第十八話『憤怒と拒絶と羞恥と悲哀』
君の決断次第——そう言われて、レイルの怒りのスイッチが入った。
「何が君の決断次第だ…!この野郎!」
怒り心頭のレイルは、大声を出して怒鳴る。
それを、アレックスは心底驚いた顔で見る。
「え…?なんでキレてんの…?」
「なんでって、わかるだろ!」
自分の大切な存在、夢や希望を全て打ち壊されたのだ。それで今すぐ冷静な決断をしろと言う方がおかしいだろう。
「いや、何回目だよ。落ち着けって。何言ってんだお前。」
アレックスは、これまでになかったほどの低い声と冷たい視線を向けてくる。
「落ち着いてられるか!ほんとになんなんだよ!」
レイルは、ベッドから飛び降りた。さっきアレックスにかけてもらった治癒魔法のおかげで、だいぶ体は動くようになっていた。
床に置いてあった、英神からもらった刀を持って、バンと木の扉を蹴り開いて小屋から飛び出した。
「おい、外には出るな——!」
レイルの突拍子のない動きに呆気に取られていたアレックスが、慌てて追いかけてきて、大声で何かを叫んだ。
叫んだ内容が何かなんてどうでもよかった。
レイルはただただ逃げた。この受け止め難い現実からも、この理不尽な決断を迫られる状況からも。
レイルはこれまでいろんなことを我慢してきた。自分がラウルより劣っていること、英神の軽い煽りなど。魔力がないことも無理やり自分を納得させて、『いつか治って使えるようになる』、と言い聞かせていた。そして、そんな心を知ってか知らずか魔力のことなど気にせず優しく触れ合ってくれた家族がいてくれたことで、レイルは腐らなかったのだ。
踏んだ枝からぱきりと乾いた音がする。
それが一瞬にして奪われた。
「クッソ…」
不幸の天秤は平等には傾かないようだった。どこか一方にかくんと傾いてそのまま変わることはない。
レイルは、とにかく走った。不条理から逃げるように、これまでの幸せをもう一度手に入れるために。
「あ…」
木の根っこに足を引っ掛けて、豪快に転ぶ。
乾いた枝の折れる音が快晴の下、木霊する。擦りむいた膝が痛かった。打ちつけた脛が痛かった。折れている肋骨が痛かった。
でも、そんなことはどうでもよかった。今はただ逃げ出したかった。
いくら走ったかわからない疲労でおぼつかない足取りで立ち上がる。ドームに向けて歩き出す。
5年間の思い出が詰まった方へ、大好きな家族がいるところに。
無音状態の林を歩く。
「あとちょっと…」
ドームの近くにたどり着く。ドームと外側の世界の境目に挟まったものは、全て綺麗な断面で切り取られていた。
鳥も、馬も、石も、草木も
「あ…」
よく見ると、前半身と背後半身で両断された馬は、ブレイクス家の馬車を引いていたうちの一頭だったのだ。
レイルの目に熱いものが滲む。
あの猪は、家族との思い出の細部までも奪っていく。
馬の死体に近づくと、首に手綱に一通の封筒と布の包みが挟んであった。
レイルは、まず手綱から封筒を取り出して、封を破って開ける。
そこには、こんなことが書いてあった。
『息子へ
この手紙を読んでいるってことは多分事件が起こったのでしょう。
そして、お前たちの近くに俺はいないのでしょう。
まず、謝罪をさせてくれ。
今回起こる事件のことは知っていて、対策も打っていた。でも、対処し切れるかどうかわからなかったから言い出すことができなかった。
弱い父さんを許してくれ。
そして、ことの発端である山神は、俺が身を賭けて封印しているんだろう。これが読めてるってことは多分そうだと思う。
封印はまあ、多分俺の寿命ぐらいは持つと思う。
けど、何が原因で封印が解けるかはわからない。辛いだろうけど、そのことを頭の片隅には置いておいてほしい。
こんな危険なことをお前たちに任せることになってしまって、本当に申し訳ない。どうか許してくれ。
俺は、お前たちのことが大好きだ。もちろん母さんもレナア達もだけど、お前たちは特別だ。だから、俺は、お前たちに幸せに生きてほしいと思っている。しかも、お前達はまだ十歳にもなっていない子供で、大人に守ってもらうことが当たり前だ。
だから、これから辛いことがたくさんある生き方をさせてしまったことを本当に後悔している。すまない。
でも、だからこそ、自暴自棄にならずに、お前達は自分自身の幸せを探してほしい。
辛いことは全部俺や山神のせいにすればいいし、忘れてくれたって構わない。お前達の人生に俺が邪魔な存在なら、元から縁が無かったことにしてくれたっていい。
お前達は幸せになる権利がある。
経験させてやれなかった楽しいことをいっぱい体験して、好きな子と結婚して、幸せに生きるんだ。
これが、俺からの最初の約束。絶対に破らないでほしい。
最後に。
お前達の才能と可能性は無限大だ。だから大事にして生きてほしい。
本当はお前達のことを一番近くで見ていたかった。でも、できないことはしょうがない。この手紙でお別れになると思う。
じゃあな。長生きしろよ。幸せに、なれよ。
ギャレク・ブレイクス
追伸
一緒にネスに持たせた布の包みは、お金です。あんまり金額は入ってないけど、遠慮なく使ってくれて構わない。
それから、本当に困ったときは、オオカサのブレイクス分家を頼れ。話は通してある。』
見慣れた、少し角張ったギャレクの文字だった。
そして、内容は、ほとんどが嘘だった。
本当は、ギャレクだって怖かったくせに。
本当は、自分のことを忘れないでほしいくせに。
本当は、包みには大金が入っているくせに。
本当は、まだ生きて家族達といたいくせに。
「うぅ…グスッ…」
さっきから熱いものが目から溢れて止まらなかった。魔力が使えなくて、何もできなかった役立たずな自分を、無条件に愛してくれていた人がいた。
さっきまでギャレクを少し憎んでいた自分が恥ずかしくなる。
全部、自分たちのためだった。
わざと山神のことを打ち明けなかったのも、英神に全てを託したのも、サフーリンを家に呼んだのも。
それに気づけなかった自分が嫌だった。
そして、自分は、この馬——ネスの名前すら知らなかった。さっき思い出のかけらと言ったのが恥ずかしくなる。
「とうさ、ん……」
レイルは手を地面について嗚咽を漏らし、手紙の上に涙を落とす。
レイルは、そのまましばらく動けなかった。




