クワイエット・アーケード - 6
話し合いは紆余曲折あったが、結局はアプリを使ってランダムに誰かひとりを決めようという話になり、結果として〈巫女猫〉が選ばれた。
「うーん、あたしはこういうのは苦手なんだけどにゃー」
「大丈夫ですよ」と、栞が元気づけるつもりで言った。「さっき橋の上に立って間近で見て分かりました。ロボットアームが降りてくるスピードは、そんなに速くないです。あと、ロボットアームは近づいてくる動きと下がってくる動きが別ですから、近づいた動きの後に大きく移動すれば、降りてきたアームに捕らえられることもないと思います」
「ゲーセンのキャッチャーならな」と〈眼鏡〉。「分からんしょ、同じかどうかなんて。まぁ、俺が行くわけじゃないから余計なお世話かもしれんけど」
「多分、そこは一緒じゃないかしら」と〈渦巻うず〉が考えるようにして言った。「ただゲームをするなら、こんな凝ったステージを用意する必要がないもの。きっと、見物人もいるのよ。そのために、見た目を面白くするために、テーマを統一しているんだわ」
栞も、自分がこれまで参加してきた〈バックドア・ゲーム〉を思い返すに、〈渦巻うず〉と同意見だった。
具体的に観客がいる証拠はないが、今まで参加したゲームも、凝ったステージやテーマが用意されていた。ギミックや小道具なども、だいたいはそのテーマに合ったものとなっていた。
「じゃあ、とにかく行ってくるにゃ! 皆、ここで見守っててにゃ!」と〈巫女猫〉は橋の上に一歩踏み出した。その瞬間、ゲーム開始のチープなメロディが鳴る。続いて、アームが近づいてくるモーター音がした。
「走れ! 走れば捕まらない!」と〈ベリアル〉が叫ぶ。
「これでも走ってるのにゃ!」と〈巫女猫〉が応える。確かに必死に走っているように見えるが、あまり運動が得意な方ではないらしい。
それでも、少なくとも栞の目には、充分な速度が出ているように見えた。
ロボットアームは、急に降りてきたりはしない──はずだ。ゆっくり平行移動して、それからゆっくり高度の移動をする。少なくともさっきはそうだった。驚いたり恐れたりして足を止めなければ、アームに捕まることはないだろう──と、栞は考えた。
そして、それは正しかった。
「やったにゃー!」と、橋を渡り終えた〈巫女猫〉が叫ぶのが聞こえた。その彼女の姿の手前で、ロボットアームが間抜けにも虚空を掴もうとしていた。やはり、ロボットアームの動きは遅い。
それから〈巫女猫〉が台座の上にあるスイッチを押すと、こちら側に残った五人の近くでバツを表示していた扉が緑のマルの表示に変わった。ご丁寧に、『カチャ』という鍵が開いたような音までした。
「凝ってるね」と〈ルカ〉が栞に言った。「本当に錠前が外れたわけじゃないのに」
「分かりやすさは大事ですからね」と栞が何気なく応えた。
「ねぇ」と、〈ルカ〉が少し声を落として訊ねる。「〈しお〉はどうしてゲームに参加してるの?」
「どうしてって?」
「こんな危ないゲームに参加するんだから、何か理由があるのかな、と思って。せっかくだから、知っておきたいと思ってさ」
「──軽蔑しますよ」と栞は笑った。
「しないよ」と〈ルカ〉も笑った。
「私は」
──と、栞が言葉を続けようとしたとき、またあのチープな音楽が鳴った。向こう岸から〈巫女猫〉が戻ってくるということだ。
アンフェアだし唐突なので、恐らくはないとは思うが、戻ってくるときはアームの動きが速いとか、それが二本に増えるとか、そういう可能性も、一応、ゼロではない──と栞は考えていた。だから、何か異変があればすぐに〈巫女猫〉に知らせられるよう、それまでとロボットアームの動きに変化がないか、注意深く観察するつもりでいた。
しかし、音を聞く限りでは、特にアームの動きが速くなっているとか、数が増えているといったことはなさそうだった。
「何だ、楽勝じゃん?」と〈眼鏡〉が言った。栞も、そうだと思った。
ふと、これがクレーンゲームなら景品を取るために自分ならどうするかという考えに至るまでは。
「〈巫女猫〉さん! 走ってください!」
「なんにゃ? こっちに来るだけで疲れてるのにゃ……。それに、最初のモーター音の間は、別にゆっくり歩いてても大丈夫にゃ」
「駄目です──」
ロボットアームが、頭上の暗闇から姿を現す。
それは、栞たちの岸に近い、橋の終端を狙っていた。
「──橋を傾けられたら終わりですよ!」
遅かった。
栞が叫んだときには、既にロボットアームは〈巫女猫〉にとってのゴールとなる岸の橋自体を持ち上げていた。
思わず呆然としている間にも、〈巫女猫〉は徐々に背中に重力を感じ始め、ひっくり返るように、斜めになった橋を滑り落ちていく。
「そんな、ちょっと待って」と、〈巫女猫〉は自分の死を強く感じながら走った。
だが、三十度、四十五度、六十度と、橋の角度はどんどん大きくなっていき、やがて自分が渡り始めた側の繋ぎが壊れて、やがて橋は完全な垂直になってしまう。
そうなれば、もう彼女を支えてくれるものは何もなかった。
「やだ、誰かたすけて!」
その場の全員が、落ちていく〈巫女猫〉の声を聞いた。栞も、助けられるものなら助けたかった。しかし、既にそこに至るための足場がない。為す術が、なにひとつなかった。
「やだ、やだ! やだやだやだああああ」
ただ『死にたくない』という願いだけを残して、巫女服の猫耳少女は奈落へと落ちていった。
その躰が何かに叩きつけられた音はしなかった。
それは、地面に叩きつけられる前にログアウトさせられたのかもしれないし、永遠にここを落ち続けているのかもしれない。それさえ、栞には分からなかった。




