第二十一話 『紡ぐ決意』
アレックスの意外と美味しい料理を食べ終え、水浴びをしてから与えられた部屋に戻る。
ブレイクス家のものに比べれば薄いベットに腰掛け、これまでのことを回想する。
何度も思い出している悲惨な記憶に嫌気を催し、深いため息を吐く。
「疲れた……」
今日までの数日、色々なことがありすぎた。それからくる疲労に体を支配され、思わずとも背中から寝台に倒れ込む。
部屋には照明はなく、蝋燭一本の頼りない光が壁から届く。何もない少し汚れた天井をぼんやりと眺める。
「みんな…」
このことは、2度と忘れることもないだろう。あの恐怖も、あの惨状も、忘れてはいけない。
「英神様…いる?」
「…どうかしたか…。」
英神は、今日目覚めた時にアレックスが座っていた小さな丸椅子にいつの間にか腰掛けていた。そして、いつも明るく振る舞っているその英神から出てきた返事が、搾り出したように掠れきっていて少し驚く。
「いや…今日一日中出てきさえもしていなかったから気になっただけです。」
「…そうか。」
数日ぶりの英神との会話は全く長続きしなかった。
「…僕が倒れた後のこと、教えてくださいよ」
「………」
「父さんがどうなったかとか、知りたいんです」
英神は何も言葉を発さず、ただただ黙ったままで目を瞑っていた。
そして、何時間にも思えた数秒を経て、英神はやっと口を開いた。
「…ギャレクは、少なくとも今は生きている。」
「え!?本当ですか!?」
願っていた結果を他でもない英神から言われ、安堵が広がる。しかし、ついてきた言葉に違和感を持つ。
「…けど、『今は』ってどういうことですか?」
「…いつまで封印が持つかということだ。」
「それって——?」
「少なくとも、あと十五年は大丈夫だと…思う。三娘が神助を活用してギャレクの封印結界に魔力を注ぎ続けているからな。」
確か三娘の神助は海に関わるものだった。どうやって魔力を注ぎ続けているのかは皆目見当もつかなかったが、ギャレクと三娘の無事がわかった今のレイルにはそんなことはどうでも良かった。
「そっか…良かった…」
目に熱いものがたまる。前世を通しても嬉し涙なんてものを流したことは一度たりともなかった。
「……手紙、読んだか?」
先程からの暗い表情のまま英神が問いかけてくる
その質問で、レイルの記憶がまたぶり返す。
「…はい。」
「…そうか。」
この短い会話で全てが伝わった気がした。英神もあの手紙を読んでいたのだろうか。
「……実はな、君に神助を与える前に一度、ギャレクと話したことがあるんだ。」
「…え?」
「君が一歳、ラウルが二歳の頃の話。早くにあの猪の復活を予見していた俺は、それをギャレクに伝えたんだ。近く、厄災がやってくるぞと。」
レイルは知らなかった話に要領を得ず困惑する。
「そしたらあいつ、こう言ったんだ。『私が封印して時間を稼ぎます。その代わり息子に神助を与えてあげて下さい』ってな。」
レイルは息を呑む。
「なんで、って聞いたんだよ。そしたら、あいつはこう言い切った。『息子たちは自分よりも優秀だから』って」
レイルの胸に、複雑な気持ちが渦巻く。
「もちろん、俺のお眼鏡にかなったから神助をあげた。これは嘘じゃない。そして——ギャレクがお前のことを信じて託したってことだ。」
レイルの目にはまた違う意味での涙が浮かんでいた。ギャレクに身も心も救われるのは、何度目だろうか。
「お前は、どうしたいんだ?」
そんなレイルにあくまでも冷静に英神は問いかけてくる。
「僕は……」
「託されたものは、紡がれたものは、レイル、お前の手の中にある。」
「はい……」
「それを踏まえてどうだ。お前は自分を変えるためにここにきたんだろ。」
「僕は——」
レイルの覚悟は、とうに決まっていた。今までそれを言わなかったのは、自信がなくて言い出せなかったからだ。しかし、ギャレクに何度も助けられ、託された想いを知って、決心した。
「絶対に父さんを、レナアさんを、イエルムさんを、ブルムさんを助け出して、山神をぶっ倒します。託された想いは、絶対に無駄にはしません!」
レイルがそう言い切ると、やっと英神は硬く暗かった表情を少しだけ崩し、フッと小さく息を吐いた。
「よく言い切ってくれたな。嬉しいよ。今日はゆっくり休め。」
「…はい」
「あと、先の戦闘で俺はちょっと怪我しちゃったからなかなか出てきてあげられないかもしれないけど、あんまり気にすんな。あの刀に魔力は送り続けてやるから心配せず修行に励めよ。」
「え。」
「じゃあ頑張れ。またいつかな。」
そう言って英神は瞬きのうちにどこかに消えてしまった。あんまり英神の奔放具合は変わっておらず、少し安心したのだった。
切り替えるように自分の腿を叩くと、レイルは腰掛けていた寝台から降りて、刀掛けの方に向かい、その刀を手に取った。
「絶対に、救い出す。」
今日言われた約束をその日に破るこのバカな息子を許して、笑ってくれ。もう一度、みんなで。
強く両手で柄と鞘を握りしめる。
「今日からお前は『不破』だ。」
刀に名をつける。意味のない行動だが、今のレイルには固めた決意を噛み締めるために必要だった。不破の意思を、不破の絆を確信するために。
「待っててくれ、みんな。」
レイルの意思のこもった声は、暗い夜空に吸い込まれていった。




