クワイエット・アーケード - 1
柴宇良栞が目を覚ましたのは、ゲームセンターだった。
学校では優等生と言われている彼女ではあるが、ゲームセンターという場所に来たことがないわけではない。友だちがリズムに合わせて動くゲームをやっているのを見物していたこともあるし、限定品のぬいぐるみを狙ってクレーンゲームに挑戦したことだってある。
だが、そのゲームセンターは彼女がその場所にイメージするひとつの要素を欠いていた。
あまりに静かなのだ。
ゲームセンターというのは、大抵の場合は様々な筐体が同時にけたたましい音をさせているもので、何度か友だちと遊びに行ったときにも結構声を張らないと意思疎通が難しかった覚えがある。だが、今彼女が倒れていた場所は、ゲームセンターというにはあまりに静かだった。
それでも、ゲームセンターであることは間違いない。電源が切れているだけで、何となく見たことがあるゲームマシンがフロア一帯に広がっている。
自分の姿を確認する。
いつものアバターだった。
緑色のベレー帽のアクセサリーに、白いワンピース。意味など大してない、白いハイヒール。顔や体型は、現実世界の自分に少し似せている。いつも通りの、仮想空間の自分の姿だ。
とは言え、仮想空間だから音がしないのではない。普段のダイブでも、例えば海のエリアに行けば波の音さえ聞こえるくらいだ。だから、周囲がゲームセンターの見た目なのに静かなのは、やっぱり不気味だった。
そのとき、人の声がした──ような気がした。
自分以外の参加者だと思い、声がした方へと歩く。本当はこれさえ現実に歩いているわけではないのに、ダイブに慣れてくると、現実と変わらず歩いている感覚がするのが、栞には未だに不思議だった。
座ってレバーとボタンを操作するらしい、今は電源が落ちている筐体の迷路を抜けた先に、このゲームセンターのエントランスらしい広いスペースがあって、そこに五体のアバターの姿があった。
「おぉ、これで全員揃ったんじゃね?」
そう言ったのは、顔の良い男性型のアバターだった。声も、ボイスチェンジャーを使っていなければ男性そのものである。やけにアクセサリーをたくさんつけているが、お洒落な感じで、さぞ見た目にお金を掛けているのだろうと栞は思った。
全員揃ったと言われ、何を基準にそう思ったのだろう──と栞は思ったが、次の瞬間にその意味が分かる。エントランスの上に【6/6】と数字が浮かんでいたからだ。多分、自分がここに来たときに数字が変わったのだろう、と栞は思った。
「すみません、お待たせしましたか?」と、栞は様子を探るつもりでそう言った。
「別に」と、初期アバターらしい男が答えた。眼鏡をして最低限のカスタマイズをしているだけで、先ほどのイケメンアバターとは異なり、ファッションや見た目に関心があるようには思われない。
「皆さんも、プレイヤーなんですよね?」
「何で当たり前のこと聞くんだよ。腹立つんだよそういうの」
「イライラすんなって眼鏡くん。──そうだよ。俺たちも、この〈クワイエット・アーケード〉の参加者さ。俺は──〈ベリアル〉って呼んでくれ。きみの名前は?」
「〈しお〉です」と栞は応えた。それが彼女のネット上での名前だったからだ。
「〈しお〉ちゃんね。可愛いじゃん」と〈ベリアル〉は言った。そこに下心があったのかどうか、恋愛経験に疎い栞には分からない。少なくとも容姿を褒められたことについて好意を返すべきか敵意を返すべきか分からず、曖昧な表情をしてしまった。
「じゃ、僕も自己紹介しておこうかな」と、まだ声を聞いていなかった別のアバターが手を挙げた。一人称は『僕』と言ったように栞には聞こえたが、声は女の子の声だった。
犬の垂れ耳がついたアバターで、尻尾もついている。躰のラインが出るような、女性もののスーツを着た姿だった。かっちりして見えるような気もするが、本人の声色や挙動からは、何となく人懐っこい犬のような印象を受けた。
スーツを着ているということは自分よりも年上だろうか。いや、アバターは関係ないか、と栞は思い直した。振る舞いからすると、自分と同じくらいな気がするけど、どうだろうか。
「僕は一条遙奏。よろしくね」
「あっ、えっと……一条──さん?」
「そうだよ」
「あの、本名?」
「そうだよ?」
「えっと──ハンドルネームとか、決めないんですか?」
「えっ、やっぱり、その方が良い?」
「まぁ、普通は……」
「ほらな」と〈ベリアル〉が間に入った。「さっきも自己紹介してくれたんだけど、ひとりだけ本名みたいだったから俺たちもびっくりしたんだよ。ネットで本名そのまま使うようなリテラシーの奴が未だに存在してたなんてさ」
「そうかぁ。じゃ、他の人の自己紹介が終わる前に、考えておくよ」
〈ベリアル〉は本気で信じられないというような顔をしていて、それほどではないにせよ、栞も確かに驚いた。この時代、仮想世界に本名のままログインするような人はほとんどいない。絶滅危惧種と言っても良い。
ましてやこのような場にそういうプレイヤーがいることが、栞には信じられなかった。
これから行われるのはデスゲームなのに。
死ぬと言っても、社会的に、だが。




