第十九話『覚悟』
手紙を読んでしばらく経った。
嗚咽は止まったが、涙は止まらなかった。
「とう、さん…」
レイルやラウルのために自分の命を犠牲にしてまで希望を紡いでくれた父親に対しての感謝と後悔はいつまで経っても消えなかった。
「もっと、…話せばよかった……」
魔力が使えなかった約1年間反抗的な態度で接していたことを悔やむ。
「もっと…一緒にいられたらよかった……」
神助を得てからは英神とばかりいてあまり話していなかったことを悔やむ。
「もっと…ずっと…」
もう戻ってこないあの幸福感を思い出して、また涙がぶり返す。
頭と瞼が痛くなってきていた。
「やっと…って、おい、レイル…」
いつのまにか追いついてきたアレックスが声をかけようとする。
「……悪かったから、そんなに泣くなよ…」
返事もしないレイルのことを心配してか、言葉を選びながら言う。
「さっきのは俺のデリカシーが足りてなかった。家戻ってもっかい話そうや。」
レイルはうんともすんとも言わずにボロボロと涙をこぼすだけだった。
どうしたものか、とアレックスが頭を掻く。
「あ、いたいた。お師匠、どないした?」
憂鬱で沈んだ空気の中に能天気な声がぶち込まれる。レイルは声のした方を向く。
とても驚いた。聞こえてきた言葉のイントネーションは前世で聞きなれた関西弁だったのだ。
声の元は、紫紺の髪をショートカットにした透き通るように肌の白い少女だった。髪色と同じ色の瞳と関西弁からは軽さを感じる。そして、少女の最大の特徴は耳だった。そう、人間のような丸耳ではなく尖った長い耳だったのだ。
「おぉ、アリア。今ちょっとした事件発生中でな。」
「へぇ。お師匠も大変やな。」
アリアと呼ばれた少女は他人事のように突き放す。
軽薄な声で続ける。
「んで、誰なんこの子。」
「この黒いやつに全部巻き込まれてひとりぼっちの子。」
「お師匠よりもっと大変やなぁ。」
まあウチには関係ないけど、と再度突き放す。
「だれだよ?」
レイルは軽薄で冷たい声で突き放してくる彼女に苛立ちが募っていた。
「んー?ウチ?ウチはアリアゆうねん。あんたはなんてゆうん?」
先程までレイルのことを突き放していたくせに、思いの外丁寧に名前を答えるものだから拍子抜けする。
「俺はレイル…。」
「へえ。じゃあレイるんやな。」
初対面であだ名をつけてくる彼女に唖然とする。
「なんでそんなに馴れ馴れしいんだよ。」
「んー?だって一緒に住むんやろ?だったら仲良かった方がええでしょ。」
「え?一緒に住む?」
「え?違うん?ウチもお師匠のとこ住んどんやけど。」
レイルは再度唖然とする。
どうやらアリアの頭の中ではアレックスの家に一緒に住むことになっているらしかった。
「何言ってんだよ。勝手に話進めんなよ。」
「家、ないんだろ?このまま野宿か?」
家がないことを改めて思い知らされる。
「だからって…」
そのとき、黒い影がレイルに覆い被さった。振り返ると、白目で涎を垂らした巨大な犬が口を開けていた。その大きい口がレイルの頭を噛み潰そうと落ちてくる。レイルは何もできないまま目を瞑る。
レイルは噛み潰——されなかった。
くると思っていた衝撃が来ず、驚いて目を開けると、犬の魔獣の首が飛び、胴体から紫色の血が噴水のように噴き出ていた。
足元を見ると、犬の生首が落ちていた。
顔に紫色が散る。
再度アレックスに振り返る。
持ってきていた刀を抜き身にして立っていた。刀身には紫色の血糊がべっとりと張り付いていた。
「なにが…」
「斬った。ここら辺は魔獣多いから気をつけろよ。」
先程まで張っていた虚勢が一気に崩れる。初めて見る魔獣に対して、なにもできなかったことに震える。そして、アレックスがその魔獣を一瞬一撃で殺したことにも戦慄した。
「じゃ、俺は帰るから。行くぞ、アリア。」
「えー?置いてくん?」
アレックスはアリアの問いかけに答えず、淡々と歩き出す。
「待って…!」
レイルは恐怖で掠れた声で呼びかける。アレックスが足を止める。
「助けてください…お願いですから…」
アレックスはなにも言わない。
「本当は、自分一人で生きていく力なんてないんです……」
アリアが、隣のアレックスを見上げる。
「なあ、お師匠…」
「お前、自分のこと嫌いか?」
唐突な質問に目を見開いて驚く。
「急に何——」
「嫌いか?」
「……嫌いだ。こんなに弱くてダサくて甘えた自分が大っ嫌いです。」
「…その自分を変えたいか?」
「……変えられるんですか?」
「変わろうと思えばな。」
変わろうと思えば。その言葉がのしかかる。
楽しくて明るかったあの日々が忘れられず、優しくて自分の光だったあの人たちが忘れられず、なんの力もない自分を今も本当は認めたくない。
状況を悲観するだけで、自分は何も変わろうとも対策を立てて抵抗しようともしていなかったことに気付く。
あの猪と会った時も英神やギャレク頼りで結局自分では何もしなかったし、できなかった。ついさっきも初めて目にする魔獣に対して全く動けなかった。
「お前は、今現時点では何もできないだろう。誰の目から見ても明らかだ。」
最も言われたくないことを言われて歯を食いしばる。
「でも、もう一つ明らかなことがある。それは、お前に剣の才能があるってことだ。その魔力回廊は剣士向きだぜ。多分アリアでもわかる。」
「え!?えーっと…わかる気がする…?」
全くわかっていなさそうなアリアを見て食いしばった歯が少し解ける。
「それに、俺は偉大なる英神様から、『『山神』を倒せるぐらいに強くしろ』、って命じられたからな。お前のことは捨てたくても捨てれん。」
ここでもまた英神に助けられた。彼もレイルのことを考えていてくれたことに気づくと同時に、さっき大声で怒鳴ったことが恥ずかしくなる。
「もう一度だけ聞く。お前は変わりたいか?憎いだろう山神を倒せるぐらいに強くなって家族の仇を討ちたいと思わないか?これはお前の決断次第だ。」
ついさっき聞いた同じ言葉のはずなのに、感じるものは全部が違った。
変わりたい。そう、強く思った。
深く、頭を下げる。
「お願いします。僕を、変えてください。」
そう言ったレイルに足音が近づいてきて、ポンと頭に手が乗った。
「ああ。」
アレックスは小さくそう言い、ワシワシと小さく頭を撫でた。
バシン、と背中を叩かれて横を見る。
イテッと声を出しながら右側を振り向くと、満面の笑みを浮かべたアリアがいた。
「よろしくな、レイるん!友達になろーな!」
レイルは、そんな無邪気な声に、自然と笑顔が溢れる。
「うん。こちらこそよろしく、アリア。」




