悪という形で内省していたときに話しかけられたので、必要以上に驚いてしまった。それが〈眼鏡〉に確信めいたものを与えてしまったようだった。
「やっぱり、そうなんだ?」
「……否定しても意味はないですけど、違います」
「どうしてそう思うんだい、〈眼鏡〉くん」と〈ベリアル〉が間に入った。〈ルカ〉が戻ってくるまで無言というのも辛いと思ったのだろうか。
「運営側のプレイヤーは、俺たちに積極的にゲームに参加させたいわけでしょ? そうなると、自ら進んでリスクを取ろうとする人間はそれに当てはまらない。すると、まずはあんた」と、〈眼鏡〉は〈ベリアル〉を指した。「あんたは真っ先にスマホを手に取るってことをした。で、さっきのクレーンゲームでは猫のプレイヤーが落ちた。しかもアプリで選ばれた奴だ。何より、あの落ちる直前の表情、あれは本物だったと俺は思うね。自分は無事だと思ってる人間の顔じゃなかった」
その点については、栞も同意見だった。多分、〈巫女猫〉は運営側のプレイヤーではなかったのだろうと彼女は考えていた。
「じゃあ、残るプレイヤーは四人だ。俺と、あんたと、そこの不思議の国から来たみたいなのと、あの〈ルカ〉ってプレイヤー。まず俺は自分が違うって分かってる。そして〈ルカ〉はこの状況で自らリスクを取った。それなら、残る運営は〈しお〉と〈渦巻うず〉ってことになるだろ」
「それは──私にも同じことが言える」と、栞は反駁した。「私は、私が一般参加者だと知っている。だから、〈眼鏡〉くん、きみが運営に見えている」
「あらまぁ」と〈渦巻うず〉がおどけたように言った。「どちらにせよ、私は運営側ってこと?」
栞の考えでは、そうだった。〈巫女猫〉と〈ルカ〉は、多分運営側ではないだろう。そうなると、〈ベリアル〉と〈眼鏡〉、〈渦巻うず〉の中に運営がふたりいることになる。
〈ベリアル〉については、まだ正直分からない。例えば運営側だから最初のスマホを取る段階には罠がないと知っていて名乗り出た可能性はある。あの状況でまず自分がリスクを取ったように見せれば、後の場面で自分以外の人間にリスクを取らせるように話を誘導するのも簡単だろう。その可能性は否定できない。
だが──。
「──ごめんなさい。やめましょう。運営側のプレイヤーなんて探しても、意味ないです」
栞は、心からそう言った。
このゲームでは、運営側のプレイヤーを見つけても特にメリットがない。それにそもそも、見つけて確定する方法がない。
〈眼鏡〉が言ったように、状況からそれらしい人物に目星を付けることはできる。しかし自分が運営側でないことを知っているのは自分だけで、それに基づいた推理なのだから、説得力は結局イーブンだ。
それに──
「──あの最初にルールを説明した烏、あれはこれまでのゲームにもいました。ゲームのルールを説明してくれる、運営側のマスコットキャラクターみたいなものです。そしてあの烏が言ったことは、絶対に正しいです。そこに、嘘は一切含まれない」
「そりゃそうでしょ、ルールが嘘だったらゲームにならんじゃん」
「はい。でも今回は、ルール説明以外にも言われていたことがありました」
「生き残れるプレイヤーの話だね」と〈ベリアル〉が言った。
「はい」と栞は答える。「ゲームの設計上、生き残れるプレイヤーは六人中四人だという話でした。今、私たちは五人になっています。そして、この草原と森エリアは、明らかにふたりのプレイヤーの脱落候補区間です」
「なるほどね」と〈渦巻うず〉が言った。「つまり、これより先には、大きくプレイヤーの数が減るようなアトラクションはないだろう、ということね」
「そうです。だから、ここを抜ければ、多分脱出は近いと思います。もしも〈ルカ〉さんが無事に戻ってきたら、五人で脱出することだって不可能じゃありません。あの烏も、プレイヤー全員が脱出できる可能性はあると、明言していました。既に私たちは脱出できる公算がとても大きくなっているんです。だから、運営側のプレイヤーなんて、見つけなくても──」
何の前触れもなく、『カチャ』という鍵が開く音がした。
バツのマークが出ていた扉の表示がマルになっていた。
その表示はひとつ前のエリアとまったく同じで、既にその扉を開けて先に進めることは明らかだった。
つまり、〈ルカ〉が森の中で何かに成功したのだ。この扉を解除する何かに。
「〈ルカ〉さん……!」と、栞は無意識に彼女の名前を口にしていた。
だが、まるで応えるかのように、
「あああああああああああ!」
〈ルカ〉の絶叫が、森から聞こえた。
「〈ルカ〉さん!」
栞は急いで森の方へと走った。森の中は薄暗く、木々に遮られて少し先さえ見えない。中に入るべきだろうか、と迷う。中で何かに襲われて、〈ルカ〉が危険に曝されているのではないだろうか、と。だが武器も持たずに中に入ることは、あまりに危険ではないか──
──と、逡巡しているとき、彼女の横を何かが飛んだ。
腕くらいの大きさの何かだった。
何だろう、と思い、ドサッと音をさせて地面に落ちたそれに目をやる。
腕くらいの大きさのそれは、人間の腕に他ならなかった。
〈ルカ〉の左腕だった。




