第二十話『新しい生活』
威吹鬼山の麓からアレックスの、小屋のような家に戻った。
アレックスは、アリアに井戸から水を汲んでくるように言うと、レイルを連れて家の中に入った。
先程までレイルが寝かされていた部屋に入る
「ここがお前の部屋だ。まあ、と言ってもうっすい仕切りで分けられてるだけで我が家は何処も相部屋みたいなもんだが。」
アレックスがハッハッハとなぜか誇らしげに胸を張る。
「この家、狭いからなぁ。別に案内するところもないんだけど、ここだけは教えとくわ。」
そう言ってレイルのものとなった部屋を出て、さらに家も出た。
正面玄関の真反対に、大きな直方体があるのを見つける。
レイルは、そちらに向かうアレックスに付いていく。
直方体に辿り着いたアレックスが、入口の引き戸をガラガラと開ける。
中は、あの家とは似つかわしくないほど広く、しかも床にはほとんど何も置いていなかった。床は真新しい板張りで、日の光を受けて輝いている。
「ここが稽古場だ。正直修行なんて外でやるもんだけど、ここら辺は以上に強い魔物がたくさんいてな。戦闘初心者のお前とかアリアには荷が重いだろうからな。」
そんで、と言って刀を取り出しながら続ける。
「まあ作った理由としては、あんまりにも派手にやりすぎたら環境破壊になるからな。それ防止のためだ。だから、この建物は超頑丈。」
そう言い終わった刹那、ピキィン!と金属同士が擦れるような耳をつく音が道場に響き渡った。
壁に向かって立っている。アレックスが抜き身の刀を持って立っていた。壁からは白い煙がもくもくと上がっており、横一線の傷が残っていた。
「はや…」
「まあ俺が結構本気で斬ってもこんなもんだからまあまずお前らじゃ傷もつけれないと思うぜ。」
「…これ何回目ぐらいやったんですか?壁斬るの…」
よく見れば床や壁、天井にもある無数の刀疵を見ながら聞いてみる。
「覚えてねえ。」
「ええ…?」
レイルは呆れと困惑で声が出なかった。
そこに、帰ったでー!とはつらつな声が、困惑に包まれた道場の中の空気をぶち壊してひょっこりと現れた。
「水はいつもんとこ置いといたで。」
「ん。ありがと。」
そう言ってアレックスがアリアの髪を優しく撫でる。どうもアレックスは無類の子供好きのようである。いつもは片目の表情が今は綻んでいる。
アリアは、えへへー、と表情を崩しながらアレックスに尋ねる。
「今何してたん?」
「レイルにこの練習場の説明。」
「へー。」
アレックスの剣技と道場の頑丈さに結構感動していたレイルとは正反対に、すでに説明を受けているだろうアリアの反応はかなり薄いものだった。
「アリアはもうここで修行したことあるの?」
ほぼ初対面ということでどう話しかければいいかがわからず、無難なことを聞いてみる。まあ既に泣いているところを見られているからもう恥ずかしいことは何もないが。
「うん。うちの半霊族仕込みの爆破魔術炸裂させても壊れんこの道場はやばい。」
半霊族はいわゆるエルフである。
「え、爆破魔法使えんの?」
「もちろん。半霊族は世界一の魔術民族やで。」
「そ。ということでアリアは剣術じゃなくて魔法を訓練してんの。」
「…っていうか。」
「ん?どした?」
「アレックスさんは何者なんですか?さっきも犬の魔獣のふっとい首一瞬で斬り落すし、爆破魔法で傷つかない壁に傷つけたり。」
「あー、言ってなかったか。俺は——」
「お師匠はな、古今一刀流の宗家さんやねん。自称近接戦闘現代最強やで。」
なぜかアリアが食い気味で誇らしげにアレックスを紹介してくる。
「え!?古今一刀流ってあの二代剣術流派の?」
「それ以外なんがあるねん。」
「いや、さっきからなんでお前が誇らしげなんだよ。」
「?お師匠はウチ一のお師匠やで。」
「そうかよありがとうな!」
諦めたのか、アレックスがヤケクソ気味に叫ぶ。
「まあ、アリアが言った通り、俺は古今一刀流の宗家だ。宗家になってから今まで十数年戦いで負けたことはない。」
「すげ…」
「やろ!やっぱお師匠は最強やねん!」
「アリア!お前が反応すると話がややこしくなる!もうやめろ!」
「いやぁ、ウチがどんなに優秀でもそんな褒めんでええで。照れてまうやろ。」
「褒めてねえよ!」
もう諦めたのか、アレックスはそう大声で叫んだあと、はあーと大きなため息をつき、渋柿を食ったような顔をしながらこちらに振り返る。
「もういい…まあ、困ったことがあったら頼れ。肉体労働ならなんでもできると思う。」
「その時はお言葉に甘えますね。」
レイルのこの言葉を最後に、三人は一度家に戻った。
***
レイル達はアレックス邸に戻り、小さなリビングのようなところに入った。
アレックスが、飯でも作るか、と台所の方に向かう。
「お前らはちょっと待っててな。」
四角いテーブルの一辺にアリアが座ったので、レイルはとりあえずアリアの隣に座る。二人はまだ5歳児なので、いくら小さいテーブルであったとしても余裕で収まった。
さっきまで青かった空は、一転して朱色に染まっていた。
レイルはどうやら、ほぼ一日中眠っていたようだ。
「今日の飯なんやろ。楽しみやなあ。」
隣でアリアが無邪気に破顔していた。
その位置と、顔の角度がラウルと重なる。
気を失う前にギャレクには会うことができたが、ラウルやミリア、三娘とは会えなかった。そのことを思い出して心に靄がかかる。
ラウル達もあの中にいるのだろうか。そうしたら本当に自分は一人になったということなのだろうか。寂しさと不安が頭を支配する。
「ん?どしたんレイるん。」
「いや…ちょっと……」
「お腹痛いん?」
「ん…そんなとこ…」
すると、急にアリアがレイルの手を取った。
「え…」
「お腹痛いんは不安からくるって聞いた!大丈夫やで!レイるんにはウチがおる!」
レイルは理解する。アリアは、初対面のレイルを心配してくれている。
「ねえアリア」
「どした?」
「……君は優しいね」
「?おおきに?」
無邪気な顔でアリアが笑う。
不安も悲しみも絶望も全く消えていない。
けど、アリアの手の感触に、凍った心が少し溶けた気がした。




