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バックドア・ゲーム  作者: 帽子
第1ゲーム

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2/12

クワイエット・アーケード - 2

「〈三年(さんねん)多浪(たろう)〉です。受験の内申点が欲しくて参加してます」


 自己紹介の流れになり、まずそう言ったのは『眼鏡くん』と〈ベリアル〉に呼ばれた初期アバターの青年だった。受験と言っているが、ハンドルネームからすると苦労しているのだろうか。もしも名前通り三年を浪人生として過ごしているなら、間違いなく自分よりは年上だろうと栞は思った。


「あの、なんてお呼びしたらいいですか?」と栞は訊ねたが、それも何だか失礼なのではないかという気がした。


 こういうのは何がタブーなのか分かりにくい。しかし何がタブーなのか分からないなら、それを恐れないようにして会話をしていくことが互いを知るなら結局必要だろう、というのが、十七年生きた栞なりの人間関係に対する哲学だった。


「別に、好きに呼べば? そこのチャラ男みたいに、『眼鏡くん』とかでもいいし」

「あっ、じゃあ──〈眼鏡〉さんにします」


 本当は『たろうさん』が良いかと思ったが、やっぱりそれは多浪ということだから良くないかも知れないと思いなおした。見た目の印象をあだ名にするのは同じくらい良くない気がしたけれど、特に本人の希望がないなら仕方ない。


「じゃ、次はあたし! えっと、〈アキ×ユキ過激派〉です! こればっかりは譲れないです!」


 元気な、やけに耳に響く声でそう言ったのは、猫耳と猫の尻尾、そして巫女服の格好をしたアバターだった。声は女の人だ──が、名前にある『アキ×ユキ』というのは、男性に大きな支持を得ている女性同士の恋愛を描いたマンガのキャラクターではなかったか、と栞は記憶を辿る。別にだから実は中身は男性とは限らないし、仮にそうだったとしても問題はないが。


「えっと、なんて呼んだら良いですか?」

「うーん、仲間内だと〈過激派さん〉とかなんですけどぉ、今日は分かりやすく〈巫女猫〉とかが良いかな? あ、語尾とか変えた方が分かりやすい? 分かりやすいにゃん?」

「えっ、いや、どっちでも大丈夫です」


 ちょっと独特のテンションで難しいな、と栞は思った。しかし、こういう場所だからこそ、何かしらのキャラクターになりきるというのは自分を守る上で有効なのかもしれない──今からキャラ作りをするのは遅すぎるか。

 最後に残ったのは、不思議の国のアリスのようなアバターだった。大きなリボンがついたカチューシャを頭につけているが、それがまるで兎の耳みたいにも見える。エントランスに設置されたベンチに座り、仮想世界だというのに本を開いて読んでいたが、自分が最後のひとりだと気付き、本を閉じて立ち上がった。閉じた本は放られ、空中に光の粒になって消えた。


「〈渦巻うず〉です。ゲームは初めてです。よろしくお願いします」

「えっ、〈渦巻うず〉って、あのイラストレーターの?」

「あっ、はい。知ってくださってるんですか?」

「もちろん! 個展にも行きました! 画集も買いましたよ!」

「嬉しいです。ありがとうございます。最近はあまり活動できていなかったので、忘れられていると思いましたよ」

「いえ、昔からの大ファンです。活動再開、待ってます」


 憧れの人を目の前にして、栞は思わず場違いにも素で喜んでしまった。その騒いでいる様子が〈眼鏡〉の気に障ったのか、神経質そうに眼鏡の位置を(意味があるのか分からないが)直しつつ、彼は言った。


「あのさ、状況分かってる? あんたはゲーム、何回目なのさ?」

「私ですか?」と、栞は自分を指した。それから、反射的に答えようとした数が間違いでないことを一応頭の中で確認してから答えた。「五回目です」

「五回目だって? 達人じゃん」と〈ベリアル〉が言った。「じゃあ、これ、やっぱり本当なんだ」

「えぇ、本当です」と、栞は──〈しお〉は言った。「これは〈バックドア・ゲーム〉。クリアした人の社会保障スコアは、飛躍的に向上します」

「本当だったにゃんね、ヤタのAI学習に、表ではできないようなゲームが使われてるって」と、巫女猫が驚いたような顔をしてそう言った。どうやら語尾は『にゃん』にすることにしたらしい。


「そうです。ご存知の通り、今の社会運営にはAI学習による行動予測が広く用いられています」と、栞は言った。学校でも、授業が分からないという友人に何かを解説することはよくある。知らず知らずのうちに、自分がそういう声の出し方をしていることに栞は気付いて、なぜか少し恥ずかしくなった。

「そんなの常識だ」と〈眼鏡〉が言った。「ヤタ・ネットワークは普段からネット上の俺たちの行動を学習してる。その一環として〈ゲーム〉と称されるイベントが開かれることがある。例えば火災訓練とか、サバイバルゲームみたいなもので、参加者の行動データを得ることが目的のやつな。もちろんそのゲームで失敗しても死ぬわけじゃないし、参加するだけでもAIの学習に寄与しているってことで社会的スコアが上がったりする。俺も何回も参加してるから分かる」

「そうです。それが〈フロントドア・ゲーム〉と呼ばれるゲームです。今、私たちが参加しているのは〈バックドア・ゲーム〉。表でやるにはリスクが大きすぎるゲームの参加者を集めて、より濃いデータを得るための場です」

「はにゃー。噂は本当だったんだにゃあ。ヤタ・ネットワークには表じゃできない裏のゲームがあって、そのゲームで勝てば何でも叶うって」

「何でも──というのは言い過ぎですけどね」と栞は〈巫女猫〉の言葉を柔らかく訂正した。「でも、ゲームの勝利条件を満たせば、そのプレイヤーの社会保障スコアは大きく向上します。ヤタ・ネットワークとすべてが結びついている今の社会なら、社会保障スコアが上がることは社会的地位が上がることです。良い仕事を得やすくなったり、例えばお金を借りるなどする場合にも良い条件で借りたりできます。社会保障スコアが高い人と人脈があれば自分のスコアも高くなりますから、人脈も黙ってても広がります。ですから、実質的にはだいたいの望みは叶いますね」

「すごいにゃー。夢のある話だにゃー」

「しかしもちろん、それに伴うリスクもあります。勝利条件を満たせなかったプレイヤーの社会保障スコアは、ゼロになります」


 その説明は、その場にいる全員が、スカウトマンから受けた上でここに来ているはずであり、その重みを分かって参加を決めたはずだった。

 だがそれでも、改めて熟練のプレイヤーから宣言されると、仮想空間だというのに現実的な重みがあった。


「社会保障スコアがゼロ、これは言うまでもなく、社会的地位がゼロになることを示しています。仕事に就くことも、住むところを見つけることもままならなくなります。また、社会保障スコアが低い人間と関わると自分のスコアも低くなりますから、知人や友人も離れていきます」

「世知辛いにゃー」

「んまぁ、リスクのことを考えると怖い話だがよ、要は勝てば良いんだろ? そんなら、負けたときのことなんて考えても仕方ないじゃんか。俺は勝つぜ、悪いけど」


 その〈ベリアル〉の自分に酔っているような言い分に〈眼鏡〉はまた顔を顰めたが、栞は彼が言っていることを正しいと思った。


 そうだ、勝つことだけを考えるのだ。

 それ以外のことは、今は考えなくて良い。


「よし、決めたよ」と、久々に聞く声がして、五人は犬の耳と尻尾を持つスーツ姿の少女の方を見た。「名前は、〈ハル〉──いや、〈カナ〉の方が良いかな──そうだ、間を取って〈ルカ〉にしよう、そうする。だから、僕のことは〈ルカ〉って呼んでね」

「あの、いち──〈ルカ〉さん、話を聞いてました? 大丈夫そうですか?」


 栞が一条遙奏改め〈ルカ〉にそう言ったのは、本当に心配だったからだ。ネット上で本名をそのまま使ってしまうようなプレイヤーが、この状況を本当に正しく理解できているのだろうか──と。


 だがその返事がある前に、それまで聞こえなかったまったく別の音がした。

 鳥が羽ばたくような、バサバサという音が。


 烏のアバターがどこからともなくプレイヤーたちの前に羽ばたき降りた。


「烏にゃ? ゲームセンターの中なのに?」と〈巫女猫〉。

「うわキモ。足三本あるじゃん」と〈眼鏡〉が続く。


 栞は知っている。これはゲームの説明を担う、運営側のアバターだ。三本足の烏のアバター──日本神話では、神からのメッセンジャーを司る八咫烏(やたがらす)のそれは、栞の印象では渋くてダンディな、しかし機械的な声でこう言った。


「定刻になりました。これより、〈クワイエット・アーケード〉のルール説明に移ります」

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