クワイエット・アーケード - 11
〈ルカ〉が扉を抜けてこちら側に足を踏み入れると、今までのように扉は光の粒子になって消失した。
「何だよあんた──死んだんじゃ──」
〈眼鏡〉が目の前の現実を処理できず、怯えたように言う。〈ベリアル〉も〈渦巻うず〉も、同じように驚いていた。
「それより、早く脱出しようよ。手伝って。死体って、結構重いんだ。それに僕、片腕だし」
その通りだった。〈ルカ〉には右腕しかなかった。
やはり、あの左腕は本物? じゃあ、命辛々何とか生き残ってここまで来たということか──と〈眼鏡〉は考えた。考えた、というにはあまりにも乱雑な思考で、それは傍目から見れば混乱していたと同義だったが。
最初に動いたのは〈ベリアル〉だった。それに続いて、〈渦巻うず〉も動く。結局、そのふたりだけで動かなくなった〈しお〉のアバターを運び、ソファに座らせ、四肢を念のため固定した。
「じゃあ、押すね」と言ってから、誰の返事を待つでもなく〈ルカ〉は髑髏マークのボタンを押した。
電流というものは、普通目に見えない。
だが、人間に大量のそれを流すと、筋肉が痙攣して妙な動き方をする。
そのため、電流が流れているのだな、ということが分かる。
拘束されている、死んでいるはずの〈しお〉の躰が跳ね、暴れ回るのを、四人は見た。
もしかして生き返ったのではないか、と思うほど、躰は元気そうに動いていた。
もし生き返ったとしても、その瞬間に死んだだろうと思うほどの電流だった。
やがて、電流が止まる。
それと同時に、〈しお〉の躰も暴れるのをやめた。
すこしだけ焦げ臭い匂いがする。
その不快臭に〈眼鏡〉が顔を顰めたと同時に、ファンファーレが鳴った。
チープな、癪に障るファンファーレだった。
そして、ガチャンと、大きな錠が開いた音がした。
EXITの扉が、開いたのだ。
「──ゲームクリア、だよね?」と〈ルカ〉が言う。それに答える声はなかったが、状況からそれは明らかだった。
そのまま、誰と話そうともせず、〈ルカ〉は出口の扉へと近づいた。扉を押すと、白い光が差した。これまでの闇とは違うその光は、もちろん仮想世界の光であり、外の世界の光ではない──が、死の匂いがする閉鎖空間から出られることもあって、やはり『外に出られる』という思いが強くなるような光だった。
「待ってくれよ」と言ったのは、〈ベリアル〉だった。「どういうことなのか、説明してくれよ。〈ルカ〉ちゃん、きみは、なんで生きてるんだ?」
その問いに足を止め、〈ルカ〉は振り返る。
「死ななかったからだよ」
「あの森には化け物がいたんじゃないのかよ! だってあんた、左腕──」と、〈眼鏡〉が大声を出す。
「あぁ」と、それで思い出したかのように、〈ルカ〉は蚊に刺されたか日焼けしたか程度の様子で、そこにない左腕を見た。「自分で切ったんだ。ナタで」
「自分で? は? なんで? 意味わかんね……」
「そうしたら、死んだように見えるかな、って。冷静に考えたら腕だけ森から飛んでくるなんて、じゃあ誰が投げたんだって話になるな、って後から思ったんだけど──演出はリアリティの問題だからね」
「いや意味わかんねぇって! なんで死んだふりなんてしたんだって話だよ! それに、森の中は危ないんじゃなかったのかよ!」
「結論を言えば、危なくはなかったよ」と〈ルカ〉は答える。「狼も、化け物も、出てこなかった」
「いやでも、森からは音がして──」
「音がね。狼の遠吠えも、化け物が唸るような音もしたけど、何もいなかった。あれはただのサウンドエフェクトだったみたいだ」
「は? なんでそんな──」
「そもそも、クレーンゲームのときと違って、あのエリアに入ったときも、僕が森に入ったときにも、ゲームのスタート音がしなかったでしょ。それが運営側の手違いなのか、それともそういう、元々何もないエリアなのかまでは分からないけど──いや、多分あそこは元々そういうエリアだったんだろうな。この最終エリアでひとり脱落する設計なら、そうだと思う。それか、あの武器でプレイヤー同士を戦わせようとしていたか、ね」
「で、でも、じゃあ、なんで死んだふりなんてしたんだよ! わざわざ!」
「そりゃあ、もちろん──」
〈ルカ〉は振り返って、その場にいた三人を見た。
そして、言った。
「誰かを殺すためだよ。死んだように見せた方が、不意を突けるから」
「誰かを殺すって──あなた、分かってたの? 誰かが犠牲にならないとここから出られないって──」
「確証はなかったけど、可能性は高いと思ってたよ」と、〈渦巻うず〉の問いに〈ルカ〉は答える。「誰か犠牲になる人を選ばないといけない可能性がある──そんな状態で、武器が提示された。だから僕は、武器を手に入れるために、森に入ることを志願したんだ」
「待ってくれ、何言ってるか分かんねぇ」と〈眼鏡〉が手のひらを〈ルカ〉に向けた。「そもそもこれ、サバイバルだろ? 何で殺すとか殺されるとかの話になるんだよ?」
「このゲームで生き残れる人数には限りがあるって、ルールで言われたからさ。そういうゲームなら、考え方はふたつある。自分が生き残るか、そのために誰かを殺すか。生き残ろうとすることは、それだけなら、状況に適応しようとすることだよ。でもそれは、受動的な態度だ。積極的に生き残ろうとするなら、誰かを殺す側に回るしかない──その覚悟ができるなら」
「待ってくれ〈ルカ〉ちゃん」と〈ベリアル〉も軽く手を挙げて〈ルカ〉の言葉を遮った。「そもそも、生き残れる人数に限りがあるってのは何だ? このゲームでは、最初に全員が生き残れる可能性があると明言されていたじゃないか。あれが嘘だったってことか?」
「ううん。あの烏が言っていたことは、本当だと思う」
「でもじゃあ、なんでここで確定でひとり死ななきゃいけないことになるんだよ! 意味わからねぇだろ!」と〈眼鏡〉がまた叫んだ。
「分かるよ」と〈ルカ〉が静かに言う。
「だって、『運営側』は、『プレイヤー』としてカウントされてないんだから」
「──は?」と、〈眼鏡〉が間抜けな顔をした。
「説明を思い出して欲しい。あの烏が言っていた言葉はこうだよ。『およそ二名のプレイヤーが脱落する程度』の難易度であること。『プレイヤー全員が脱出できる可能性はある』こと。『僕たちの中に、運営側のアバターが紛れている』こと。『運営側のアバターは、通常のプレイヤーとは異なり、脱落したりアバターを失ったりしても現実のスコアに影響をうけない』こと」
「え? は?」
なおも混乱している〈眼鏡〉に、〈ルカ〉は決定的な事実を叩きつけた。
「あの烏、『運営側』に言及するとき、一度もそれを『プレイヤー』とは呼んでなかったんだよ」
その場にいた三人が、三人とも息を呑んだ。
いつの間にか、プレイヤーは──〈しお〉も、勘違いしていたのだ。
プレイヤーから二名が脱落する程度の難易度である──とは、六分の四が生き残れるという意味ではない。
運営を除く四人のプレイヤーからふたりが脱落する難易度──生存率は三分の二ではなく、半分だった。
そして『プレイヤー全員が生き残れる可能性がある』というのも、六人全員が生き残れる可能性があるという意味ではない。
プレイヤー。つまり、運営を除く四人全員が生き残れる可能性はある、という意味だった。
「だから」と〈ルカ〉は言葉を続けた。「この最後のエリアでは、誰かひとりが必ず犠牲にならないといけなかったんだと思う。でも、もしその『誰か』を運営側から選べたら、残りの全員が脱出できる可能性はあった。その選ばれた運営側だって、それによるペナルティはなかった。でも、結果としてはゲームのデザイン通り、四人のプレイヤーのうち、ふたりが犠牲になる形になったね」
「ちょっと待ってくれ」と〈眼鏡〉が言葉を絞り出す。「プレイヤーが犠牲になった──って、あんたには分かってるのか? 誰が運営なのか──」
「多分ね」と〈ルカ〉は笑う。「〈ベリアル〉さんと、〈渦巻うず〉さんじゃない? ふたりだけ、一度も『運営側』を『プレイヤー』に含めてなかったもんね。『六人のプレイヤー』みたいな言い方を、一度もしなかったから」
そう言って、語るべきことを語り終えたというように、〈ルカ〉は扉の向こうの白い光の中に身を投じた。
〈ベリアル〉と〈渦巻うず〉には、本当はもうひとつ訊きたいことがあった。
運営側が誰なのか分かっていたなら、なぜ〈しお〉を撃ったのか。
ぜひ、その理由をデータとして記録したいと思った。
しかしそのとき、既に〈ルカ〉の姿はなかった。




