クワイエット・アーケード - リザルト
一条遙奏は、自分の部屋の、自分のベッドの上で目を覚ました。
ベッドに入ってぐっすり眠っていた──という感じではない。ベッドの上に、毛布の下に入らず、そのまま仰向けに倒れていた。
寝ぼけたまま頭を動かそうとして、ちょっと重いな、と思う。
自転車に乗るときに使うヘルメットのようなもの──ネウロウェアを着けていたことを思い出し、ロックを解除してそれを外す。
夢を見ていたみたいだ──と思う。
もしもこのまま一日を始めたら、夢を忘れるみたいにして、あの静かなゲームセンターのことも忘れてしまうような気がした。
だがそれが気のせいであることを、遙奏は分かっていた。
ところで何時だろう──と、スマホを手に取る。現実の、自分のスマホだ。時間はだいたい、正午を回った頃。いつも通りの起床時間だった。つまり、ゲームが行われたのは夜間、普段と変わらず眠っている間だったということになる。
そう思うと、躰が疲れているような気がした。普通に睡眠を取るのと比べると、やはり休めてはいないのではないか。いや、それともゲーム自体は数時間で終わって、そこから今の時間までは普通に寝ていたのだろうか。そういう可能性もある。
コンビニに行ってから二度寝するか考えようと、遙奏は決めた。
空気を入れ換えようと、窓を開ける。マンションの高層階に吹く強い風が部屋に飛び込んでくる。だがベッドと机、椅子、そこにあるパソコンくらいしか、この部屋にはないので、風で何かが飛ばされる心配はなかった。
スリープモードになっていたパソコンを起動し、株価の動きを軽くチェックする。今日も特に売買しなければいけない様子はない。後で遊びで持っている株をちょっと弄ってみようか、と遙奏は思った。
最低限の外出着に着替えて、スマホを持って部屋を出る。もちろん、スーツではない。ジーンズに白い無地のTシャツだった。犬耳も、犬の尻尾も生えてはいない。意識していなかったが、袖を通す腕もちゃんと二本あった。
エレベーターに長く乗って、地上階へと降りる。
豪華なエントランスを抜けて外へ。
改めて外に出ると夏の日差しが強い。日焼け止めくらいは塗るべきだっただろうか。
急いでコンビニに向かった。逃げるように入り込んで、適当にエネルギーになりそうなものを探す。食べ物にこだわりは特になかった。ふと、何となくあるエナジードリンクが気になり、それと適当なお菓子を手に取り、レジに並んだ。
遙奏の接客をしてくれたのは、顔見知りになったそのコンビニのオーナーだった。
「あれ、店長がこの時間にレジ打ちなんて珍しいね」
「え? あぁ。バイトの子が来られなくなってね」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。真面目な子だったから、何かあったんじゃないかって心配でね」
「何事もないと良いですね」と言いながら、遙奏はスマホを取り出し、それを決済端末に近づけた。軽快な音が鳴って決済が完了したことが告げられた。
「いつもありがとね」と言うオーナーに、こちらこそ、と返事をしながらコンビニを出た。当然だが、やはり外は暑かった。早く帰ろう──と、遙奏は、コンビニ袋をくるくる回しつつマンションに向かった。
──同じだった。
〈しお〉と名乗ったあのプレイヤーは、遙奏と同じだった。
一条遙奏も、スリルを求めて〈バックドア・ゲーム〉に参加した。
お金には困っていない。
友だちはいないが、ひとりは嫌いじゃない。
ただ──人生って、こんなことで良いのだろうか、と、漠然と考えてしまう。
良いのだ。分かっている。良いのだと。
人生に意味なんてなくて良い。
別に意味を求めても良い。それは贅沢なことだが、悪ではない──と思う。
だが、別に良いのだ。
ただ生きているだけでも、別にそれで誰も困っていないなら良い。
誰かが困っていても、困っている本人がそれを許すならそれでも良い。
別に、人生に意味なんてなくて良い。
そんなことは、分かっている。
でも、どうしても考えてしまう。
何か、あるんじゃないか。
ない。
分かっている。
でも、何かあるんじゃないか、と思ってしまう。
そんなとき、遙奏の前にスカウトマンが現れた。
スカウトマンは、ネット上の記録などから、有望なプレイヤーをスカウトするという。
遙奏も、何かがお眼鏡にかなってスカウトされた。
そして、参加を決めたのだ。
生きがいを、そこに求めて。
だから、〈しお〉と同じだ。
人生をやり直すために参加するのではない。
どん底から這い上がるために参加するのでもない。
ただ、刺激のためにゲームに参加し、結果として敗者を生むことに加担している。
だから、〈しお〉が同じ目的でゲームに参加していると知ったとき、遙奏は本当に、本当に軽蔑なんてしなかった。
そういうこともあるよね、やっぱり──と、納得さえしていた。
だから、犠牲にするプレイヤーを〈しお〉にした。
そういうスリルを求めてゲームをしているのだから、自分が負けても文句はない。
少なくとも自分はそうだ。
既に成り立っている生活を、勝手にリスクに曝して、勝手に危険な目に遭っている。その倒錯を、スリルと呼んで楽しんでいる。
それなら、その中で死ぬことになっても──すべてを失うことになっても、当然だ。
悪いのは僕。
全責任は、僕にある──と、遙奏は考えていた。
「きみも、そうだったんじゃないのかな」と、遙奏は本当の顔をしらない〈しお〉を思って言った。
それなら、覚悟がある人間を殺す方が良いと思った。
すべてを失っても、納得できるはずだから。
格好をつけたが、別に運営側の人間があのふたりだと確信があったわけでもない。
自分が〈ベリアル〉と〈渦巻うず〉を運営だと睨んだのは状況証拠に基づく憶測に過ぎない。
だから、それなら、覚悟がある人間を殺す方が良いと思ったのだ。
またも長いエレベーターに乗って自分の部屋の階に戻る間に、エナジードリンクが入ったビニール袋には水滴がついていた。ぬるくなってたら嫌だなぁと思いながら、自分の部屋へと歩いていく。
部屋の前に、知っている顔があった。
「生き残り、おめでとうございます」と、その男は言った。
「桜庭さん、来るときは言ってよ。僕も一応女の子なんだから、部屋を片付けたりしたいしさ」
「片付けるほどものがないでしょう」と、そのスカウトマン、桜庭朔真は笑った。
「そうだけど」と言いつつ、遙奏が扉を解錠し、先に中に入る。桜庭は、遙奏から許可があるまで動かず、立ったままだった。「──どうぞ」
「どうも」
「入ろうと思えば入れたでしょ。エントランスは抜けられたんだから」
「まぁ、はい」と桜庭は曖昧に笑った。
パソコンを置いているデスクの近くの椅子を引いて、そこに桜庭を座らせる。
自分はベッドの上にどかっと腰を下ろして、すぐにエナジードリンクのプルタブを引いた。既にちょっとぬるかった。
「どうでした、今回は?」と桜庭。
「面白かったよ」
「難しかったですか?」
「どうかな。腕を落としたのはやり過ぎだったかも。本当に失うわけじゃなくても、やっぱり痛いし、意識が飛ぶかと思ったし。それと腕が見つかるように投げたの、あれはやっぱり失策だったな」
「しかし効果は抜群でした」と桜庭は笑った。「次回も、期待しています」
「次回、ね──」
エナジードリンクを飲む。
ぬるいせいか、あまり美味しく感じなかった。
「次で十連勝じゃないですか」と桜庭は励ますように言った。「私たちも、期待しています」
「──マンネリにならないことを祈るよ」
「はい。第十回に相応しいゲームを、ご用意しますよ」
十回か、と遙奏はその数を頭の中で繰り返す。
「そう言えばさ、やっぱりハンドルネームって、本名じゃない方が良いの?」
「そうですね、何度かお伝えしておりましたが、本名じゃない方が、色々と都合も良いかと。気持ちの切り替えもできますし」
「本名使ってるだけで油断する人も多かったから、そこも初心者の振りをするのに都合良かったんだけどな」
「悪目立ちしますよ。今までもそうだったでしょう? それに、これも前に言いましたけど、初心者にしてはアバターが凝りすぎですよ」
「あれは可愛いから良いんだよ。気に入ってるんだ」
「まぁ良いですけど。でも、ハンドルネームは変えても良いかと」
「確かにね……。じゃあ、次からは変えようかな」
「おぉ、何になさるんです?」
「〈ルカ〉って、どうかな」
第2ゲームの連載、近日開始予定です。




