クワイエット・アーケード - 10
残った四人は、森ではなく解錠された扉に入った。
つまりそれは、〈ルカ〉を見棄てたことを意味していた。
森の中で何があったのかは分からない。だが、それを知ろうと森に入れば自分も同じ目に遭うだろう──と栞は思った。そして、〈ルカ〉を見棄てる決意をした。
自分が生き残ることが最優先だ。
もちろん、できれば助けたい気持ちはある。本当に、本当だ。
例えば〈ルカ〉が片腕を失いながら森から出ようとこちらに向かっていたら、あるいは森の中を少し覗いてすぐに見えるところに倒れていたら、きっと栞は彼女を助けただろう。
だが、彼女は冷静だった。自分が今森に入っても〈ルカ〉を助けられないどころか、自分が犠牲になるだけだろうと分かっていた。
だから、見棄てた。
自分の中でそれをどれだけ正当化しようとしても、罪悪感は拭えなかったが。
〈ルカ〉が開けてくれたのであろう扉の先は、最初に六人が集まったエントランスと雰囲気がよく似ていた。そこにひとつ、大きな両開きの扉があって、その上にEXITと表示されている。
「ようやく出口かよ」と〈眼鏡〉が呟いた。
そうだ、早くこんなところを出よう。外に出て──元の生活に戻ろう。今度こそ、これを最後のゲームにしよう。そうすれば、元通りの──〈バックドア・ゲーム〉を知る前の生活に戻れるはずだ。
自分は、もう充分に社会保障スコアを稼いでいる。それに、〈バックドア・ゲーム〉への参加は強制ではない。次にあのスカウトマンが来たら、言ってやるのだ。もう参加しません、と。
──彼女の本名を、聞かなければ良かった、と栞は後悔した。
このゲームの良いところは、お互いをハンドルネームで呼び合うことだ。ハンドルネームで、アバターを通してコミュニケーションをするとき、やはりどこか、『遠くの人』という感じがする。その距離感のおかげで、必要以上に誰かに感情移入したりもしないし、残酷な決断をすることもできていた。
だが、〈ルカ〉は──一条遙奏は、別だ。栞は、彼女の名前を、現実世界の名前を知ってしまった。何となく、それは現実に戻っても残るような気がした。ネウロウェアを取りはずしたとき、それと一緒に彼女の記憶も取れてくれたら良いのに。
「おい、出せよ! ゴールだろ!」と〈眼鏡〉が叫ぶ声で、栞は沈んでいた思考から浮かび上がった。
「どうしたの?」と〈渦巻うず〉が〈眼鏡〉に近づく。
「どうもこうも、扉が開かないんだよ」
「え?」
驚いた様子で〈渦巻うず〉も扉を押したり引いたりしてみた。
しかしびくともしない。
「なぁ、あれ……」と、〈ベリアル〉が頭上を指差す。
そこは、エントランスに最初に集まったときには【6/6】という数字が浮いていたあたりだった。そこに今は、【0/1】という数字が浮いている。加えてその数字の下に、髑髏が浮いていた。
「は?」と〈眼鏡〉が、苛立ち半分、困惑半分で声を漏らす。
栞は、慌てて周囲を見渡す。すると、少し大きめの、独り掛けのソファのようなものがあった。しかしそのソファには、両手両足の拘束具がついている。その上、ソファからコードのようなものが伸びていて、その先にはスイッチがあった。そのスイッチにも、髑髏が描かれていた。
「え?」と栞も声を漏らした。理解が追いつかなかったからだ。
「どういうこと? 私たち、生き残れるんじゃないの?」と〈渦巻うず〉が言った。誰に対して発せられた疑問でもなかったが、同じことの答えを、確かに栞も求めていた。
いや、冷静になれ。
俯瞰しろ。
「──誰か、あそこに座れってことだよな? で、別の誰かがボタンを押す。そうしたら、この扉が開く」
〈ベリアル〉のその状況整理は、およそ栞が頭の中でしていたそれと一致していた。
そして髑髏マークが意味するところは、恐らく、あのソファに座ったプレイヤーは死ぬ──つまり強制脱落ということだろう。
「それは解答のひとつだと思います」と、栞は、自分で思考を言語化することで考えをまとめつつ言った。「最初のルール説明で、すべてのプレイヤーが生き残れることは明言されています。だから、あるはずなんです。全員が生き残れる方法が」
そのはずだった。
〈バックドア・ゲーム〉において、ルールは絶対だ。
八咫烏が語ったルールには、絶対に嘘がない。
だから、何かあるはずなのだ。
全員が生き残れる方法が──。
──けれど。
「その方法が分からないと意味ないじゃん。どうすんの? ねぇ、どうすんの?」
〈眼鏡〉が錯乱しつつ言った。
栞の頭に、アプリの存在が過ぎる。
こういうときのためのアプリ?
でももし、自分が選ばれたら?
四分の一──二十五パーセントで自分が死ぬ?
いやだ、死にたくない。
何かあるはずなのだ、方法が。
そうだ、今こそ、運営側のプレイヤーを告発し、あそこに座らせるべきではないだろうか。
そう、運営側のプレイヤーは、このゲームで脱落してもペナルティがないのだ。
栞自身の状況からすると、運営側のプレイヤーのように思われるのは〈眼鏡〉と〈渦巻うず〉だ。〈眼鏡〉の立場からは、栞と〈渦巻うず〉が運営の立場に見えているはずだから、〈眼鏡〉と協力して〈渦巻うず〉をソファに座らせることはできるのではないだろうか。
いやしかし、〈渦巻うず〉は、自分が知っているイラストレーターだ。個展にも行ったことがある。とても綺麗なイラストを描く。最近は活動していなかったけれど、こうして存在していることが確かめられた今、これから活動再開も有り得る。そんな彼女が運営側のプレイヤーということがあるだろうか。そもそも、〈渦巻うず〉が運営側だとして、それを〈眼鏡〉と一緒に告発したとして、素直にソファに座ることに応じるだろうか。アプリなら強制できるが、アプリでひとりを選ぶときにはランダムになってしまう。
何か──何か、この場の誰もが犠牲にならない方法は、ないか?
──天啓。
閃くことを、『稲妻が走る』などと言うことがある。
今まさに、栞にそれが走った。
正確には、正解ではないかもしれない。
だが、今この場で選べる方法としては、それが最善だと思った。
「──〈ルカ〉さんの死体を、探しましょう」
栞は、自分でも驚くほど冷たい声でそう言った。
自分の口から出た言葉なのに、他人が喋っているみたいだった。
「どういうこと?」と〈渦巻うず〉が言う。
栞は、できるだけ平静を保ちつつ、自分の考えを述べた。
「これまで、次のエリアに最後の人間が移動すると、前のエリアに戻る通路や扉は消滅していました。でも、見てください。今、それは残ったままです」
栞の言う通り、先ほどの草原・森エリアから移動した扉は、開きっぱなしのまま、まだそこにあった。そこを通れば、先ほどのエリアに戻れるだろうと思われた。
「これにも何か理由があるんだと思います。例えば──死体の再利用です」
「おいおい〈しお〉ちゃん、自分が何言ってるか分かってる?」と〈ベリアル〉。
「分かってます。これから、皆で戻って、〈ルカ〉さんの死体を探しましょう。それを持ってきて、あのソファに座らせるんです。そして、スイッチを押す。それで多分、扉は開く──そうは思いませんか?」
「なるほどね。殺さなくても良いのか」と〈眼鏡〉が若干の冷静さを取り戻しながら言った。「死体でも良いから座らせれば良いってことか」
「そうです」と栞は、残る三人の方を向いて頷いた。「もちろん、あの森に入るのは危険ですし、死体が見つからない可能性もありますが、一度、このやり方を試してみま」
突然、栞の言葉が途切れた。
栞の額に、穴があいていた。
アバターなので、血は出ない。だが、人間にとっての致命傷は、アバターにとっての死だ。
栞は、自分でも死んだことに気付かず、そのまま床にうつ伏せに倒れた。
意識のある人間なら絶対にそうは倒れない、無防備な倒れ方だった。
栞が倒れて、彼女が背にしていた扉が、その場の三人の目に映る。
その扉の向こうから、〈ルカ〉が銃口をこちらに向けていた。




